アンジェリック・ノワール1
パラダイス・ロスト

 宇宙の彼方からやって来て、超越者的な立場で人類へのいたずらな干渉を防ぐ務めを果たす存在があって、人類を進化させたり都合の良いように扱おうとする敵と戦う手駒として、選び出した人類に力を与えるという設定は、それこそ「ウルトラセブン」の昔から「月面兎兵器ミーナ」に至る最近まで、数え上げればきりがないほどの作品が存在する定番となっていたりする。

 だからそんな設定の新しい物語が出たところで、またかもう良いと思うかというとこれが違う。やっぱりいつかどこからか王子様、ではなく宇宙人なり神様なりが降りてきて、自分をちょっぴり他とは違う存在にしてくれるんじゃないかっていう、期待を持ちたい人が多いことがあるのだろう。そしてたとえ似た設定であっても、というより似ているからこそそれぞれに特徴を出そうと筆に力を込めた結果、読んで迫力見て衝撃の物語が多くなるからなのだろう。

 そんな訳で椎葉周の「アンジェリック・ノワール1 パラダイス・ロスト」(角川スニーカー文庫、619円)もやっぱり面白い。妙味はキャラクターの立ちっぷり。主役も脇役もやられ役も含めてどれもがありきたり感を覆う凄みを醸し出していたりするから、読んで驚き読み終えて感心。既視感とはまた別の目新しさというやつを覚えさせ、そして次に見せてくれるだろうキャラクターたちの爆裂っぷりを楽しみにしてしまう。

 速水悠介が中等部から持ち上がりで進学した高校で、1人出てこない山根博という生徒がいて、テレビの熱血先生よろしく担任となった教師がお節介にも、クラス全員で山根博に励ましの手紙を書くことになった。けれども悠介はそうした偽善めいた振る舞いがどうにも気に入らず、何も書かないまま用紙を教師に提出。それが教師の癇に触ったようで、職員室へと呼び出され、手紙を届けるように言われて拒絶し停学をくらう。

 空いた時間を父親が渋谷で開いているゲイバーの手伝いにあてていたものの、理不尽な仕打ちをとった教師を見返してやろうとして悠介は、不登校の山根を引っ張り出すために彼の家へと通い詰める。それでも部屋に閉じこもって出てこない山根が、どうやらあるネットゲームに出没しているらいと聞き、そちらから攻めようとネットゲームが得意そうで、クラスの中で悠介と同じように山根への手紙を書かなかった増田好央という同級生を捜し出す。

 ゲームセンターで見つけた増田は分厚い眼鏡に七三分けの真面目そうな風体。ところが格闘ゲームの腕前も圧倒的なら、絡んできた不良を軽々と叩きのめすくらいに格闘にも通じていたから驚いた。喋る言葉もすべてが断定口調、そして偏見もたっぷりという奇妙な増田ことマスターを見方に引き入れ、悠介はネットゲームで山根への接触に成功する。

 だが、山根は中等部時代のいじめが相当に苦痛だったらしく2人の誘いを真っ向から拒絶。そして得体のしれない団体に身を寄せてしまった。これはまずいと感じた悠介とマスターは山根の後を追って団体に接触。そして連れて行かれたのは、ネットゲームの中でポイントを稼いで金に変える「リアル・マネー・トレード」を組織的にやっている一味の拠点で、そこで悠介もネットゲームをプレーするよう部屋に押し込められてしまう。

 といっても監禁された訳ではなく、プレーしてポイントを稼ぐ仕事さえこなせば食事も女の子も世話をしてくれるらしい。程なくして悠介に専属で付くことになった女の子も登場。ミニスカートで胸元も露わなメイド服に身を包んだ女の子の顔をみてまたしても悠介は驚いた。同級生でやはり山根に手紙を書かなかった時野弥生。いったい何をやっているんだ? そう訝る間もなく、メイドには純真な奉仕だけを求めるマスターが性的な奉仕を始めたメイドに爆発し、組織を逃げ出そうと暴れ出す。

 現れたのがチャイナ服を着た女性と屈強な男たち。それだけだったら格闘の経験もあるマスターに悠介が相手出来そうだったのに、女性は奇妙な力を使って2人の攻撃を受け止める。いったいこいつらは何なんだ? やがて判明した彼女たちの正体と、窮地の悠介やマスターを助けた時野弥生の正体から、地球を挟み人類を巻き込んで起こっている争いの構図が浮かび上がっては、悠介たちを否応なしにその戦いへと引きずり込む。

 いきなりではなく徐々に見えてくる全体の設定と、ひたむきにオタクでそれも武闘派で活動的なマスターや、親切心より己の都合で他人を動かそうとする時野弥生といったキャラクターたちの暴走ぶりが、先へ先へとページをめくらせる原動力になっている。いじめられるのはいじめられる方にも理由があるからだという教師の“暴言”に押しつぶされ流される山根のキャラクターは今の時代のある種の象徴。そんなキャラクターを放り出さずに救い引っ張り上げようとする展開にも心を安心させられる。

 ひとつの事件が片づいても、悠介やマスターたちの冒険はこれからが始まり。確実にありそうな続きの中で見せてくれるだろう時野弥生の艶姿とマスターのバカっぷり、どこか謎めいたところが漂うインテリヤクザのギンさんの活躍への期待も膨らむ。地球を救うヒーローになれる設定はありきたりでも、オカマの父親と敵対するものには容赦ないリアルヤクザの共演というのはちょっと目新しい。というよりライトノベルではありえなかった設定かも。それが現実になって来たのは時代が変わったからなのか、それとも読者が育ったからなのか。


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