テンペスト

 街に残された1万人のうち9999人が女性で、1人だけが男性だったとしたら果たして男性は幸福か。古今の書に書かれているように、種の維持という本能がどうといった話から、女性たちによって寄られ媚びられ、はじめのうちは幸せな暮らしを送るものの、やがて理性はかなぐりすてられ、縛られ飼われるだけの日になる、といった未来が想像される。

 せっぱ詰まれば女性同士で生殖し、種を維持する技術すら生み出すかもしれない。というより生物にはすでに、そうやって種を維持しているものもいる。人類にY染色体にYなどなくても、XXだけで存在できるという話もある。それが現実化した時、Y染色体を持つ男性の存在する意味はどうなるのか。これも古今の書にたびたび出てくる命題だ。

 Y染色体が磁気嵐で破壊されて、男性だけが滅亡した2012年から1980年ばかり経った3992年に生まれた安斎・Y・姫は、なぜかまるっきり男性だった。何が起こったのか。そう感じながらも、卵子を提供して結合して姫をつくった2人の母親は、姫を慈しんで育てた。

 2000年近くも存在せず、空想の産物と化したものが突然に現れて、果たして受け入れられるのか否か、といった問題がどうしても漂うが、そこはおそらく聡明さを持った2人だったのだろう。理解を示しなおかつ我が子という愛情もあって、畏れず育てていったのだろう。

 もっとも、多くがそうした男子を受け入れられる心理にも、環境にもないのが2000年後の世界。姫は男性ではなく女性の格好で学校に通い、女性と偽って日々を過ごす。女性同士の情愛がスタンダードとなった世界で、姫に好意を抱く皇という学校でも人気者の才女が現れ、自分の卵子を結合させる卵子提供者のパートナーとして、姫を選ぼうとする。

 なんという悲劇。そんなものは持たない、持ち得ない姫は、やんわりと断ることもできたのに、黙っていられなくて、自分を男子と告げ、そんな化け物だったのかと皇は姫を激しく拒絶。華やかさにあふれた学園生活は終わりを告げる。

 百合めいた話に、女装の男子の話が交じって、ほんわか進むコメディかと思われた阿仁谷ユイジの「テンペスト 第1巻」(講談社、582円)。けれども物語は、そこから一気に、男子という存在が絶滅してしまった世界の、絢爛さと不穏さを合わせ描く、かつてないSFコミックとして進展していく。

 地下に潜り研究者になっていた姫と、地上で堂々のエリート研究者になっていた皇との、直接ではないけれども再会めいたものがあった先。女性だけになってどうにか生き延びたはずの地球に、やがて再びの、そして決定的な滅亡の危機が忍び寄ってきていることが示される。

 鍵となる存在。それをめぐり、いろいろな騒動が起こり、そして瀬戸際に来ている人類の未来などが示されていくことになるのだろう。

 男子が存在できないはずの世界に、姫のような男子が突然に、たったひとりだけ生まれたのか、といった謎はやはり残るが、あるいは閉塞感にあった人類の、自己修復作用なりが働いた帰結と見ることも可能。そうした大きなスケールから見て、どういう驚きの設定を繰り出してくるか。結果如何ではSF漫画の新たなる傑作として、歴史に名を連ねそうだ。

 もはや概念の中にしか存在せず、それすらも薄れかけて空想の世界に追いやられているだろう男性が、世界にいると分かって人はいったい、どんな振る舞いをするのかにも興味が及ぶ、。自分たちに必要かもしれないと知らされ、女性はどのような態度を見せるのか。死滅を防ぐ唯一の方法と群がるのか。存在すら許されない汚らわしい生き物とパージされ、敢えて滅亡を受け入れるのか。想像は尽きない。

 Y染色体を運んで、生殖の時だけ役立つ男というものの存在意義にも、改めて迫ってくれそうな物語。女性に限らず男性も、読んで得られる示唆は少なくなさそう。第1巻で示されるラストの光景の、人類に本当に未来が来るのかを疑わせる不気味さを乗り越えた先に、見せてくれるだろう幸福のビジョンを今は待ちたい。


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