アーマード・マーメイド

 幼なじみの少女を助けたいという気持ちが高じて、少女をかつて傷つけようとして、そして今も世界を苦しめ続けている【陸喰い(ランドイーター)】と呼ばれる海の化け物を相手に戦う【マーメイド】なる戦士になろうと、その【マーメイド】を養成し鍛え送り出す学校に少年が入学を果たしたら、周囲は美少女ばかりという状況があり、なおかつ少年には誰にも負けない強い意志があって、仲間のピンチを助けて美少女から思われ、国からも注目を集めるというハーレム&ヒーローシチュエーション。

 風見周の「アーマード・マーメイド」(富士見ファンタジア文庫、580円)はそんな、男子にとって果てしない理想のシチュエーションを体現してくれている設定とストーリーを持った作品で、読めば自分が何者かになった気分を味わえる。過去にも弓弦イズルの「IS インフィニット・ストラトス」があり、最近も箕崎准の「ハンドレッド ヴァリアント覚醒」という作品があって、美少女たちに囲まれながらも少年が、男子には珍しい力を発揮して戦うストーリーを見せてくれていた。その意味ではありきたりかもしれないが、それだけ強く求められているとも言える。

 なおかつ「アーマード・マーメイド」には、世界が置かれたシチュエーションで、特に侵略にも合っておらず、特別な者だけが動かせる武器として、人型の装甲が注目されている「IS インフィニット・ストラトス」や、各地に現れ人間を襲う異星から来た生命体<サベージ>を相手に、特殊な能力を持った少女や少年が戦う「ハンドレッド ヴァリアント覚醒」とはまた違った、シビアでシリアスでオリジナリティにあふれる設定が盛り込まれている。描かれた世界の姿を眺める楽しみがある。

 ある事情から海に怪物が現れ、そして怪物は人間が暮らす陸地を襲って食い荒らしてしまった。【陸喰い】とはそのものズバリのネーミング。最終的には陸地の7割を食い荒らされ、滅亡の淵へと追い込まれながらも人類は、怪物を生みだした事情をそのまま自分たちの利点にするような方法で対抗手段を生みだし、怪物を相手に戦いつつ小さな陸地に巨大な人工の都市を築いて、そこで暮らすことで命脈を保っていた。

 そんな【陸喰い】への対抗手段こそが【マーメイド】と呼ばれる戦士。身をまとうような兵器を、海中にある物質を集めて作り出す力を持った者たちで、例えば巨大な砲塔を作り出したり、斬撃を生み出す槍を作り出しては【陸喰い】を討ち果たしていた。

 もちろん誰でも【マーメイド】になれる訳ではない。適性を持った者だけが筆記試験や実技を経て養成学校に入り、そこで厳しい訓練を受けてようやく一人前の【マーメイド】として世に出ていける。適性がある者の比率は女子が9に対して男子は1。主人公の汐崎旭という少年にとっては、その面からも厳しい関門だった。

 というより汐崎旭は、あろうことか筆記試験で不合格となって、【マーメイド】になる資格を失っていた。それでも幼い頃に見た【マーメイド】の活躍に憧れ、幼なじみの緋桜夕海という少女とともに【マーメイド】になると決め、研鑽を重ねて来た旭は、諦める気がまるでなかった。

 旭は夕海が合格して乗った養成所へと向かう船に密航し、そこで見つかっても身ひとつで【陸喰い】に向かっていく蛮勇を見せ、それが考慮されたか、あるいはなぜか養成所に欠員が出たため、埋め合わせとして拾われたか、補欠としって合格し、夕海やエリザベス・マクマホン、コレット・ルクレールといった少女たちと鍛錬に励むことになる。

 もっとも、補欠だけあって適性のレベルは低くランクFの武器、というよりただの空砲しか出せない旭をめぐって、エリザベスはチームからの排除を訴え、厳しい試験を課す。1年生ではクリア不可能な試験。そこを持ち前の負けん気で合格ギリギリまで近づき、アクシデントもありながら相手を納得させる成果を見せ、もしかしたらハートまでゲットして旭は養成所に居座る。

 本物の【陸喰い】を相手にした実習では、空砲しか出せない自分の立場を悩み、それならとおとりになることで仲間たちを戦いやすくする工夫も見せる。もっとも、これは実戦では容易には使えない手段で、旭が補欠合格できた裏にあった、悲劇的な事情を引き合いに、旭を慕う夕海までもが旭に厳しい言葉を放ってリタイアを促す。

 浮かぶのは、根性や努力だけではどうにかできるものではないくらい、【陸喰い】が凶暴で強大だというシチュエーション。侵略者を撃退するなり説得すればば終わるようなものではない、もはや自然の猛威に近い存在を相手に逆転など不可能な戦いを続ける人類の未来がどうなってしまうのかと、良くない想像をかきたてられる。旭や夕海が憧れるくらいに大活躍しながらも、怪我をして第一線を退き教官へと回った女性の姿も、戦いの容易ではない様をうかがわせる。

 3方から美少女たちに好かれる気分は悪くないし、最後の最後で急成長を見せて仲間の危機を救ってみせたカタルシスも相当なもの。その意味では、極上の読後感をもたらしてくれる「アーマード・マーメイド」だが、そんなラブコメ&異能バトルの楽しさを味わいながらも、そこに留まらない、留まってはいられない過酷な世界を舞台にした、悲劇の可能性を含んだストーリーの行く先が気にかかる。

 背後で蠢く妙な企みもあるだけに、果たしてどんな結末を迎えるのか。夕海に対して旭がフラッシュバックのように抱くビジョンの意味は。続きを、そして完結を見守ろう。


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