ベン・トー サバの味噌煮290円

 戦わざる者、喰うべからず。

 実をいうならそんなに大げさな話ではなく、お金さえ出せば戦わなくても食べたって全然構わない。問題は弁当。それも半額セールの。閉店が近づいて、売れ残りそうになった弁当を売りさばくため、店側が最後に行う必殺の手段。それが、買う側にとっては、いかに安くその日の食にありつけるかをかけた、戦いの目標になる。

 アサウラという、銃器への果てしないコダワリぶりが込められた作品で人目を引きつつも、余りのコダワリぶりで身を引かせがちだった作家が、何を考えてか新たに挑んだテーマが弁当。タイトルからして「ベン・トー  サバの味噌煮290円」(集英社スーパーダッシュ文庫、590円)と、昔の宗教アクション映画は思い出させても、どこの国の話かと訝らせるようなガンアクションは、カケラも出て来ない。

 代わりに出てくるのは肉弾戦。とあるスーパーに入った貧乏な高校1年生の佐藤洋が、割引きされた弁当でも買おうかと陳列棚に近寄った瞬間、何者かによって吹き飛ばされて気をった。いったい何が起こったのか?

 意識を取り戻した少年は、遺されていた割引のおにぎりを取り合って知り合った、同じ学校に通っていたライトノベル研究会に所属する白粉花という少女と一緒になって、半額弁当争奪戦の謎と、そして争奪戦での勝利を目指して邁進する。だが、そこは百戦錬磨の強者達が、尊厳と空腹の胃袋をかけて挑む勝負の世界。まるで歯が立たず、佐藤洋は連戦連敗を続ける。

 半額にされる直前からコーナー付近にいれば、容易に獲得できると思ったものの、甘かった。どうやら半額弁当の争奪戦にはルールがあって、待ち伏せのように近くで待機するのは邪道であり、下品な行為と忌み嫌われているらしい。少年はだから普段以上の攻撃を受け、排除される。どうしたら勝てるのか?

 戦いの中で少年は、常に勝ち続けているひとりの少女の存在に気づく。“氷結の魔女”の異名を持つ槍水仙という名の少女。やはり佐藤洋と同じ学校に通っている2年生で、半額弁当の争奪だけを目的として活動しているハーフプライサー同好会の会長を務めていた。勝ちたいと願う佐藤洋は、同好会に入って心身を鍛えて次なる戦いへと挑む。

 半額弁当という、身の回りに割と普通に転がっているモチーフを選び、そのリーズナブルさから誰もが惹かれつつも、どこかみすぼらしさを覚えがちな半額弁当の購入という行為に、いかに安くて上手い弁当を手に入れるのかというモチベーションを加え、争奪戦というフィールドを立ち上げたところがなかなかの妙手。描き出されたビジョンには、チープさはかけらもなく、ひたすらに熱くて激しい技の応酬、心の交流が描かれ、読むものを感嘆の境地へと誘う。

 キャラクターの造型も巧みだ。佐藤洋と知り合い、初めはおずおずと弁当争奪戦に加わっていた白粉花から放たれる「やおい」の趣味の愉快な奥深さといい、その白粉花に同性ながら気持ちを寄せる、佐藤洋とは同じクラスに通う白梅梅という名の少女が、自分の気に入らないから怒ると宣言した上で、佐藤洋に間髪入れず平手を喰らわせ、蹴りを浴びせる傍若無人ぶりといい、目にも鮮やかに屹立した像を見せてくれる。

 そんなキャラクターたちの背後に、やや引っ込んでる感じがある“氷結の魔人”こと槍水仙にも、佐藤洋や白粉花たちを導き諭す導師としての役目が与えられては、誰もが1度は虚しさを抱く戦いに意義を感じさせ、若者たちを戦いの世界へと引き戻す。チームを組んで争奪戦に加われば、もっと楽に弁当が奪えると誘われた佐藤洋の揺らぐ心が収まったのも、槍水仙の真っ直ぐな気持ちがあったから、なのだろう。

 ハーフプライサー同好会を作った人物も含め、なおもその存在を定かにしない超人たちもいて、これから始まるだろう本当の戦いの激しさ、強烈さに想像が及ぶ。そんな戦いの中で、未だ初心者でしかない佐藤洋や白粉花が、どれだけの戦いぶりを見せ、そしてどんな境地を悟るのか。白梅梅は、どれだけの理不尽ないじりで絡んで来るのか。楽しむには、続刊を待つしかない。

 いくら若くて頑健でも、カートを押して迫る主婦の迫力には誰もかなわないというシチュエーション。まさかと思われがちだが、誰よりも価格に厳しい主婦が相手では、いくら<狼>を気取っても、どこかにスポーツとしての弁当争奪戦を楽しんでいる気持ちの残る若者では、やはり勝てはしないのだろう。そんな主婦と、これまた<狼>たちを恐れさせる、合宿に入ったラグビー部の集団はいったいどちらが強いのか。これまた興味も浮かぶがしかし、やはり主婦にはかないそうもない、か。


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