葵小僧Knight1

 アニメーションの脚本家が小説を書いた事例は、「ノワール」や「円盤皇女ワるきゅーレ」などを手がけた後に小説家へと転じ、「機龍警察」シリーズで日本SF大賞や吉川英治文学新人賞を受賞した月村了衛が最近では知られているし、大御所脚本家として日本のテレビアニ史に名を残す辻真先のように、アニメの脚本を手がけながらも小説を書いて日本推理作家協会賞を受賞したこともあってと、それほど特異な話ではない。

 自分が脚本を手がけたアニメのノベライズを、脚本家自身が手がける例を挙げればそれこそ枚挙にいとまがない。とはいえ、これが初のオリジナル小説となるとその出来がやはり気になるところ。ましてや山本寛監督のテレビシリーズ「らき☆すた」や「Wake Up, Girls」の脚本を手がけ、絶妙の会話劇を見せてくれた待田堂子による小説となったら、どれだけの仕上がりになっているのかを確かめてみたくなる。

 そんな小説「青い小僧 Knight1」(ぽにきゃんBOOKS、620円)は、読めばなるほどど思わせる仕上がり具合。設定の確かさから登場するキャラクターの強烈さ、会話の楽しさまで隅々まで行き届いた筆の入り具合を感じられる。

 侵入しては一族から使用人までを皆殺しにいして財産を奪い、火を着け逃げる盗賊「蠍」によって商家を営んでいた父母を殺されながら、結局は刀で切られて絶命した奉公人の女性によって連れ出され、歌舞伎役者の家の前まで運ばれて命を長らえた少年は、そのまま歌舞伎役者の養子となり、長じて笑介という名をもらって役者の道を歩み始める。

 破顔一笑といった感じの笑顔が持ち味の良い役者になりそうな笑介だったけれど、今ひとつ演技に身がはいらないのか、養父の師匠からは叱られてばかり。それでもせっせと学びつつ、一方で本当の父母を殺した「蠍」への復讐をあきらめることなく、密かにその正体を追っていた。それも役者の道に身を入れられなかった理由なのかも。

 もっとも、時の官憲ですら正体どころかしっぽすらつかめない謎の組織「蠍」。それをどうやって笑介が探していたかというと、自分も盗賊となって闇の世界を動き回ってどこかで接触する時を待っていた。「蠍」のように一家を皆殺しになんてことはしない。むしろ悪徳商人の家にしのびこんでは不正に貯めた財産を盗み出し、悪事を暴きつつ貧しい人たちに分けて与える一種の義賊。いつしか人は「葵小僧」の名でその盗賊を呼ぶようになっていた。

 それでも未だ「蠍」にはたどり着けないでいたある日、笑介は義賊としての仕事をしようと忍び込んだ商家で懐かしい声を聞く。自分を抱いて逃げようとした奉公人の女性を斬った盗賊が、彼女に向けた声。幼いながらも覚えていたその声に触れつつ、頭領とやらも同席していてひとりでは勝てないと考え、その場を退散した葵小僧こと笑介は、彼を追っていた長谷川平蔵という与力につかまり、彼の密偵として働くことになる。

 なんと“鬼平”が登場。それだけでなく、笑介が出入りする蕎麦屋には友人として平賀源内がいて喜多川歌麿がいて山東京伝がいて三遊亭圓生がいてと、江戸文化の担い手たちがオールスターキャストでそろい踏みする。いったい時代は合っているのか? それはこの際関係ない。なぜなら舞台は江戸ではなく江土だから。

 そう江土。現実の江戸とは風俗も違うし、城塞都市としての街の外には妖怪の類も跋扈しているという状況。そんな江土の街で笑介は、源内の発明や歌麿の絵の才能などの助けも借りながら、平蔵が担当した少女たちの惨殺事件の謎に迫り、そして「蠍」の正体に近づいた先。大いなる闇がぽっかりと口を開けて笑介を飲み込もうとしていた。

 「蠍」の頭領の驚くべき正体。それは物語の途中から何となく感じられていたことだけれど、改めて提示されて一体この先どういう展開が待っているのかと想像力を煽られる。どうして彼が。そして何のために。単なる私欲や私怨とは違った理由がありそう。そこに今は徒手空拳の少年にしか過ぎない笑介がどう挑んでいくのか。楽しみだ。

 一方で役者としての笑介が、今は眠れる才能をどう発揮して観客たちを虜にしていくのにも期待したいところ。葵小僧として出会って互いに強く惹かれ合いながらも、笑介としての自分を知らない糸菊という、柳橋の芸者の下で働いている少女と関係が深まるのかのか、源内歌麿京伝圓生といった友人たちは、いったいどんな活躍を見せてくれるのかも含めて。

 まずはお披露目となった世界観の上で、大きく物語りが動くだろう第2巻に期待。それにしても三遊亭圓生が蕎麦屋に来ては、笑介や源内たちに聞かせるモダン過ぎる落語のシュールさが素晴らしい。彼らの誰も笑わずただひとり、蕎麦屋の娘だけがけらけらと笑うその落語の神髄はどこに。読んでその凄みを感じたいところ。それ以上に待田堂子にそんな落語を書ける才能があったことにも驚こう。さすがは会話劇の達人。アニメ化されて演じられるものも聞いてみたい。笑えるかどうかは別にして。


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