一〇八星伝 天破夢幻のヴァルキュリア

 ヒロインが逝き、ライバルまで逝ってしまうとは、どれだけキャラクターの無駄遣いをしているのかと編集の人からお小言をくらいそうな展開だけれど、強烈なキャラクターを軸に据えて、その関係性だけで繋げていくライトノベルとは、もしかしたら根本的に違っているのかもしれない。

 なにしろ逢巳花堂の「一〇八星伝 天破夢幻のヴァルキュリア」(電撃文庫、610円)が元ネタにしているのは、中国で「三国志演義」「西遊記」と並ぶ三大奇書のひとつとして、長く読み継がれ親しまれている「水滸伝」。広大な中国大陸を舞台にしたスケールの中、108人もの英雄豪傑たちが登場しては、入れ替わり立ち替わり暴れ回る空前絶後の物語を下敷きにしているなら、たとえ一時のヒロインであろうとライバルであろうと、最後まで存命のまま引っ張るほどのものではないのかもしれない。

 そんな「一〇八星伝 天破夢幻のヴァルキュリア」で「水滸伝」の英雄豪傑の代わりに出てくるのは、空から落ちてきた星を体内に宿して異能の力を発動させた108人の処女たち。中には力を暴走させる者も現れ、それによって5万人が暮らす延安府という都市がひとつ、吹き飛んだこともあって宋の皇帝は、というよりそこに老いる侍り続けている、あらゆる存在の天命を予言できるという天命の巫女は、仙姑と呼ばれる108人の異能の女たちをすべて殺すよう、皇帝を通じて天下に命じる。

 そうして組織された討仙隊にいて、ひとつの隊を任されている燕青という名の少年が物語の主人公。宝貝と呼ばれる不思議な道具のひとつで、影を操る刀を振るって戦っている彼を、しばらく前から仮面の者たちが追い回していた。いったいどうして自分が付け狙われるのか。身に覚えはなかったけれど、過去に何か因縁があるかもしれないと燕青は考えていた。

 それというのも燕青はしばらく前、108番目の星が落ちてきたという場所に居あわせ、衝撃を受けたかなにかして倒れ、それまでの記憶を失っていた。身元は判然としていて、ずっとその国で軍人として働いていたことは分かっていたけど、元の職場に戻るということにはならず、そのまま仙姑たちを狩る部隊に配属となった。

 倒れていた自分を介抱してくれた小倩という名の少女の姉、林冲も同じ部隊で隊長を務めていて、共に仙姑を相手に戦おうとしていたけれど、そこに立ちふさがったのが仮面の存在。正体はもしかしたら最初に都市を破壊した仙姑なのか? そんな想像の元に動いた燕青たちの前に現れたのは、実に意外な者たちだった。

 燕青の過去。やっていた仕事のその非道さ。近くにいた当時の仲間たち。知らず起こった悲劇的な戦いの結末。そして……。めまぐるしい展開の中にヒロインが逝き、ライバルたちも逝ってしまたけれども物語はまだ序盤、108人いるという仙姑たちが集まり天下に向かって、というより国を支配し自分の思うがままにしている天命の巫女を倒すために反旗をひるがえすことになるのだろう。

 記憶を失っていた燕青が、過去に仲間だった者たちを屠り、過去にその親を殺した娘の側にいたりする矛盾に、当人の心理がまるで揺れ動かないのが気になるし、後悔しないのか、葛藤はないのかと訝りたくもなる。とはいえ、今は今だと割り切る強さが彼の持ち味ということかもしれない。それとも事故の途中で完全に中身が入れ替わり、違う人格がその肉体に宿っているのかもしれない。108番目の星の謎とともに。

 そうした謎が解き明かされていくだろう今後に興味を抱きつつ、やはり「水滸伝」ということで梁山泊が作られ、そこに集まってくる仙姑たちのパーソナリティがどういいったもので、どんな異能の力を繰り出すのか、そして燕青とどんな絡み方をするのかを楽しんでいきたい物語だ。それにしても最大の謎は天命の巫女の正体か。ずっとその美貌を保ち続け、人の未来を占い権力者の側にはべり続ける。いったい何者か。なにが目的なのか。仙姑とどのような因縁があるのか。燕青との関係は。それらを知る意味でも、やはり続きが待ち遠しい。


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