銀河の荒鷲シーフォート
大いなる旅立ち

 ジオン軍との戦いのどさくさで連邦軍に編入されて、モビルスーツ乗りになったアムロ・レイもカイ・シデンも、ブライト艦長に文句や不平ばかり言っていた割には、独房入り以外の懲罰を喰らったようには見えなかった。ゼントラーディーとの戦いのどさくさで「マクロス」のバルキリー乗りになってしまった一条輝も、訓練で絞られこそすれ、服装が乱れているとか態度が不遜だとかいった他愛のない理由で、上官から懲罰を喰らったことは多分ない。

 木星トカゲとの戦闘のどさくさで「機動戦艦ナデシコ」に乗ってしまった面々は、軍隊に編入されてからも艦長とタメ口を聞いたり反抗したりと、やりたい放題が出来るのだろうか。たぶん出来るのだろうし、出来ても誰一人として気にしないほど、軍隊の厳格な規律というものの存在が、表向き軍隊を持たない国に住む人々の頭から、だんだんと忘れ去られようとしている。

 デイヴィッド・ファインタックの「大いなる旅立ち」(ハヤカワ文庫SF、野田昌宏訳、上下各700円)に登場する、国連宇宙軍の軍艦「ハイバーニア」のなかは、厳格な規律が支配する極めて一般的な軍隊の世界として描かれている。宇宙軍士官学校を卒業したばかりの士官候補生、ニコラス・シーフォートは、初めて乗り組んだその「ハイバーニア」で、先任士官候補生として他の士官候補生の上位に立ち、規律に則った権勢を振るっているが、所詮は「候補生」に過ぎない身。すでに任官された宙尉たちから見れば、小僧がヒヨコでも言葉に余るほどの虫けら同然の存在で、他の士官候補生たちの監督が不行き届きといっては罰点をくらい、態度が悪いといっては腕立て伏せ20回の罰をくらい、蹴られ殴られいびり抜かれていた。

 年上ながら先任士官候補生のニコラスより下位にあるヴ士官候補生、ヴァクス・ホルサーは、不遜な態度でニコラスに接する一方で、自分より下の士官候補生をいじめ抜くことに快感を見いだしていた。軋轢の耐えない士官候補生たちのグループにあって、ニコラスは先任士官候補生としての役目を果たすべく、ヴァクスと対決し屈服させようと懸命になる。戦いの果てにどうにか落とし所を見い出したニコラスとヴァクスら士官候補生たちを、そんないさかいなどちっぽけな物に思えるほどの激しい衝撃が襲った。

 最初の試練は艦長と士官たちの事故死となって訪れた。艦長の後を継いだ士官も間もなく病に倒れ、ついには士官が船に1人もいなくなり、士官候補生たちにあって先任の役目を与えられていた若干17歳の士官候補生シーフォートが、数百人の軍人と民間人を乗せて17カ月の航海を続けている、「ハイバーニア」の艦長に就任することになってしまった。だが、経験のまるでない艦長を試すかのように、光より速い移動を可能にした「N波駆動」の実施や、艦を司るコンピューターの不調、艦内で発生した水兵たちによる反乱、さらには全宇宙を震撼させる出来事との遭遇といった具合に、過酷な試練がシーフォート艦長を次々と襲った。

 経験豊富な部下たちの進言を聞き入れて、「よきに計らえ」と言ってしまえれば楽だっただろう。けれども「艦長が法律」という軍艦の中にあって、部下たちの進言に諾々と従う艦長からは威厳も尊敬も失われてしまう。上官の命令は絶対。そのことを忘れてしまった軍隊は、やがて規律を失って、「艦を守る」という目的を達成することができないと考えて、ニコラスはひたすら自らの艦長という立場を保とうとし、部下たちの経験に基づいた進言を一顧だにしない。民間人から見れば暴君とも思える態度で部下たちに接し、反乱の首謀者たちを処刑して、「ハイバーニア」の規律を確保しようと懸命になる。

 もっともニコラスは、自らの能力に心から絶対的な自身を持ち、自らの地位に心から絶対的な権威を持った人物としては描かれていない。問題に直面すれば悩み苦しみ、こっそり部下や仲間に相談したりもする。ニコラスの後を受けて先任士官候補生となった少年の、異常とも思える真面目で実直な行動様式と比べることによって、艦長として絶対的な権威を持ちながらも、責任に押しつぶされそうになって悩み苦しんでいるニコラスの人間っぽさが、作品にホッとできる安心感を与えている。

 作中で示される士官の士官候補生いびり、先任士官候補生の士官候補生や士官見習生いびりは、一般人の感覚で言う軍隊の非人道的な部分を描き出していて、そこだけをクローズアップすれば、よくある軍隊の非情さや非道さを、告発していると見ることもできるだろう。だが「大いなる旅立ち」では、上官への絶対服従を浸透させるという「いびり」の目的と、その延長にある「艦を守る」というすべてに優る目的が、物語からうかがい知ることができるように描かれているため、ともすれば陰惨な光景にしか見えない「いびり」の場面にも、正当性を感じて納得して読むことができた。

 もっとも実際の軍隊が「艦を守る」ことではなく「敵に勝つ」ことを至上の目的とし、そのために命をも投げ出すことを要求している以上、作品で感じた「いびり」の正当性を、そのまま現実世界に当てはめることは絶対にしたくない。出来うれば美人艦長の下でわいわいガヤガヤとやりながら闘っている世界が到来するか、あるいは軍隊の規律など永遠に思い出すことのない忘却の彼方へと押しやられた、退屈だが静かな世界が永遠に続くことを願って止まないのだが。


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