描いた絵が動き出す。そんなことがあるのか? という疑問には既に200年近い昔、イギリスで作り出されたソーマトロープという手法なり、ゾイトロープという機械が答えてくれてる。それらのみならず、80年以上昔に、アメリカのウォルト・ディズニーという人が、描いた絵を動かすことによって躍動のシーン、感動の物語が作り出せることを証明している。

 アニメーション。少しづつ変化する絵を、あるいはシーンを1枚1枚撮影して、つなげていくだけの作業から生み出される映像表現は、今や世界中にひろまって、様々なジャンルの作品を世に送り出し、大勢の人たちを驚かせたり感動させたりしている。自分でもやってみたいと少なくない人たちを、その道に進ませたりしている。そして。

 高校にもアニメーションを作りたい人たちが出てきて、アニメ部を立ち上げようとしている、そんな様を描いた物語が、島津緒繰さの「薄氷(うすらい)あられ、今日からアニメ部はじめました。」(このライトノベルがすごい!文庫、648円)。高校に入ったら目立たずひっそり過ごそう思っていた火狩隆史という少年が、授業中にこっそりエッチな絵を描いているところを、同級生の少女に見られたのが運の尽き。絵が描ける人間だと見なされ、妙な絵を描いていることをバラすと脅され、アニメ部創設のメンバーにと引きずり込まれる。

 その少女こそが薄氷あられ。ある事情からアニメ作りに強い思いを抱いて、学校の中にアニメ部の創設を目論んでいて、まずは人を集めようと隆史に声をかけ、どうやったら新しい部が作れるかを調べさせ、人員が必要と分かれば天文部に合併をもちかけ、人員と部室と顧問を確保しつつ、今度は本当にアニメ作りに役立つ人材、つまりは絵を描ける生徒を探そうと校内をかけまわる。

 美術部に絵を描ける少女がいると知れば、飛び込んでいって美術部長に絵画対決を申し込んで、これに作戦で勝利を収め、漫画研究部にやっぱり描ける少女がいると聞けば、これは嫌々ながらも隆史に引っ張られるように乗り込んでいって、そこの部長であり生徒会長でもあり、なおかつ薄氷あられの姉でもある薄氷翠香を相手に、勝負を今度は隆史が挑んで、これにも策を弄して勝利する。

 目的のためには相手の事情など斟酌えず、必要とあれば土下座も辞さない傍若無人な薄氷あられに引っかき回され、引っ張られもして彼女とアニメ部のために頑張る一方で、彼女とアニメ部の敵として立つ薄氷翠香にも心惹かれるところがあって、その板挟みになりながらも、一度選んだ道だからと薄氷あられのために頑張る隆史の学園生活ストーリーは、他にも多くの類例を持ったライトノベル的なシチュエーションの、ひとつの王道と言えるもの。そこに乗るテーマがアニメーション作りという、他にあまり例のなかった部分で目新しさを感じさせている。

 薄氷あられが、アニメ部を作ってまでアニメに関わりたいと熱を上げる一方で、同じ境遇に育ったはずの薄氷翠香がどうしてそこまでアニメに冷めているんだという、熱と冷との対比に興味を惹かれるストーリー。2人の父親の存在がそこにはあって、一方は強く共鳴し、一方は激しく嫌悪したその差が、2人を対立へと導いていってしまった。けれども2人は共通の強いアニメへの愛があり、間に隆史のような存在が挟まることで、和解とまではいかないまでも、それなりに理解しあえるような道筋がつく。そんな展開が、読み終えた時にちょっとした温かさを心に与えてくれる。良かったと思わせられる。

 ヒロインとして、もっと突拍子もないキャラクターであった方が、世間の耳目を引きつけた可能性はあるけれど、それだと姉妹の間に差が出過ぎて、ここまで近づくことはなく、感動も小さかったかもしれない。その分は、他のキャラクターが意外性を発揮して、存分に感心を誘っているから安心を。常に「かもしれない」と想定で放す顧問や、宇宙からの来訪者を待つ天文部のたったひとりの部員は、物語の上にどこか不思議な雰囲気を醸し出す。今回は2人ともあまり活躍しなかったけれど、続くシリーズではその独特なキャラが活かされることを願いたい。

 それから、アニメ部に入ったもののメカしか描けないと言い、作品に必要だからと机や椅子を3階の部室から投げて窓を割ってしまう茂庭もみじとうアニメ部員がひとりに、こちらはメカはいっさい描けず、なぜか自分で話し相手の内心を勝手に想像して喋ってしまう高波牡丹というアニメ部員がひとりと、薄氷あられ以上に一筋縄ではいかないキャラクターたちが、あられと隆史の周囲を固めて楽しませてくれる。大袈裟ながらも描きたい絵を描くということの信念の強さを感じさせてくれる。

 部活動にかける少年少女を描いた良質の学園青春ストーリーに、アニメ作りというスパイスがまぶされた、他にあまりにない味を楽しみながら、自分だったら薄氷あられと翠香のどちら側に行くのだろうと考え、そしてアニメはどうやって作られているのかを学んでみるのも面白い。読み終えてよくやったとアニメ部の面々に思えたら、今度は自分でアニメを作ってみるのも良さそうだ。読めば分かるように大変だけれど、得られる感動はさらに大きいものになるだろうから。


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