クロックワーク・プラネット1

 世界はどうしようもなく歪んでいて、壊れかけていて、そんな世界をどうにかしたいと頑張っている人たちがいて、危険を顧みないで最前線へと赴いていって、けれども世界はどんどんと壊れていって、歪みも大きくなっていって、やがて……。

 どうしたらいい? どうしようもない? だったら僕たちで、私たちが、何とかするしかない。そんな、前向きで上向きの元気と勇気を与えてくれる物語が、榎宮祐と暇奈椿による「クロックワーク・プラネット1」(講談社ラノベ文庫、660円)だ。

 その世界では1度、地球は壊れていた。誰かが何かをしたという訳ではなく、ただ星としての寿命が尽きてしまった。けれども、「Y」という名の男が、地球のすべての機能を歯車によって動かす仕組みを考え出し、それによって地球は立ち直った。それから1000年。

 あまりに天才の発想過ぎて、他の誰かが発展させられるものではなかったようで、だんだんと緩み歪みも出て来た地球の歯車を、学習と研鑽と才能によって技術を得た時計技師たちが取り繕って、どうにかこうにかやりくりしていた。そんなある日。

 日本の京都に暮らす見浦ナオトが暮らしている部屋に、空からコンテナが落ちてきた。時計技師となるにはまだ若く、今は捨ててある部品を拾い集めて自動人形を組み立てようとしてみたり、雑誌などを見て最新の技術を知って喜んだりしながら暮らしていたナオト。これは何だと思いコンテナを開くと、そこには少女の形をした、時計仕掛けの自動人形が入っていた。

 ゼンマイは止まってはいないものの、目覚めようとしないその自動人形をナオトは、歯車の動く音を耳から聞いて故障している個所を探り当て、3時間ほどの修理時間で元通りに動くようにしてしまった。そして目覚めたリューズという名前らしい自動人形は、200年ぶりに自分を復活させたナオトをマスターと認めて、彼のためだけに動くようになる。

 何という至福。何というラブコメディ。ところが、それは甘い生活の始まりではなかった。コンテナ落下の影響が広がってマンションは崩れ、ナオトは住む場所をなくしてしまう。高性能のリューズが、ナオトの貯金を運用して増やし、お金には不自由はしないようにしたものの、これからどうするのか考えあぐねていたところに、ひとつの、そしてとてつもない転機となる出会いがあった。

 実はナオトが暮らす一帯を司る都市機構に、しばらく前から異常が現れていて、それを修理しに「国境なき技師団」という組織が、日本へと乗り込んで来ていた。率いていたのは世界を動かす名門財閥の1つ、ブレゲ家の娘でわずか13歳にして最上級の第一級時計技師となった天才技術者のマリー。全身を義体に置き換えたボディーガードのハルターという男とともに、原因の究明に奔走していた彼女の周囲に、密かに、陰謀がめぐらされていた。

 それは、地球にも増して歪んで壊れた人間の悪意がもたらした陰謀。待ち受けるのは2000万人もの命の危機。そこに居続ければ、自らの命すら危険にさらすような事態だったけれど、逃げずにマリーは立ち向かおうとする。当然のように受ける妨害。もうこれまでか。限界を感じていたマリーの前に、ナオトとリューズの2人連れが通りがかった。

 マリーにとって見覚えのある少女の顔。それもそのはずで、リューズはブレゲ家にずっと伝わる動かない自動人形だった。それが普通に歩いている。どういうことだ。捕まえて事情を聞き、彼女がいれば窮地を救えるかもしれないと誘い、リューズを甦らせたナオトも巻きこんだその時。崩落の危機にあった京都を救い、そして歪んだ世界を糺すための正義の歯車が、ギリッと回り始めた。

 200年もの間、誰も直せなかったリューズの故障している個所を耳で聞き分け、たったの3時間で修理してしまったナオトのすさまじいばかりの才能。そして、幼くても第一級時計技師として大人たちを率い、尊敬も受けているマリーの才能。そのどちらも甲乙つけがたい素晴らしさで、無才なものにはひたすらな憧れが浮かぶ。どちらかひとつだけでも欲しいと願う。

 もっとも、そのどちらが掛けても京都は救われなかった。そんな2つの飛び抜けた才能に、最初の天才科学者によって作られたというリューズに備わっていたテクノロジーがかみ合って、ひとつの危機が乗り越えられる。そんな展開からは、完璧なパーツが完璧な技術によって組み上げられて始めて機能を果たす、最高の製品だけが持つ輝きが放たれる。

 ナオトをマスターと呼び、ひたすらに付き従いながらも口を開けば飛び出すのは毒舌という、リューズのキャラクターがとにかく強烈で、その内奥にある、命令ではなく自由意志によって少年に従い、守ろうとするスタンスから、彼女が単なるロボットではない、何かを秘めている存在であることが窺われる。いったいどうやって作られたのか。何のために作られたのか。地球を歯車だけで動くようにして、そしてリューズたちをも生みだした「Y」の才能の真相と、その目的が知りたくなる。

 ともあれ、まずはこうして、異能の少年と至高にして毒舌の女性型自動人形と、天才技師の少女に義体のボディガードが組んで、世界を救うテロ活動に邁進するストーリーが綴られた。出会い編とも言えるこの作品を経て、ナオトとリューズ、マリーとハルターの4人はどこへ向かい、何を得るのか。その先にあるのは人の心から歪みが消えて、誰もが幸せに暮らせる世界なのか。続きを読みたい。今すぐにでも。


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