アフリカン・ゲーム・カートリッジズ
African Game Cartridges

 収監されている囚人は骨髄移植のドナーになれないという事実をもって、これを設定に盛り込んだ小説の至らなさを指摘していた文学賞の選考委員がいたけれど、いささか現実を逸脱した設定でも、それが圧倒的な感動を与えてくれる場合、果たしてそこまでの緻密さが必要なのかと考える。

 設定のリアルさが感嘆させられる要因の大部分になっている小説の場合、1カ所でも物語の都合に合わせてリアルさがねじ曲げられているのはまずいという意見には納得できる。一方で得られる感動を優先して設定の厳密さを敢えて無視する見方も可能だ。

 感動や快楽が目的のエンターテインメントならば、感動を織りなす物語、快楽を汲み出す雰囲気に対しては、設定だって現実をねじ曲げて奉仕して良いのではないか。格好良い男たち女たちが森を舞台にひたすら銃撃戦を繰り広げた北村龍平の映画「VERSUS」が与えてくれた快楽の前に、どうして人が蘇るのかといった疑問は不要だった。”誰も見たことのない戦い”を見せてくれた。それだけで「VERSUS」は成功だった。

 深見真の小説「アフリカン・ゲーム・カートリッジズ」(角川書店、950円)が与えてくれる圧倒的な快楽を前にしても、同様に設定の厳密さなんてものがまるで些末なことに思えてくる。頭に思い浮かべただけで、何もない場所から手に銃器を取り出せる力を持った「拳銃使い」になってしまった少年が、「拳銃使い」を危険な存在を見て狩り出そうとする権力側の迫害を受けながらも、仲間を得て団結して自分たちを追いつめようとする権力に向かっていく。そんな内容の「アフリカン・ゲーム・カートリッジズ」の場合、そそもそがどうして空中から拳銃を取り出せるのか、といった部分の荒唐無稽さが大きく気を引く。

 「この世には『干渉粒子』という不思議な粒子があって、この干渉粒子が集まって『干渉粒子情報系』を形成し、これが拡散した多世界のうちの一つ−つまりパラレルワールドから銃を持ってきてくれるのだという」。(20ページ)。これが「銃使い」が銃を取り出す原理で、加えて「量子跳躍」「特殊波動関数収縮」といった用語も使われていて、つまりは一種SF的な設定でもって、空間より銃を取り出せる人間が存在するのだと説明している。SFなんだから設定が荒唐無稽でも構わない、と言えば言えるがそれにしてもなぜ「銃器」なのか、という疑念は残る。想いが具現化するなら別に金だって食べ物だって構わない。

 それから女性が出産の重みから解放され、政治の世界にも積極的に進出するようになって、総理大臣や政府の主要ポストを占めるようになっている、といった設定もやや先を行き過ぎている気がする。さらには190センチを超える長身で、超絶的な美人で格闘技も拳銃の腕前も素晴らしい上に頭脳も切れる女性(しかも揃ってレズビアン)を筆頭に、スタイルも顔立ちもパワーも頭脳も最高の女たちが、幾人も現れ束になって大活劇を演じるといった設定の、どこに現実らしさを見いだしたら良いのだろうか。

 けれどもだからこそ「アフリカン・ゲーム・カートリッジズ」は圧倒的に面白い。「ベレッタM92FSコンバット」から「グロックM21」から「モーゼルM1917ピストルカービン」から「タンホグリオ・モデルP10」から、ありとあらゆる種類の拳銃なりライフルといった銃器を使ったド派手な銃撃戦を見たい、書きたという意識がまずあって、それを描くにはどういった設定が必要なのかを帰納的に導き出して描いた世界だけあって、その方面のマニアにとっては垂涎の小説に仕上がっている。

 なおかつ銃器にこだわる余りにマニアだけが楽しめるような小説ではないことも、「アフリカン・ゲーム・カートリッジズ」を圧倒的なエンターテインメントとして屹立させている。GEAの施設を逃げ出して学校に現れた「銃使い」に襲われたことが契機となって、自分の「銃使い」としての能力に目覚めてしまった「矢崎龍座」という名の少年が、「銃使い」を取り締まるために結成された、圧倒的な火力と権力を持つ組織「国家特別銃取締局」(GEA)に追われる中で山本山茶花率いるレジスタンス組織「アフリカン・ゲーム・カートリッジズ」(AGC)に助けられ、葛藤しながらもGEAへの反抗に次第に荷担していく。

 GEAの方では身長190センチの美女・小島里見警視が部下たちと、「銃使い」規制を唱える議員を暗殺する事件の解決に乗り出す。やがて交錯する2つの勢力。現場でそれぞれのプライドをかけてぶつかりあうAGCとGEAの狭間で、醜くどろどろとした権力闘争が渦巻き、陰謀が巡らされて山茶花を、美里を巻き込みふくれ上がっていく。

 AGCとGEAとともに巻き込んんだ陰謀の主は誰なのか。絶体絶命の危機に陥ったAGCに起死回生のチャンスはあるのか。次から次へと繰り出される謎とその答えに驚かされ、それでも得られない答えをさぐってページをめくるうちに、設定の非現実さなどまるで木にならなくなる。山茶花と美里の因縁はどこから始まりどこへと向かうのか。そしれ龍座の運命は。読み終えてさらにふくらむ謎に、もっと読ませろという欲求がわき起こる。

 これで完結ならそれでも構わない。けれどもあらゆるくびきから解き放たれて創造された圧倒的なエンターテインメント空間と、その上で繰り広げられるさまざまなドラマをこれで畳むのはもったいない。あり得るならば是非に続きを。薬莢が降り注ぎ硝煙の匂い漂う世界の上、ほとばしる情念がぶつかり合って描かれる、未だかつて読んだことのない物語を今ふたたびに。


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