暴走老人!

 携帯電話で知り合った3人組が行きずりの女性を拉致して殺し、たった7万円を奪って分け合ったり、スーパーの飲食コーナーで寝ていた所を注意された男が、注意した老人を表に引きずり出して暴行して殺したり。

 2007年に起こった凶悪事件の理不尽さ、訳の分からなさに首をひねった人も多いだろう。歴史に残る猛暑のせいなら、涼しくなれば事件も減って平穏が戻る。けれども人の心に変化が起こっているのだとしたら、もはや後戻りはきかず、日本は未曾有の混乱へと突き進む。

 芥川賞作家の藤原智美がその名も「暴走老人!」(文藝春秋、1000円)という本で予測するのは、混乱して混迷する日本の未来だ。公共心を育む機会を持たずに成長したと言われ、大人たちから蔑まれる若者たちが、不埒な行動を取るからだろうというとこれが違う。

 混乱は老人たちによって引き起こされる。若者を導き手本となるべき老人たちの、傍目には信じられない暴走によって、社会に亀裂が入り、崩壊に向かうのだと藤原智美は警鐘を鳴らす。

 税務申告の列に長時間並ばされて怒鳴る老人がいた。スーパーのカウンターでいつまでも怒鳴り続ける老人を見た。1日のわずかな時間に遭遇した2人の老人の老練さとは無縁なキレっぷり。その 様に、何が老人に起こっているのかを解き明かそうと作家は思考した。

 見えたのは、地域にも家族の間にも失われつつある濃密なコミュニケーションにすがれず、体と心の行き場を失った老人が落ち込む闇だ。これを老人の自滅と笑うなかれ。まさに高齢化社会が訪れようとしている現在の社会。そこで大勢を占め、模範となるべき老人が壊れて果たして平穏は保たれるのだろうか。

 さらに、そんな壊れ暴走する姿を見て育った若者たちが、老いて世に溢れた世界はどんなものになるのだろうか。とてもまともになるとは思えない。

 今はただ、老いらくの不徳と笑い飛ばして見られても、やがて訪れるのは壊れて敗れたモラルなき日本の姿。そんな破滅への岐路に今まさに立たんとしている日本を救うには、一体何が必要なのか。

 老人たちの心をケアし、目標をもって生きられる社会を作り上げ、そして一生を安寧のうちに真っ当な生涯を終えられ社会を作り上げる。そんな社会の姿を見て、頑張れば平穏な日々が待っているのだと、若者も含めて全国民が安心できる仕組みを整える。

 それなくしては暴走は老人の枠組みを超えて広がり中年も、若者も少年も幼児さえも衝動の赴くままに突っ走る社会が訪れる。彼ら彼女たちが走りすぎた後に残るは廃墟のような都市であり、荒れ果てた郊外であり焼け野原となった醜き国土。そんな未来の訪れを防ぐチャンスは多くはない。


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