秋葉少年

 「ボイルドエッグズ新人賞」と言えば直木賞作家にアニメ化作品を持つ引きこもりのトップランナーが選考委員を務めるという、ゴージャス極まりない文学の賞として昨今とみに名を馳せてはいるものの、受賞作家の次がなかなか出ない賞という、あまり名誉ではない評判もそろりそろりと出て来ていて、ゴージャス極まりない選考委員によって選ばれ期待を持って迎え入れられ、さて次はいったい何を書けばいいのかというプレッシャーという奴の、凄まじさが傍目にも見え始めた折りもおり。

 自分を写した写真のどれもが心霊写真になってしまうコスプレ少女の青春を描いた「コスチューム」(産業編集センター、1100円)で、第3回目の「ボイルドエッグズ新人賞」を受賞した将吉が、受賞作の刊行から1年余を経てようやくにして第2作目を刊行。その名も「秋葉少年」(講談社、1300円)は、秋葉原に集う“ニジゲン”な輩をめぐる物語で、読めば巷に言われる“アキバ系”の少年少女の生態や趣味心情をつぶさに見て取ることが出来る。

 まずは秋葉原の路地裏でオタク狩りに遭った少年が、それならばと一念発起しオタク狩り狩りに転じる「きよしメモ」。我が街として闊歩しつつも、決して全面的には受け入れてはくれない秋葉原への複雑な心理が、滲んで溢れて同じく秋葉原を心のより所にする少年たちの涙を誘う。心惹かれる同類に助けられたと思ったのに、突きつけられる資本主義経済的な現実の何という重たさか! これだから秋葉原は恐ろしい。恐ろしいけれど愛おしい。

 続く「秋葉原チケットセンター」は、アキバ系少年たちの怨念が世界を包み込むストーリー。アルバイトをしている秋葉原のコンビニエンスストアの店頭で、平日の夜10時にCDラジカセを置いてアニメソングをカラオケで流し、ソロコンサートを繰り広げているメイド服の少女を払ったのが不思議の始まり。翌朝にふと迷い込んだチケットショップで、昨夜のメイド服の少女に再会して、彼女から「アキバ系パスポート」を押しつけられた直後から、パンピーだった少年の日常が変化を始める。

 それはパンピーな少年が小馬鹿にしつつ言うところの“ニジゲン”が、少年の暮らしに入り込んでは脅かすというもの。手始めは部屋に買った覚えのないフィギュアが転がり、それからキャラクター付きのタオルが浴室に現れ、同乗した友人の車のボンネットにアニメのイラストが短時間で描かれ、部屋には同人誌が溢れ出し壁にはアニメキャラのポスターが貼られてしまう。

 もしもそれらを、少年と同様にオタク嫌いでアニメ嫌いを広言している彼女に見つけられたら嫌われてしまうかもしれない。そう思って少年は必死に同人誌を仕舞いポスターを剥がして隠そうとするけれど、天井にまで貼られていたことには気づかず彼女に見つかり、落胆し疲れ果てて秋葉原をさまよい歩いた果てに入ったメイド喫茶で、またしても例の少女と再会を果たし、そしてひとつの境地へとたどり着く。

 それがパスポートの効果だったのか、それとも少年に元来そなわっていた資質だったのかは分からない。あるいは「人はオタクになるにあらず、オタクとして生まれてくるのだ」という至言にもあるとおり、少年は実はオタクとして生まれながらも、それを気恥ずかしさから覆い隠していたものが、ようやくにして表に出てきただけなのかもしれないし、そう考えれば気分も楽だ。

 ついでに言うなら、オタク嫌いでアニメ嫌いを広言していた彼女にも、パスポートの影響は及んでしまったのかもしれないし、彼女については元からそうだったのかもしれない。少年が生来のオタクで、彼女も少年に遠慮していただけだったとしたならば、「秋葉原チケットセンター」はとてつもなくハッピーエンドの物語。名誉とか、立場とかプライドとかが邪魔して出せない本当の自分をさらけ出し、そして掴んだ真実の愛に、心からの賛辞を贈りたくなるだろう。

 3編目の「タイム誌の女の子」は、より切実でシリアスな物語。雑誌の「タイム」で汲まれた秋葉原特集に登場していた女の子に会いたいと、秋葉原に通い詰めても会えずそれならばと雑誌に掲載されていた写真を切り取り、加工し背景をコラージュして複数の写真を作り出しては、勝手に作ったホームページにアップして、出会えない寂しさを埋めようとした。あるいはそれを見た彼女から、接触があることを期待していのかもしれない。

 狙いは的中。連絡があり出向いた少年の前に現れたのは、まさしく「タイム誌の女の子」だったという、ボーイ・ミーツ・ガールの物語へと進んでいくけれど、現れた彼女から聞かされたのが、これもまた資本主義経済的を象徴するようなエピソード。純粋さとは対極にあるあざとさが、純粋な想いから「タイム誌の女の子」を追い掛けていた少年を襲って心を苛む。

 現れた少女から起こったのが、オタク的でストーカー的な少年への非難ではなく別の打算だったことが少年を迷わせた。非難だったら謝りページを消し去れば良かった。そうではなかった状況を、果たして受け止めるべきなのかどうなのかと、少年は悩む。テレビの向こうの美少女アイドル、雑誌の中の美少女キャラクターに、勝手な思いを募らせる“ニジゲン”が、リアルな存在と邂逅して起こる戸惑い、とでも言うのだろう。「タイム誌の女の子」には、そんな戸惑いが実に見事に表現されている。

 どれをとってもアキバ系で“ニジゲン”で、そしてとっても純真な少年たちの揺れ惑う心情を描いたストーリー。同類の諸君は涙を拭い、唇を噛みしめながら読め。


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