13月のゆうれい 01

 女の子の格好をするのが好きな男の子だからって、自分を女の子と思っているとは限らないし、好きな相手が男の子とも限らない。そして自分を女の子だと思っていたとしても、好きなのは男の子ではなく女の子だということもある。

 それは男の子の格好をするのが好きな女の子にだって言えることだし、男の子の格好をしている男の子や、女の子の格好をしている女の子にも言えること。格好と、心と、そして好きな対象をひとつのモノサシに当てはめて考えてはいけないし、考えること自体が間違っている。それが人間という心があって自分で考え、自分で決めて生きていける存在なのだから。

 とはいえ、社会というのはどうにもひとつのモノサシに人間を当てはめて考えたがる。その方が分かりやすいし効率的。モノサシに当てはまらない人間はそんなにいなくて、そういう人間のことを考えに入れていたら、頭も社会の仕組みもまとまらないと思われているからだろう。

 けれども、どんどんと増えて膨らんでいくだけの社会とは違って、狭まりこぢんまりとしていく社会でそんな、大量生産のような人間ばかりを相手にしていては、かえってムダが出てしまう。むしろ、それぞれに違った人間たちに合わせて、それぞれが求める生き方を提供できるような社会にした方が、潤いも出るし活性化もする。

 そう思うのだけれど、まだまだ多勢の大量生産組が蔓延るこの社会。せめてだから物語の中から、偏見だとか固定観念だとかを揺さぶるような世界を見せて、ちょっとずつでも変えていければ。高野雀の「13月のゆうれい01」(祥伝社、680円)という漫画は、そんな柔らかな変革に、なにがしかの貢献を果たすような気がする。

 双子の姉のネリは、ミリタリージャケットにパンツスタイルという男の子っぽい服装を好むけれど、自分が男の子だと思っている訳ではなくて、仕事仲間との合コンでは格好いい男性を探して仲良くなりたいと思う、いわゆる一般的な女の子といった感じだったりする。

 その日に行った合コンでも、髪をちょんまげのように束ねた眼鏡の男に興味を持って、彼に寄り添った美人がいてこれは無理かもと思ったら、合間にその美人が男には同棲している相手がいて、その話ばかりすると怒り出した。そしてネリが近寄ると、男は同居している相手はいても、自分のことは好きじゃないと言って落ち込み酔っ払う。

 そんなネリにはキリという名の双子の弟がいて、姉のネリによく似た顔立ちをしていることもあって、学校では男子校ながらもかわいいといわれていて、それに怒って机を投げることもあったという。そして高校に上がった時、女装コンテストで出場予定者が出られなくなった代わりに、キリが出場して見事に優勝。そこで踏ん切りが付いたのか、今は好んで女装をして歩いている。

 そんなキリは今、家を出て仕事をしながら男と同居しているけれど、別に同棲ではなく高校時代の同級という関係。そのキリの同居相手の周防こそが、ネリが合コンで惹かれ、酔っ払って同棲相手の愚痴を聞かされた男だった。

 なんという偶然。合コンの直前に街ですれ違い、3年ぶりのキリと再会したばかりのネリが、キリと同居している周防と合コンで出会うという偶然にも驚いたけれど、それと同時にネリは、しばらく離れていたキリが、よく女装して出歩いていることを知って驚いた。もっとも、どこかひ弱な感じがあったキリを、空手もやって強かったネリは姉として守っていた。再会後もネリはキリの女装を咎めることなく、勤務先でキリに困ったことがあれば、乗り込んでいってキリを守ろうとする。

 弟に対しては強い姉でいたい。あるいはそんな子供の頃の経験や記憶が、学生時代からネリにスカート姿の制服への違和感を抱かせ、就職してからもパンツスタイルを好ませ、オフでは男の子のような格好を選ばせていたのかもしれない。だからといって、心が男の子といった感じではなく、好きな相手が女の子ということもなく、合コンで知り合った周防を好ましい相手として意識するようになっていく。

 その周防はといえば、中学時代に女の子から好きだと告白されても、自分は好きではないからと断る淡泊さ。そして、高校時代に見た女装したキリに惹かれ、再会した時もまた女装した姿だったキリにも惹かれたのか、部屋探しをしていたキリを誘ってルームシェアをするようになる。それでも部屋で女装を解いたキリとは一線を画す。人間としてのキリに恋愛めいた感情を抱いているようには見えない。そして姉のネリへと関心を向けるようになってく。

 そんなふたりの間にあって、ひとりキリだけは心情がよく見えない。自分をどういう風にとらえているのかが分からない。女装をしている自分は好きのようだけれど、それで自分は女の子だと思っているようではない。そして男としての周防が好きといった感情も見せない。だからといって外に好きな女の子がいるようにも見えない。

 今のところキリは、ビジュアルとしての可愛らしさを体現しては周防を引き付け、そんなキリに双子だけあってよく似たネリが、一般的な女の子の格好をしたのを見た周防の関心をネリに向かわせる、ふたりの媒介のようで、そしてネリの鏡のような存在になってしまっている。周防とネリが本格的に近づいてしまった後、そこにキリに居場所はあるのかを心配してしまう。

 女装をしばらく封印しようと決めたキリだけれど、それで改めて自分というものを思うことになるんだろうか。キリが好きなのは誰なんだろうか。キリは誰かを好きなんだろうか。キリは自分のことをどう思っているんだろうか。キリはどうありたいんだろうか。そんなキリ自身の感情が、葛藤があらわになってこそ、狭間にあって自分を解放し、固定観念に縛られないで生きていくための道が、見えて来るのだけれども、果たして。

 セクシャルマイノリティの懊悩や葛藤を描いて強く訴えかけてくる作品の感じとは少し違う、柔らかく越境する自分や他人の性への認識をすくい取りつつ、自分はどうあるべきか、どうありたいのかを考えさせてくれる。そんな作品だ。


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