文豪ストレイドッグス01

 村上春樹だったらその能力は、真っ暗闇の中に閉じこめる「羊男」になるのだろうか、異世界へと飛ばして過酷な冒険を経験させる「ハードボイルド・ワンダーランド」になるのだろうか、相手に深刻な呪いをかける「海辺のカフカ」になるのだろうかと考えたものの、どれもこれも「羅生門」という能力を振るって、ありとあらゆる空間を食らい、敵を根こそぎにして味方すら畏怖させる芥川なる男が属する、港を縄張りにしたポート・マフィアに立ち向かえるような感じがしない。

 いっそだったら「やれやれ」という能力名で、相手の心を呆れさせやる気をなくさせ、そのまま取り押さえるような能力の方が、街を護って戦う異能力集団の「武装探偵社」には相応しい気がしないでもない。それでもほかの面々が振るう異能には、ちょっと及びそうもないのは、そこに揃っているのが太宰治で国木田独歩で宮沢賢治で与謝野晶子で谷崎潤一郎で福沢諭吉といったお歴々たちだからだ。

 いずれ劣らぬビッグネーム。長い年月を越えてなお大勢の脳裡にその名前を刻まれている面々と、今はトップクラスの話題性を誇っていても、22世紀には果たしてどれだけ名前が残っているのか未だ不明な村上春樹とを、並べて語るのはまだちょっと早い。おそらくはいずれ歴史に名前を刻むだろうことは確実でも、そうなるまでは知名度でも、そして強さでも、「武装探偵社」に属する面々は村上春樹を凌駕している。

 だから朝霧カフカが原作で、春河35が漫画を手がけた「文豪ストレイドッグス01」(角川書店、560円)には村上春樹は登場していない。その代わりといった訳ではないけれど、若き主人公として登場するのは中島敦という名の少年。ずっと施設で過ごしてきたものの、何か虎が現れ施設を破壊してしまって大勢の子供たちの面倒を見られなくなったからと、中島敦は施設を追い出されて行き場を失ってしまう。

 しかたなく流れ着いた街で、川辺に立って腹を空かし、かといって金はなく、これは誰かを襲うしかないと決心していたところに、誰かが橋の上から落ちてきて水面に突き刺さり、そのまま流されていった。どうしようか。悩んだものの助けるしかなく、水から引っ張り上げたその男から、死にたかったのにどうして余計なことをしたのかと怒られる中島敦。何という言いぐさかと思ったものの、大きく鳴ったお腹を見透かされ、そこに通りがかった眼鏡の男も巻きこむようにして、中島敦は食堂へと連れて行かれ、御茶漬けを食べさせてもらってそして、助けた男と眼鏡の男が所属する「武装探偵社」の仕事に付き合わされる羽目となる。

 それは名だたる日本の文豪たちと同じ名で、そして文豪たちの著作や性格にちなんだ能力を持った男と女が集い事件に挑む組織。自殺しようとしていた男は太宰治で能力名は「人間失格」、そして現れた眼鏡の男は国木田独歩で能力名は「独歩吟客」といった具合に、それぞれが特徴のある能力を駆使して、街を脅かす敵や謎に立ち向かう。今取り組んでいるのは巨大な虎が現れ暴れるという事件。その虎をに狙われていると言ってしまったことから、中島敦は「武装探偵社」に連れていかれ、そして虎の謎が解き明かされた後に、彼が持っていた能力と、勇気のある行動を認められて、「武装探偵社」の一員として迎えられる。

 つまるところは、名だたる日本の文豪たちが持っている、ぶてぶてしさだったり繊細さだったりと世の中から少しはみ出た存在感を利用して、ひとりひとりのキャラクターへと仕立て上げつつその著作や、プロフィールから醸し出されるイメージを昨今流行りの異能の類へと置き換えて、異能バトルとして描いたのがこの「文豪ストレイドッグス」というという漫画。読めば国語の教科書で学んだことなり、自分でいろいろ読んでいって感じたことなりが、ユニークでオーバーながらもどこか実在とクロスする展開と重なって、面白さとおかしさを醸し出す。

 そしてまだ描かれていない文豪だったらどういう能力がどういう名前で描かれるのかといった興味を誘う。村上春樹が「羊男」か「ハードボイルド・ワンダーランド」か「やれやれ」か、といった具合に。

 そうした楽しみの一方で、ストレートな異能バトルとしてもスリリングでスピーディーでスタイリッシュなこの作品。最強の敵として「武装探偵社」の前に立ちふさがる芥川と、中島敦や谷崎潤一郎とその妹のナオミとの戦いでは、「細雪」という名の谷崎潤一郎の異能と芥川の「羅生門」とがぶつかり合う間を、中島敦の異能が放たれそれでも留まらない戦いを太宰治の「人間失格」が鎮めて分かつ。そして明らかになる太宰治の過去。そこには芥川との因縁もありそうで、2巻以降でどう明かされ、そしてどう決着が付けられていくのかに興味が及ぶ。

 太宰治は芥川を超えられるか。それとも芥川の命を奪えず入水の自死を選ぶのか。実在の歴史と虚構のキャラクターたちを重ねて共通点の有無を想像し、展開を予想してみると、面白さもなお強まる。とはいえ太宰治の仲裁でひとまずは退いた芥川や、樋口と名乗るその手下の女性、そして他の面々も、目を付けた中島敦が持つ能力から手を引くとは思えない。何をしかけてくるのか。それに「武装探偵社」はどう立ち向かうのか。多彩で特徴的な能力を組み合わせ、敵を超え裏をかくような戦略性のある展開も期待できそう。新たなる文豪の名を持つ者たちの登場と、その異能の名前にも関心を向けつつ、待とう、この続きの登場を。


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