暗黒の城 ダークキャッスル

 時代小説だったらまだしも最先端の科学的な知識なり、ファンタジックな感性を求められるSFの賞「小松左京賞」を還暦過ぎの人間が、それも未だかつて小説の世界で活動したことのない人間が受賞したということを、驚きをもって見るべきなのかそれとも世界にはまだまだ見知らぬ才能がいるということを思い知るべきなのか。

 IT業界で長く仕事をして来たという有村とおるの小松左京賞受賞作「暗黒の城 ダークキャッスル」(角川春樹事務所、1800円)は、題材からしてオンラインゲームという昨今のデジタルエンターテインメントの最先端。果たして還暦の人物にその要諦が理解できてるのか、といった懐疑も事前にはあったがこれがどうして、しっかりとその面白さとその危うさを作品の中に描き込んでいる。

 オンラインゲームを作っていた会社があって、そこでメインの業務を担当していたクリエーターと、サブながらもリーダー的な仕事をしていた人物が相次いで死亡。1人は高速道を高速で突っ走ってそのままブレーキも踏まずに壁へと激突した事故とも自殺ともつかない死だったが、もう1人はプロジェクトのリーダーになれると踏んだものの果たされず、沸いた失意と怒りが募った形で自らの頭をピストルで撃ち抜いた完璧な自殺だった。

 それでも傍目には1人が高揚感が募っての自殺であり、もう1人は失意が募っての自殺と躁鬱気質が両極端に現れただけ、偶然重なっただけで関連はないと見る向きもあった。けれども身内で働いていた人たちには大きなショックを与えたようで、原因を調べるうちに、自分たちが作っていたネットゲームに原因があるのではないかと思い至る。

 ところが調べていくと、開発中のネットワークゲームには人の心を揺り動かす仕組みが盛り込まれていたことが分かってくる。そしてゲーム業界のみならず、日本から果ては世界をも巻き込んだ陰謀が浮かび上がって主人公の青年・早川優作を巻き込んでいく。

 彼の同僚で、クリエーター亡きあとのネットゲームのプロジェクトリーダーを勤めていた佐藤美咲は青年に深入りするなと言ったが、そんな美咲自身が隠していた過去に呑み込まれて早川優作どころではない生命の危機に身を脅かされる。そして現れ立ちふさがる恐るべき敵。かつて日本を震撼させた事件との関係が浮かび上がり、青年は絶体絶命のピンチへと陥る。

 参考文献として学説的な正否が論議され続けている「ゲーム脳の恐怖」が挙げられているように、ゲームのとりわけホラーゲームがもたらす恐怖心が、行き過ぎればとゆー前提で人間の精神のみならず遺伝子レベルで影響を与えるかもしれないという説明があって、それが可能性として事実なのか、事実かもしれないと認めてしまって良いのかといった疑義も浮かんでくる。

 もっとも「暗黒の城 ダークキャッスル」を読んでいけば、「ゲーム脳」も全面的に肯定された学説として引かれている訳ではなく、時と場合によっては起こり得るかもしれないってニュアンスになっていてとりあえずは安心できる。現実問題、ゲームの面白さが人の人生や感性に影響を与える一方で、暴力的な表現は影響を与えない、といった意見の矛盾も指摘されている訳で、何らかの影響はあってもそれがどこまでの範囲なのかを考えようというスタンスが作品にはあって、許容範囲にあるといっていえそうだ。

 人間の恐怖心にまつわる研究が目的とする、人間の幸福であったり人類の不幸といった問題意識が根底にあって、その上でさまざまなドラマが繰り広げられていて、学説なり医学的な面への疑義を脇におけば楽しい時間を過ごすことができる。先にも書いたようにオンラインゲームが開発されている状況とか、オンラインゲームそのものの描写とかは還暦を迎える人って印象を感じさせない達者さ。尚かつ虫がが蠢くグロテスクなゲーム内の世界観は既存のゲームにはないもので、作者の創造力が現実より先を行っているといえるだろう。

 ボディスーツとグローブでバーチャルリアルティを感じるゲーム、といったインタフェースの部分は「ヴィーナスシティ」で1990年代初頭に柾悟郎がやっていることで目新しさはないが、そうした技術描写を目的とはしていない点、そして90年当時は当時は絵空事でも今では近未来に実現しそうな技術ということで、作品に使われていて当然と認められる。

 むしろそうした道具立てを借りつつ、「死」の恐怖とはいったいどこから来るものなのか、それは人間にとって必要なものなのか、「死」の恐怖が払拭された時に人は果たして幸福を得られるのか、といった人間の根源に関わる問題に切り込んで、ある程度の答えを出していて、読めば何らかの示唆を得ることができる。

 科学がもたらす社会的な、あるいは物理的な変化のみならずそこに生きる人間はどうなるのか、といった部分にも踏み込んで文学へと仕立て上げる。なるほど小松左京の名を冠された賞に相応しい作品だった。


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