クラスメイト・コレクション −僕のクラスは生徒がいない−

 香車が香車エキスプレスに二段階進化して、9四の升目に入ると発動するトラップって何だ? それが「前世からの直感」だなんてカードで無効化された上に、さらにその無効までもが「沼の邪心の呪い」でもって無効化される将棋っていったい何なんだ?

 もはやそれが将棋なのかどうかすら怪しくなって来るけれど、傍目には9×9の升目が刻まれた将棋盤の上で繰り広げられている、ごく将棋にしか見えないそのゲームを、口々に「あたしのターン!」とか叫びながらやっている少女たちが、まともであるはずがない。実際にまともじゃなかったんだけれど。

 だからといってそんな少女たちを見捨てもせず、放り出しもしないで大事なクラスメートだからと栗沢巧海という少年が、勇気を振り絞って家まで迎えに行って引きこもっているところを説得して、一緒に学校に行こうと呼びかけていくのが森田季節の「クラスメイト・コレクション 僕のクラスは生徒がいない」(GA文庫、600円)という物語。

 どちらかといえば女性的な外見を持った巧海が、自分はもっと男になりたいんだと願い、ここならと勇んで転入した高校で、ガラリと教室のドアを開いて中に入ると誰もいなかった。そして内側からは開かなくなる逆オートロックで教室に閉じこめられた巧海は、黒板の上にある巨大モニター越しに話しかけてくる上総理瀬という名の生徒会長の少女に命じられる。そのクラスにいるはずだけれど出てこない生徒たちを、順に学校連れて来いと。

 自主性が重んじられていて、家にいても単位がとれてしまう仕組みらしく、それを良いことに来なかったりする生徒も多いらしいその学校。とはいえ、全員が来ないというのは流石にまずいということで、上総理瀬は新入生の巧海を公明正大な選挙によって、といっても1人しかいない教室では彼がなるしかない状況で委員長に任命して、生徒の家に行かせて学校へと誘わせる。

 それではと資料を与えられ、まず赴いた潮来深月という名の少女の家で、とくに母親に疎んじられることなく迎え入れられ、ずっと部屋に引きこもっている深月と対面を果たす。見た目は黒いワンピースを着ていた大人しそうな女の子。ちょっと奥手なのかなと近寄ったらとんでもなかった。

 黒いワンピースはもともとは白いワンピースで、そこに耳なし芳一よろしく魔よけの呪文がびっしり書いてあって、それで真っ黒に見えていただけだった。ひーっ。驚いたもののそこで引いたら負けだと巧海が深月に聞くと、霊媒体質で部屋に霊が見え通学路に霊が見え学校に霊が見えてしまい、それが怖くて学校に行けなかったという。

 中学まではそれでも普通に行けていたのが、高校では教室にとてつもない悪寒を感じて近寄れなくなったという深月。それを巧海が鼓舞してどうにか引っ張り出して、学校のクラスに辿り着いたらそこにとんでもない悪霊がいて、呪われるの呪うだのといったドタバタが繰り広げられる。

 それがどうにか落ち着いて、1人ならぬ2人(!)のクラスメートが教室にいるようになって、さらにまた1人ということで今度は沼田千佳という少女を迎えに行ったら、そこあったのが沼だけだった。いったい沼田さんはどこにと探したら、とんでもないところから現れた。げーっ。

 もはや人知を超えた存在でいっぱいのこのクラス。それに臆さず負けず巧海が頑張って1人、また1人と学校へと連れて行った先に、いったいどんな突拍子もない属性をもった生徒が現れるのか。そんな生徒たちが全員が揃うと教室にいったい何が起こるのか。展開が気になる気になる。とても気になる。

 ひとり遠くからモニター越しに司令を下す生徒会長の上総理瀬も気になる存在。生徒会室にいると言いながら背後には漫画が並び、ポスターが貼ってあってととても生徒会室には見えない。なによりほかに生徒会の役員がいない。お茶を飲んだりお菓子を食べたりしている上総理瀬のそれらはいったいどこから持ってきたのか? 謎が深まる。いやいや巧海には自明だったその謎が解き明かされた先に、1人の少女の迷いと決意が浮かび上がる。

 先へ進むのは新しい発見があり、新しい出会いもあってとても楽しいことだけれど、そんな出会いが明るいものとなるとは限らないと思い、そもそも出会いすらないとのでは思い込んだ時に、人は先へ進むことができなくなる。心配しすぎだと言うのは簡単だけれど、過去に1度でも、ほんの少しでも惑ったり壁にぶつかったり拒絶されたりした人の心には、強く残る傷がある。それが深まり広がって起こる停滞。

 どうすればいい? 巧海のクラスでは彼が頑張ることでクラスには生徒が増えていき、生徒会長にも前へと向かう希望がわいた。現実はそう簡単ではないけれど、そんな1人に皆がなろうという気持ちがあればきっと変わる。だから感じよう。大勢がいる場所の楽しさを。そこで繰り広げられる謎囲碁の素晴らしさを。だから囲碁には15色の石なんてないんだってば。


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