手嶋龍一著作のページ


1949年北海道生。慶応義塾大学経済学部卒後NHKに入社し、政治部記者。1987年ワシントン特派員、1994年ハーバード大学のCFIA・国際問題研究所から招聘されシニア・フェロー、1995年ボン支局長、1997年から8年間ワシントン支局長。2005年06月外交ジャーナリスト・作家として独立。

 
1.
ニッポンFSXを撃て
(文庫改題:たそがれゆく日米同盟)

2.一九九一年日本の敗北

3.ウルトラ・ダラー

4.ブラック・スワン降臨

 


 

1.

●「ニッポンFSXを撃て」● ★★★
 (文庫改題:たそがれゆく日米同盟)



1991年10月
新潮社刊

 
新潮文庫化

2006年07月
新潮文庫
(新装版再刊)

  

1992/02/18

 

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副題は「日米冷戦への導火線・新ゼロ戦計画」
本書は、航空自衛隊の次期支援戦闘機(FSX)を開発導入計画に対して、アメリカから相当な圧力がかかった経緯一切をまとめたノンフィクション。

本書は外交のかけひきの機微、また卑しさを教えてくれる書でもあります。当時の栗原防衛庁長官、米のワインバーガー国防長官の会談の様はまさに圧巻。
ケビン・カーンズという唯一人の人間が駐日アメリカ大使館のマンスフィールド大使以下の穏健派に抵抗して日本のFSX計画に警鐘を鳴らし、遂には上院議会における日米合意の修正論を高めることに成功したとあります。
米国にとって、また日本にとって、更には日米にとってカーンズの行動が良かったのかどうかは別にして、一人の人間によって外交が左右されうることを示しており、衝撃でした。
また、日本主導による開発を目論んだ日本側が窮地に追い込まれる原因となったのは、結論を自分に有利に展開させる為引き延ばしを図ったことが、遂にレーガン政権からブッシュ政権への政権移譲に伴う政治的空白期間にまで引っ張ってしまったことにあります。ベーカー新国務長官にしろタワー新国防長官にしろ、議会からの信任を取り付ける為には議会の慎重論に同調せざるを得なかったという事実。改めて政治駆け引きの難しさを感じさせる一幕です。

日米の同盟関係を重視し日本への支援に回った人々も、湾岸戦争に対する日本の消極的な協力姿勢から、地位の後退あるいは退任を余儀なくされた。
日本を信頼し日本に期待した人は、日本に裏切られたという。
湾岸戦争の是非は別としても、日本の政治的視野が狭く、日本国内向け・自国の利益のみに立った議論に終始した事実は否定できない。
湾岸戦争に対し70億ドルという金だけ出せば良い、金を出すかどうかと金額についての議論、所詮ケチ臭い議論としか思えない。自民党も野党も自分のことしか考えていないとしか思えず、これでは日本シンパの人々が裏切られたように思うのも無理ないことという印象を受けるのです。
国際社会の一員として、個人としても国家としてもどう共存していくべきか。課題は大きいと思う。

ケビン・カーンズのたったひとりの反乱/日の丸FSXの堕落/反FSX包囲網/政権内部のFSX戦争/舵をきるブッシュ政権/フォギー・ボトムの憂鬱/ 対決は議会へ/勇気ある人々/すべては東芝事件から始まった/黄昏の日米同盟

     

2.

●「一九九一年 日本の敗北」● ★★




1993年11月
新潮社刊

  
1996年05月
新潮文庫化

 

1993/12/04

 

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日本FSXを撃てを読んだ時ほどの衝撃は無かった。知日派の国際人に対する日本の裏切りといった結果の顛末は、同著で知り得ているからである。
その一方、本書の読後に何とも言えない徒労感、索莫とした気分のあることに気付く。湾岸戦争の日本の貢献策において尽力した人々、そして取材した著者も共通した思いではないだろうか。
在クウェート大使館の城田参事官は、在クウェート米国大使館の参事官一家を、自分達、在留邦人の危険を冒して保護した。
テヘランの日本大使館スタッフは、イラク機のイラン飛来の事実を突き止め、イランの動向に関わる情報を収集、日本政府を通じて米国に提供し続けた。イラク革命時に大使館を撤収した米国にとって、上記は貴重な情報ルートとなったのである。これら日本の貢献は、一体どこに埋もれてしまったのか。
湾岸戦争が終結した 3月11日、在米国クウェート大使館は「ワシントンポスト」の朝刊に、クウェート奪回に尽力した国々に対する派手な感謝広告を掲載した。しかし、感謝国リストの中に日本の名前は無かったという。

軍隊の派遣と資金の拠出、国民の痛みという点では前者の方が大きいかもしれないが、政治としては軍隊の派遣も資金援助も困難さにおいて同等ではなかったか。
それにもかかわらず今回の日本の国際的敗北は、日本政府の危機対処能力、外交力の貧困さを原因に挙げざるを得ない。結果的に日本は、ベーカー流の結果重視の政治的外交に振り回された故に不手際の責任全てを押しつけられてしまった、と思えるのです。
日本の危機対処能力の欠如は、安全保障を全面的にアメリカに頼ってきたところが大きいと思う。平和国家であっても、安全保障に関わる情報の収集、分析・対応力は欠かせない筈だ。
省庁の利害に行政が左右され、二元外交が破綻をきたした。省庁あって国家なしの象徴ともいえるのが、本件の成り行きだった。
余りに苦い教訓として、本書の指摘を忘れることはできない。

プロローグ−「極東のクウェート」と呼ばれた日本/手さぐりのミッション/策士たちの秋−バンダルとベーカー/日本への遺書/中東貢献策漂流す/会議は踊る/「Dデー」を探れ/テヘラン発緊急電/密室の「湾岸方程式」/ハシモト蔵相の光と影/痛恨の二元外交−日本敗れたり/エピローグ

   

3.

