されど僕らの幕は上がる。 Scene.1

 無人島で大勢の人たちがサバイバル生活を送りながら、投票によって少しずつ人を減らしていって、最後に残った人が賞金を獲得するというテレビ番組が話題になったことがあった。一般から選ばれた何人かの若い人たちが、一軒家で暮らしている姿を見せるテレビ番組もあたという。

 リアリティー番組と呼ばれるこうした番組には、基本的に台本はない。意図的な演出も行われないことになっている。参加者たちは何をして過ごすか、どんな風に振る舞うかを自分たちで考え、話し合いながら毎日を進めていく。番組はその姿を映し出す。

 サバイバル生活のようにハプニングが続出しそうな番組ならまだしも、芸能人でもない素人が、ごく普通の生活を番組の何が面白いのかと思われるかもしれない。ただ、素人だからこそドラマの台本に書かれれそうにない、突飛な言動が飛び出して驚かせてくれることもある。それでいて、暴力沙汰が頻発するような悲惨な展開にはならない。なぜならカメラの向こう側に大勢の視聴者がいると、出演者たちは分かっているからだ。

 だから誰もが,知らず舞台に乗った役者のような立ち居振る舞いをするようになる。同居者に異性がいるような番組なら、ここでアタックすれば恋愛ドラマの主人公のように見てもらえると考えるかもしれない。もめ事が起こったら、カッコいい奴だと思われたいと身を引いたり、仲裁に張ったりするようになる。

 あらかじめ決められた筋がないため、どこに向かうか分からないワクワク感がそこには生まれる。それでいて、視聴者たちが心に思い描いた台本をなぞるような展開を見せて、満足感も与えてくれる。ドキュメンタリーとドラマのいいとこ取りをしたようなリアリティー番組が人気になったのも分かるだろう。

 そんなリアリティー番組にもしも出演するとなったら、どんな自分を演じれば良いのだろうか。ありのままの自分でいけば良いということはない。カメラの向こう側には、何百万人何千万人という人の目があるからだ。喜多見かなたによる「されど僕らの幕は上がる。 Scene.1」(スニーカー文庫、620円)で繰り広げられている、「シェアハウス」というリアリティー番組に出演することになった香椎涼太という少年も、同じ家に暮らす7人の中で、明るくて前向きなリーダー少年という役割を自覚して、そう振る舞おうとする。

 すでに住んでいた人たちも、涼太のそんな立場をカメラの前ではしっかり受け止め、拍手で迎え入れてくれた。ところが、その回の収録が終わったとたん、様子は一変する。人の良さそうなイケメンフリーターの龍之介は、おどおどとした態度になって部屋に引きこもってしまう。美少女のように可愛いと評判の少年ピアニストの拓海は、素人の涼太をからかい毒舌をまき散らします。

 そして、涼太が密かに憧れていた人気グラビアアイドルの青葉ひなたは、笑顔から一変して無愛想な顔になり、亮太のことを「ゴミムシ」呼ばわりして「非業の最期を遂げたいの?」と脅す。テレビで見ていた世界とはまるで違った世界に放り込まれることになった涼太自身も、挫折続きで鬱屈した自分と、そう振る舞うことを求められていた明るいリーダー少年という設定とのギャップに悩む。

 それでも、番組内と変わらず優しくて頼りがいがあるお姉さんだった若宮琴に励まされ、「シェアハウス」に溶け込もうとする。そこに異変。琴が出会ってから数日後に“卒業”させられてしまった。出演者を入れ替えることでリアリティー番組にはよくあること。「シェアハウス」という番組でもこれまでに何人もの出演者が“卒業”しては、新たな出演者を迎えてきた。珍しい話ではない。

 ただ、涼太には納得ができなかった。裏に何か作為があるのかと疑って、出ていった琴と連絡を採る方法を探る。その過程で、自分を「ゴミムシ」呼ばわりして、琴の卒業にも冷淡な言葉を発していたひながたが、内緒で番組のスポンサーに抗議していたことを知る。

 カメラが向いていないところでさらけ出される本心の、さらに奥にある本音のようなものがぶつかり会う中で、「シェアハウス」の住人たちは少しずつ理解を深めていく。そこにもうひとつの謎が浮かんでくる。7年前に起こったある事件に、「シェはハウス」の住人たちが、少しずつ関わっていたことが分かってきた。

 直接の被害を受けた人もいれば、間接的な影響を受けた人もいる。そのいずれもが、人生において何らかの変化を被った。偶然にしてはできすぎのこの事態の裏側に、いったいどんな作為があったのか。仄めかされる謎の答えが示される続きに興味が向かう。

 番組としての「シェアハウス」は、視聴者に台本はなくても台本に沿ったような若者たちの暮らす姿を見てもらい、楽しんでもらうものになっている。そして、出演者たちが暮らすことになった「シェアハウス」は、変えられてしまった過去に今も引きずられている自分を、生まれ変わらせるためのもののようにも見える。

 そんな「シェアハウス」の物語を読む人たちは、人生という舞台で自分自身がどうやって歩んでいけばいいのかを、知ることができる。完結した時にいったい、どんな自分自身が見つかるのか。楽しみだ。


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