ブラック・ラグーン
BLACK LAGOON

 無茶苦茶に強いメイドが主人を守って戦う話、と聞いて思い出すのは例えば柴田昌弘の「サライ」であり、ぢだま某の「まほろまてぃっく」であり、「鋼鉄天使くるみ」であり「花右京メイド隊」であったりと、数えれば10指では足りないくらいの作品が頭をよぎるけど、いずれを挙げてもいわゆるシリアスな現実世界とは乖離した、近未来だったり遠い未来だったりマンガでしかあり得ない世界が舞台になっていて、メイドが戦うという設定自体も含めて、現実には滅多に起こり得ないことを見せてくれるものとして、好まれ喜ばれていたりする。

 ならば現実の世界には戦闘メイドというものは存在しないのかというと、この目でみたことがない以上は分からないとしかいい様がないけれど、この広い世界には、戦闘訓練を終えた強靱な女性が大金持ちによってメイドとして雇われていたりすることが、あったりするのかもしれない。例えばそう、広江礼威の「ブラック・ラグーン」(小学館、533円)第1巻に入っているエピソード「Rasta Blasta」に登場するロベルタのように。

 見かけはそのまま「まほろ」や「花右京」に登場していても違和感のない完璧なまでのメイド服。おまけに丸い眼鏡をかけた眼鏡っ娘でなおかつお下げ髪だから堪らない。そのままビジュアルクイーンとしてグラビアに写真集にコミックマーケットのコスプレ広場に大活躍していて不思議はない。ビジュアルに加えて戦闘能力的にも最上級。雇われ先のコロンビアの名家からカルテルによって浚われた令息を追って、遠く東南アジアの地へと駆けつけては、たったひとりでカルテルの一味をた壊滅させる、ターミネーターもかくやと思わせる火力体力戦闘力を見せてくれる。

 手にした傘を敵を向ければ先から散弾が炸裂し、ひろげれば防弾素材が張られて敵の打ってくる拳銃の弾をはねかえす。トランクからはマシンガン。袖口からは二挺拳銃。それほどまでの火力を南米かあアジアへとどうやって運び、どうやって持ち込んだのかはロベルタならではのノウハウがあるんだろうと想像するより他はないけれど、ともあれこれほどまでの強さを見せるロベルタが、「ブラック・ラグーン」を代表する女傑かというとそうではないから恐ろしい。

 そもそもレギュラーですらロベルタはない。ベトナム戦争の頃から使われていたような掃海艇を操って、人も盗品も武器も何でも運ぶのを生業としている一味を描いたのがこの「ブラック・ラグーン」。乗り組んでいるのは元兵隊といった面立ちの黒人のダッチに、フロリダで大学生をやっていた頃にクラッキングを仕掛けて捕まり殺されそうになった所を助け出された白人のベニー、そして二挺拳銃(トゥーハンド)の異名をとって銃器を扱わせたら天下一品、たったひとりで海賊の船団すら壊滅させる戦闘力を持った少女・レヴィが最初からいたメンバーで、これに第1エピソードの「Black Lagoon」で日本人の元商社マン、岡島緑郎ことロックが故あって三角する。

 故とはつまりロックが仕事で運んでいたディスクを奪ったレヴィに人質としてさらわれたものの、そこは資本主義の冷徹さ、あっさりと見捨てられた挙げ句に死んだことにまでされさらには本当に殺されそうになって開き直って、一行に加わったというもので、以後のエピソードでは持ち前のサラリーマンらしい律儀さと、生きるに必至な人間としての貪欲さを入り混ぜながら発揮して、一行の中でそれなりの居場所を見つけだしていく。その意味でロックは「ブラック・ラグーン」のメインキャラクターと言って言えるだろう。

 それでもやっぱり目に止まるのが、ロベルタなりレヴィといった強すぎる女性たち。これに元ロシアの軍人で今は「ホテル・モスクワ」というマフィアのメンバーとして東南アジアを仕切るバラライカという女性を加えた3人が、実質的に「ブラック・ラグーン」の物語を引っ張りかきまわしているメインキャラクターだと断言して間違いない。再び「Rasta Blasta」のエピソード、一件は落着したものの遺恨が生まれて銃を向け合うロベルタとレヴィの間に入って、2人を軽くいなすバラライカの秘められた力の凄さを考えれば、あらゆるキャラクターたちが作るピラミッドの頂点に立つのは、このバラライカという可能性もある。

 ナイスバディをスーツで包み、片目を負おう火傷か傷の跡も気にならない程の美貌を見せつけてくれるバラライカは、キャラクターとして確かに素晴らしい。カットジーンズ姿で太股も露わに飛び回っては二挺拳銃を打ちまくるレヴィもやっぱり捨てがたい。メンツをかけて腹を探り合い時には殺し合うマフィアの凄み、圧倒的な迫力とリアルさで描かれる人と人とのガンアクションに戦闘ヘリが相手の銃撃戦が、そんな2人の凄さをなおさらに際だたせる。だがしかし、ロベルタの前には2人の美貌も凶暴さも霞んで見えなくなってしまう。戦闘メイド恐るべし。眼鏡つ娘あなどるべからず。

 令息を連れてコロンビアへと還っていったロベルタがこの後出てくるという保証はなく、そういった存在をこよなく愛好する人間に寂しい思いを抱かせている。この事実に作者が果たして何らかの形で応えてくれるものなのかどうなのか。応えない、というならばそれはそれとして毅然と受け止めるしかないけれど、なればこそせめて残る2人の女傑には、めいっぱいの暴れん坊ぶりを見せて頂きたいもの。または新しい女傑の登場でもいい。セーラー服を着た戦闘美少女など、気持ちにグッと働きかけるものがあるだろう。期待したい。


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