●「ウルトラ・ダラー」● 


ウルトラ・ダラー画像

2006年03月
新潮社刊

(1500円+税)

2007年12月
新潮文庫化

  

2006/04/04

 

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NHKワシントン支局長だった手嶋さんが、外交ジャーナリストとして独立して最初の著作。
今までのノンフィクションとは異なり、何とフィクション。とは言え、描かれているのは実際にあっても何ら不思議ないことばかり。だから帯に「衝撃のドキュメンタリー・ノベル!」という文字が躍るのか。

ニッポンFSXを撃て」「一九九一年日本の敗北が面白さが格別だったので本書にも期待したのですが、残念ながら面白味としては今ひとつ。
つまり、小説としての面白さに欠ける、という意味です。その理由は、手嶋さんはやはり小説家ではない、と言うに尽きます。
それでも小説として面白いかどうかは別として、本書の内容がすこぶる興味惹かれるものであることは疑いありません。
北朝鮮による精巧な偽ドル紙幣作り、拉致事件、日朝交渉、巡航ミサイル密輸事件、そして最後の思いがけない真相、等々。
表面的な外交交渉の裏側で何が行われているのか。一般人には窺い知れない、とんでもない駆け引きが繰り広げられているのかもしれません。外交とはそんなことを含めて成り立っているもの、そう考えさせられます。
私が興味惹かれたのは、ストーリィ自体よりも、主人公である英国BBCの東京特派員であるスティーヴン・ブラッドレーの行動ぶり。特派員という肩書の裏で情報部員を務めているというのが彼の実態なのですが、ジャーナリスト、情報部員として人脈を作り上げていく様子が興味深い。映画に出てくるような派手な情報活動はなく、地道で何気ないものですけれど、それを駆使することにより様々な情報を入手しているという風。
著者である手嶋さんの情報収集力は図抜けたものであるという評判を聞いたことがあります。実際の手嶋さんもこうした細かな努力を重ねて人脈を築き上げていったのかと思うと、それが何より興味深いのです。

※なお、この小説の中で手嶋さんは、中東にのめり過ぎる余り米国が東アジアのパワー・バランスを崩していると警告を発していますが、それには全く同感。本当に憂うべく事態です。

         

4.

●「ブラック・スワン降臨−9.11-3.11インテリジェンス十年戦争−」● ★★☆
  The Black Swan Has Landed


ブラック・スワン降臨画像

2011年12月
新潮社刊

(1500円+税)

  

2011/12/26

  

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題名にある“ブラック・スワン”とは、有り得ない事態が現実となることの隠喩(メタファー)なのだそうです。
本書で言うそれは何かというと、
9.11米国本土を襲った同時多発テロと、3.11東日本大震災時に起きた福島原発事故。
本書は9.11以前に遡る
ビンラディンと米国の戦いから書き起し、原発事故を最終章に置いた、国家的危機に見舞われた時の国家ならびに国家指導者の対応を具体的に検証した貴重な一冊です。

冒頭、米国はビンラディンを手中にできる機会を提供されていたにもかかわらず彼を放置してしまった(クリントン政権で当時責任者であったのが現国連大使スーザン・ライス)、その結果が米国民に多くの犠牲をもたらした、と手嶋さんは鋭く指摘しています。
つまり情報を見逃すことの危険、情報分析力の欠如がもたらす危険をこれほど端的に現した例はないでしょう。
戦後日本は戦争放棄=平和国家を唱えてきた訳ですが、平和とは戦争をしないということであって、国益が侵されるのを無抵抗でただ見ているということではなかった筈です。しかし現実には、戦争をしないということと無抵抗は全く違うことであるにもかかわらず、混同されてきたきらいがあります。本来軍事力を持たずに国益をしっかり守るとなったら、軍事力がない分それ以上に情報収集力、分析力、交渉力、交渉戦略を備えていなければならない筈なのですが、現在の日本はいったいどうなのか。

日本の危機は、とくに民主党政権になってから拡大しているといって間違いないでしょう。現状認識力も情報収集力も分析力も決断力も何ら持たず、外交の継続性という重要さもまるで理解していなかった鳩山、菅という2人が続いて首相の座にあった所為と言わざるを得ませんが、そんなレベルの人物が首相という座についてしまう日本の状況がとても怖い。
危機が発生した時に正しく国を導けるだろう人物を選ぶのではなく、誰が選ばれれば自分の損得になるか、誰が首相になれば選挙に勝てるかという尺度で首相が選ばれ、選ばれた人はどうこなしていれば批判を少なくできるかということが第一なのですから、暗澹たる気持ちにならざるを得ないというものです。

現在の日本について、具体的状況をつぶさに語りながら手嶋さんが打ち鳴らした警鐘の書。
これは他人事ではなく、自分たちの国のことなのです。

ブラック・ホークが舞い降りた/情報策源地グアンタナモ/テロリストたちの航跡/ワシントン支局長の 264時間/戦争は一角獣に乗って/アメリカの余りに永き不在/縮みゆくニッポン/黒鳥が舞い降りた

    


  

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