チェリッシュ! 妹が俺を愛しているどころか年上になった

 「お兄ちゃん、だーい好きっ!」と妹が、小さい背丈でつぶらな瞳をウルウルさせて、上目遣いで迫ってくる話にしても、それまではただの子供だった妹が、自分の世界をもっていろいろと動き始めたことが、兄として気になって仕方がない話にしても、世にわんさかと溢れかえっているライトノベル状況。すなわち“妹物”は、ひとつの確立されたジャンルとして君臨しているその反面、激しい飽和状態にあって参入することも厳しければ、そこから頭ひとつ抜け出すことも難しいという、もっとも激戦のジャンルとなっている。あるいはすでに食傷気味になっているとも。

 だから日下一郎の「妹戦記デバイシス」(スマッシュ文庫)のように、兄にとっては守りたくて仕方がない存在として“妹”を概念的に定義し、侵略者の策謀にも戦士たちの熱情にも繋がるような設定を持った物語のように、大きく捻ったり工夫をこらした作品が生まれ、読者の飽きを避け、ジャンルへの埋没を防いで世に出ようとする作品が生まれている。まさに切磋琢磨。その意味では雑多が生まれやすい一方で、珠玉も現れ得るジャンルなのかもしれない。

 三木なずなという新鋭による「チェリッシュ! 妹が俺を愛しているどころか年上になった」(集英社スーパーダッシュ文庫、620円)という作品もだから、タイトルだけ見れば「またか」と食傷気味の心を煽って、目をそむけかねない可能性を醸し出していたりする。よほどそいういうジャンルを専門に攻めているか、あるいはそういうジャンルに魂をどっぷりと染めてしまっている人でなければ、買うか止めるかの瀬戸際に立って、そして止める側へと落ちそうだ。

 だから言っておこう。「チェリッシュ! 妹が俺を愛しているどころか年上になった」は買う側に落ちるべき1冊だと。よくある妹物の先鋭化かと思っていたら、意外や妹の兄への深い愛にあふれていて、そのために身を賭して挑む妹の少女の強い信念が響く作品だった。

 なるほど、自分が兄より年下なのが気に入らないからなのか、もとよりの天才を発揮して、これまでいろいろ御厨恭介という兄に対して重ねてきた実験の新たな段階として、恭介をコールドスリープで眠らせその間に自分が成長して、年上になってしまおうとする妹の御厨凛がとった手段はぶっ飛んでいる。2年経って目覚めた恭介を、ちょっぴり成長した姿態で挑発し、授業参観があるからといって保護者として、姉みたいな妹として見物に行き、さらに持てる天才を生かして講師として檀上に立って、恭介ばかりを贔屓する愛しっぷりも弾けている。

 中学生のまま2年眠っていたから、やっぱり中学生として通う学校で、自分が作った部活部に顔を出したら、前は後輩だった2人がまだ残っていて部活もちゃんと続いていて、目覚めた恭介はそのまま部長として復帰する。目の悪い癖に度の合った眼鏡をかけようとしない部員の少女のドタバタを受けたり、別の少女のクールなツッコミを受けたりしながら、やはり前は部員で、今は高校生になって講師にもなって顧問になってしまった凛がやって来るのを受けたりする、楽しげな学園生活を送り始める。

 そこはごく普通のラブコメディに近い雰囲気。けれどもそんな恭介の2年ものコールドスリープを経た“復活”の裏にあった諸々が、浮かび上がってくるに連れて凛の、恭介への強すぎる愛情が見えてくる。だから、凛が見せた天才を手放したくないと、彼女が研究に協力して来た企業から送り込まれてくる天涯流離という白髪ゴスロリ少女との戦いも挟んで、そこまで強引に恭介を引っ張り回そうとする凛の言動にも、納得してあげたくなる。

 そんな凛が、いわゆる「お兄ちゃん!」と喋るような上目遣いの舌足らず系でなく、「安心しろ兄様。年上になっても最愛の妹だ。(性的な意味で)」といった感じに、上から目線の居丈高系なのも、読んでいてまとわりつかず責められるようでなかなかに好感を覚えさせる。いずれにしても妹に迫られ、喜んでいるのは変態と誹られ仕方がないとはいえ、ベタベタとしておらずカラリとした雰囲気を持って慕い慕われる展開は、読んでいて鬱陶しさを感じさせない。

 凛の持つ天才が、企業のみならず国家レベルにまで絡んでいそうな雰囲気もあって、その総力が詰まった恭介の存在をめぐり、これからもいろいろな動きもありそう。そんな設定を奥に潜ませつつ、“妹”という難しい題材を使って学園ラブコメディを繰り広げ、いっさかのバトルも描ききった作者が実は、生粋の台湾の人だというから驚かされるばかり。よくもここまで達者な言葉と物語を作りあげられたものだと感心しつつ、そうした条件を別にして、筆力だけでも何か創り出してくれるのではと期待してみたくなる。続くのか。待とう、その筆先から物語が生まれる時を。


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