5ミニッツ4エバー

 5分間だけ時間を戻せる力があったなら、どんな失敗だって5分前に戻ってやり直せるから怖くないと普通だったら思いそう。でもその5分間で絶対に取り戻せない時間があっても、力を愛おしいと思えるだろうか。そしてその5分間が何かを引き替えにしてしか取り戻せない時間だったら、力を疎ましいと思わないでいられるだろうか。

 そんな思いを感じさせてくれるのが、音七畔による「5ミニッツ4エバー」(集英社、1000円)という物語。白い衣装で髪まで白い奇妙な女の子が手にして配っていた風船をもらい、割ってしまった4人・組に起こったのは、自分にとって大事なあることをすると、そこから5分だけ時間が戻ってしまうという不思議だった。

 たとえば、走るのが大好きな女子高生は、さあ走ろうとして駆け出すと時間が戻ってしまうから大変だ。朝食を食べて肉でいっぱいの弁当箱をもらい家を出て、学校に向けて駆け出したとたん、朝食の場面へと戻ってしまうといった具合。

 ただ、走るのが好きなだけなら止めれば良いけれど、彼女は陸上部の選手として競技に出ることが決まっていた。それが走れなくなった。だから出られなくなった。それこそ毎日の練習だってできなくなった。

 もう走るのを諦めるしかないのか。自分をライバルと思ってくれていた仲の良い同級生には事態を明かして、向こうはそれを信じて受け止めてくれたけれど、でもどこか別の理由で譲ったと思わせしまったかもしれないと悩んでいる。いったいどうすれば、自分のこのモヤモヤを払拭できるのか。そこで女子高生は考えつく。そして決意して踏み出す。新しい生き方へと。

 あるいは、同級生たちから虐められている男子中学生。殴られて蹴られて、そこで泣いて涙を流すと5分前に戻るようになってしまった。これはラッキーと虐められ、殴られる場面を振り返ってひらりとかわし、反撃に出たりしているうちに、相手も恐れを感じてか虐めなくなってきた。

 泣けば時間が5分戻る不思議は殴られること以外にも役だった。学校でテストがうまくいかないといった嫌なことがあったら、すぐに泣いて時間を戻していた。すると、同学年の女子中学生から、どうして時間を巻き戻しているのかと突っ込まれた。なぜ知ってるんだ? なぜ時間を戻したんだと彼女にはわかるんだ? それは彼女も風船をもらったから。そして経験したから。

 泣いても泣いても取り戻せないことがある。それが痛いほどに分かっていた少女には、泣いて嫌なことから逃げている少年が許せない。だから泣くなと命令する。家までおしかけ泣かないようにと脅す。泣いて時間を戻せばどうして泣いたんだとバットを振りかざして追いかける。そんな日々が積み重なって、そして少女のもう泣かない理由を聞いて動き出す少年の時間。

 そうなのだ。「5ミニッツ4エバー」は繰り返す物語ではなく、やり直す物語でもなくて、越えられない壁を乗り越えていく物語なのだ。

 大学生の青年。ようやくできた彼女と手を繋ぐと時間が5分前に戻ってしまう。繋ぎたいけど繋げない不満が2人の間をぎくしゃくとさせる。アルバイト先では同僚の女性が自分に関心を示して来る。いっそ靡いてもいいんじゃないか? そんな思いもよぎったけれど、大学生は決意する。そして2人で歩き出す。

 あるいは小学生の3人組。そろって風船を割った3人は、そろって卒業式を終えて、そろって小学校を出ようとすると時間が戻ってしまう。学校から出られない。家族にも会えない。どうしよう。そしてどうにか脱出する。大切な時間から目をす向けて。それで良かったのか? だから考え実行する。後悔を取り戻すための方法を。

 そんな4編から成る「5ミニッツ4エバー」。5分であっても戻せればそれは武器になる。何だってやり直せそうな気がするけれど、その代償に失われるものがある。どうればいい? 選べばいい。乗り越えればい。我慢すればいい。理解すればいい。

 そのためのいろいろな方法が示されるけれど、でも大事なことは、やっぱり絶対に逃げないこと。逃げていたって始まらない。だからどんな困難を受け止め、越えていけ。そんなメッセージが4つのエピソードたちから流れ出て来る。

 ちょっとした不思議を得て人は戸惑い、それでも考え適応していく、そんな姿を見せてくれるという意味で「5ミニッツ4エバー」はSFだ。そして困難多き時代に生きる少年少女に向けた青春ストーリーだ。

そのまま文学へと流れても発揮されそうな音七畔の才。だから他にどんな物語が書けるのかが気になるけれど、真っ白な少女が手にした風船はまだまだ多数。だからあるいは様々な、5分間をやり直して乗り越えていく物語が、もっといろいろと読めるのかもしれない。次に書いてくれるものを今は待ちたい。5分間といわず何年でも。


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