RA 〜魔竜院光牙最後の戦い〜

 痛い。苦しい。辛い。だから死んでしまいたい。そんなせっぱ詰まった気持ちになりかねない場所に、いまどきの高校生たちは、というよりたぶん中学生も含めた子供たちは居るらしい。せっぱ詰まった気持ちになりたくないと居場所を求めてのたうちまわり、そして得られた居場所を失いたくないと取り繕って生きている。

 もしも居場所が得られなかったら、待っているのはただ空虚なだけの時間ではない。昔のように無視されているだけだったら、最長で3年を過ぎればさっさと別の場所へと移っていける。それでも嫌ならドロップアウトしたって構わない。我慢しさえすれば良かった。耐えさえすれば過ぎていった。

 いまは違うものらしい。居場所を取り合った果てに創り上げられていった序列はもう、下から上へと変わることわない。変えようとしたって変えられない。なおかつ決まってしまった序列にのっとり、上から下へと肉体的、精神的なプレッシャーが加えられ、体も心ものっぴきならない状態へと追い込まれてしまう。

 救いの手なんて伸びない。伸ばせば供に序列の下へと追いやられて虐げられる。それが続く。長ければ3年も。中高一貫なら6年。まさに地獄。そう呼んで差し支えのない境遇から跳び出すには、本当に飛び降りこの地上からドロップアウトするしかない。と、そう思い込んだ子供たちが屋根から空間へとダイブを繰り返す。

そんな世界に生き、どうにかして得た居場所の中で序列に相応しい役割を演じるという、リアルなロールプレイを繰り広げている子供たちにとって、田中ロミオが「AURA〜魔竜院光牙最後の闘い〜」(ガガガ文庫、629円)に描いた学校生活は、いったいどんな風に見えたのだろう。自らを解放してこそ得られる心の平穏にこそなびくべきだと心を奮い立たせたのか。それとも場に溶け平穏な日々を送るためには、自分などいくらでも偽って生きるべきだと感じたのか。

 主人公の佐藤一郎は、中学時代の過去を卒業と同時に埋め、ごくごく普通の高校生として進学しては、大過なくデビューを飾ることができたと安心する。このまま普通の自分を貫き過去を知られずにいけば、真っ当に3年間を送れるだろう。そう考えていた。あの夜までは。

 教科書を忘れて取りに侵入した真夜中の学校で佐藤一郎は、マントを着けて手に杖を持った少女を見かける。そして立場は一変する。自らを魔女として振る舞い、謎のアイテムを探して歩くことを生業と訴え、学校にもそんな魔女の格好で出て来ては佐藤一郎とだけ喋る不思議な少女につきまとわれる羽目になる。

 こうして名を佐藤良子というらしいその少女と供に佐藤一郎は、クラスで浮いた存在となってしまう。いや違う。佐藤一郎のクラスには、同様に自分を戦士と思い込み武士だと信じ込んではそう喋り振る舞う奴らがなんと15人も集められていた。つまりは最大勢力で、そのリーダーと周囲より目された佐藤一郎こそがクラスのトップに立って一般人を下に見下ろす、階級闘争の勝利者であって不思議はないはずだった。

 なのに現実はそれほど気楽にはいかなかった。自分を戦士と妄想する人たちにとって、一般人はコミュニケーションの相手として範囲の外にあるものらしく、「キモい」だの「ウザい」だのと攻め立てられれば恐れに反論も出来ないまま、口をつぐんで引っ込むのが精一杯。だからクラスは美男美女のエリート集団を筆頭に、普通の人たちが仕切る状態になっていた。佐藤一郎は自分を魔女だと言い張る佐藤良子とともに、不思議勢力の筆頭、すなわちクラスでも下の下と見なされ虐げられる身へと落ちる。

 佐藤良子にも直接的な攻撃が及ぶようになる。はじめはクラスから薄気味悪がられていただけだったのが、落書きをされたり物を隠されたりトイレに閉じこめられたりといった害を被るようになる。それでも佐藤良子は普通に振る舞おうとはしないで、ひたすらに魔女のマントを被り続けて佐藤一郎を頼りし続ける。

 なぜなら同族だから。たぶんそれが理由だったのだろうけれど、同時に命取りにもなった模様。エリート集団の中に佐藤一郎の過去を暴くと脅して手を引かせる人物が現れ、佐藤良子を孤立させようとする動きが強まった果て。絶体絶命の事態へと至って佐藤一郎を振るわせる。逡巡させる。迷わせる。

 どうすれば良い? どうしようもない! そうなのか? それで良いのか? 本当にそれで心は平穏でいられるのか?

 究極に近い選択の果てに、これは違うと立ち上がって身を繕い、進みはじめた佐藤一郎の格好良さに惚れたくなる人も多いはず。傍目にはやっぱりキモいと思われる類の物なのかもしれないけれど、心に情愛を感じた相手を救い出すのになりふりなんて構っててはいられない。そう覚え踏み出す勇気に憧れる。リアルな世界でそうすることの困難さが、なおいっそうの憧れを募らせる。

 たとえ今は痛いと思っていた過去の自分であっても、それは自分自身以外の何者でもない。隠したっていつかは知られる。露見する。ならばとそんな自分をさらけ出すことでつっかえていた気持ちも晴れ、苦しさも消えて気持ちが前へと向き始める。

 自分を偽ってはいけない。自分をさらけ出してそれで認められてこその人生。そう信じて立ち振る舞って失敗する可能性だってない訳ではない。だからといって、みんなも自分をさらけ出そうとは言いづらい。けれども物語に示された突き破り突き進む格好良さに感化され、足を引っ張り踏みつぶす格好悪さに目を覚ます人が大勢増えれば、きっと世界も変わるだろう。

 だからなろう。魔竜院光牙に。自分がその最初の一石となりさえすれば、広がった波紋はクラスを変え、学校を変え社会を変えて世界を変える。自らを偽る痛さに苦しむ者たちに、もたらされた田中ロミオの福音をさあ、受け止めろ。


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