暗号少女が解読できない

 暗号だったらどんなものでもスラスラと解けると豪語する、世の暗号好きたちに対する、これは一種の挑戦状だ。

 新保静波による第11回スーパーダッシュ小説新人賞大賞作「暗号少女が解読できない」(集英社、650円)という小説。そこから、ひとつはこの暗号が解けるかというオーソドックスな問いかけが、もうひとつは暗号というものが持つ、単なるパズルではない意味であり、役割といったものを問い直す機会を与えるという、挑戦が繰り出される。

 高校に転校して来て、いきなり挨拶で噛みまくったのが原因で、周囲から遠ざけられていると感じ、ビクビクして自主学習という現実逃避をしていた挙げ句、移動教室でクラスに取り残されてしまった西村拓実という少年に、クラス委員長をしている沢渡遙という少女が、なぜか臆さず、気軽に話しかけてきてくれた。「こんなところで何しているんですか?」。

 そうやって始まった交流で、沢渡さんが移動する先の教室を、激しく入り組んだ形で告げた言葉を西村は即座に覚えて復唱し、そのままのルートで移動先に向かおうとして40分余りを費やした。どうして沢渡さんは、そんな回りくどい説明をしたんだろう? 憤りこそしないものの、不思議に思って教室に戻ると、沢渡さんが西村の席に「伝えたいことがあるので、昼休みに屋上に来てください」という置き手紙を残していた。

 これは恋の始まりか? 勇んで屋上へと駆けつけた西村に、「女の子を待たせちゃいけないと思いますよ、西村くん。わたしはべつに構わないですけど」と言った沢渡さんは、「望みなんてないと思うけれど、それでも言いたいんです。……実はわたし、ずっと前から西村くんのことを知ってたんですよ。あの時からずっと、あなたのことが好きでした」と言って、手紙を渡して去っていった。

 いよいよ本格的な恋の始まりか? 喜んで手紙を読んだ西村の目に飛び込んできたのは、「説明するのと長くなりますが、さっきの告白はぜんぶ嘘です。ごめんなさい」という文字だった。落胆。あるいは消沈。もしくは死亡。やっぱりからわかわれただけだった……と思いきや、不思議な文言が手紙には書かれていた。

 「ヒントは服」「わたしは『最初』と『最後』のみ、真実を語っています」「気付いてくれると嬉しいなあ」。「この手紙をもう一度読み直してみてください。そこにもうひとつの真実は隠されています」。

 これは何だ。どうやら何かを語りかけようとしているらしい。それが暗号になっているらしい。考えた。必死になって考えた西村が、前にも示した抜群の記憶力も駆使してたどり着いた答えとは! それは、西村にさらなる落胆をもたらすものだったかもしれないけれど、これがひとつのきっかけとなって、沢渡さんのとてつもない暗号好きが明かとなり、それを解くだけでなく、彼女に暗号勝負を挑めるくらいの知識を持った彼との間で、ひとつの交流が生まれていく。

 エドガー・アラン・ポーの「黄金虫」とか、江戸川乱歩の「二銭銅貨」とか、モーリス・ルブランの「813」とか、世に暗号の登場するミステリは多々あるけれど、これらの暗号が果たす役割は、事件だったり出来事だったりするものの解明への道筋。その先に待っているのは、謎がと解き明かされて浮かび上がった本質で、そこからドラマが繰り広げられていく。いわば暗号はドラマへと至る未知を開く鍵だ。

 「暗号少女が解読できない」に出てくる暗号は、真相へと迫る道を遮る存在ではなく、人と人とを繋ぐコミュニケーションの潤滑剤であり、増強剤。暗号によって関係が生まれ、仲が深まり、恋とか愛とかが芽生えていく。その意味では他にない画期的で革新的な暗号の使い方をされた、青春ミステリー&ラブストーリーと言えるだろう。

 学校の黒板に朝早く、謎の回分が書かれる事件に仕込まれた暗号も、デートのはずが沢渡さんはやって来ず、いっしょに暮らしている血の繋がらない西村の妹がついてきて、買い物をして回るエピソードに登場する暗号も、それを解く楽しさの先に、それを介して繋がる心と心の温かさ、素晴らしさを感じさせてくれる。本心をあからさまにできない奥手の少女が、繊細な心に気づけない朴念仁の少年に、本心を伝える手段としても、暗号は多いに役に立つ。

 暗号に詳しくない人は、そうかそういう風に暗号は作られるのかと驚き、楽しめるストーリー。暗号に詳しい人には、そうした暗号を介在して得られるドラマを楽しめるストーリー。とはいえ、これほどまでに多彩な暗号を繰り出してしまって、次はいったいどうする気なのか。さらに難解な暗号が沢渡さんから繰り出され、それを西村は解かなければ彼女の本心に迫れないのか。キャラクターのみならず、彼に自分を仮託する読者も、そんな読者に暗号を与える作者も大変そう。頑張ろう。

 それにしても、数ある暗号の仲では、西村がかつていっしょに遊んでいて、その時には活発さから少年と思っていたのに、実は女の子だった幼なじみに屋上へ連れて行かれ、一緒に弁当を食べている所にやって来た沢渡さんが、いきなりスカートをめくって、まっ赤なパンツを見せつけるという暗号が、もっとも見目麗しくて、そしてもっとも難解だった。意味は分かる。けれども、真意を話せば沢渡さんにはは恥ずかしい思いをさせてしまった後悔が浮かび、幼なじみには別に好きな人がいることから食らう罰への恐怖がある。

 解き明かすべきか。分からないふりを貫くべきか。最大で最高の挑戦に西村は、そして読者はどうしたらいい?


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