新藤悦子著作のページ


1961年愛知県生、津田塾大学国際関係論学科卒。在学中から中近東に興味をもち、卒業後トルコに渡り、カッパドキア地方の僻村で絨毯作りの名人老婆につき絨毯を織り上げる。その時の経験をもとに「エツコとハリメ」(情報センター)を刊行。

1.羊飼いの口笛が聴こえる

2.チャドルの下から見たホメイニの国

 


   

1.

●「羊飼いの口笛が聴こえる−遊牧民の世界− ★★

 


1990年6月
朝日新聞社

 

1992/02/24

トルコの遊牧民を追った旅の記録。
遊牧民といっても、政府の定住化政策で本来の遊牧民生活を送っている人はもはや少ない、という。また、いても未知の人間に語ることはない。そこからが新藤さんの行動力である。
夏の遊牧地(ヤイク)を求めて通い詰めるうち、一人の男からヤイクの言葉が洩れる。そこからは、それまで冷たかったベルガマの村人も、どこへ新藤さんを行かせたら良いか議論することに 180度転回したという。
新藤さんの羊飼いになりたいという主張は無知からのこととはいえ、現地の人から見れば「何なんだこの女は?!」ということだったのだろう。
本書は「チャドル」を読んだときほどの充実感はなく、どこか硬い感じを受ける。「チャドル」が常にイラン社会を見据えながらだったのに対し、本書ではトルコ社会を比較することはない。ただ、単純に遊牧民の生活のみを知ろうとしている。印象の違いはその姿勢の違いによるものかもしれない。

本書で印象に残ったのは2点。
1.新藤さんが「アラーはいない」といった言葉にハリル爺さんが怒る。そのハリル爺さんが、風で倒れた小屋を直すのを手伝った後、「アラーはいるんだ」と諭すように言ったという。そして、新藤さんを「われらの同志」と呼んだという。
2.今も珍しく残っているジェヴケットのユルト(天幕での生活様式)。しかし、ジェヴケットはユルトを見せるのを拒んだ。貧乏という見世物にされることを嫌ってのことらしい。
ユルトの生活も良いかもしれないという新藤さんに、彼は冬のユルト生活の寒さ、辛さを指摘した。現実の厳しさを思い知った部分である。
この2点は、遊牧民生活の本音を率直に表しているようで圧巻だった。

夏の遊牧地/ヤージュベディル遊牧民の絨毯/トルクメン・今も残る秘密の儀式/秋の遊牧地/ヤージュベディル遊牧民・幻の白い天幕

 

2.

●「チャドルの下から見たホメイニの国」● ★★

  

 
1992年1月
新潮社刊
(1456円+税)

 

1992/02/13
1993/03/13

面白く、かつ興味つきない一冊。
安易な現地リポートではなく、現地の人の日常生活に入り込み、肌で感じたイランという宗教国家の実態をみることができる。その点、新鮮で生々しいエッセイです。
新藤さんは、カッパドキアで絨毯を織り上げるという経験をした後、滞在期限の問題からビザの不要なイランへ入ります(85〜86年)。本書は90年に再びイランを訪れた時の記録。
イランでは、独身女性の単身行動は宿泊や服装の問題等困難ばかり。それでいて現地の人の伝手を辿り、イラン国内を見て回る行動力は凄い。驚くばかり。

(再読)
ほぼ1年ぶりに再読。最初に読んだときのような新鮮な感動は受けない。しかし、読み終えてやはり良い本だなと思う。しみじみと味わいが伝わってくる面白さと言おうか。
本書の特徴は、新藤さんがイランという国の日常の中に入り込んで、日常人の生活観でイランの人たちを捉えている点にあると思う。そのきっかけとなっているのがトルコでの絨毯織りの経験であり、その経験はちゃんと功を奏しているのである。

キャランタリー氏の絵“エンプティ・プレイス”、絨毯織りの作業場、チャドルへの思い、サッカハーネ(水飲み場、祈りの場でもある)、トルクメン・サハラの天幕のような家、デルヴィーシュ(托鉢僧)、イマーのザーデ(聖廟)。
イランの友人ジャハーン、レイラ、シーリーンの3人。イスラム共和国となりながらも、パーレビ国王体制下で近代的教育を受けた彼女たちは一様に、多妻制に嫌悪感を抱いている。
テヘランでは革命警備隊による服装のチェックは厳しい。地方の都市へ行くと、だいぶ様子は変わってくるようだが。
新藤さんの眼は、女性らしく、チャドルの下に隠されたイスラムの女性たちの生き方へと向けられている。
イスラム国家となって制約の増えたこの国へ帰ってくる脱出派のイラン人若者も多い。その一方で、外国への脱出を夢見るレイラたち。
彼らの姿に新藤さんは、帰るべき国、故国たるイランとイラン人の結びつきを見る。一方。それは脱出を常のこととしながらも、やはり帰るべき国として日本をもっている自分自身への問い掛けともなっている。

第一部(1985.86年):ホメイニの国への誘い/イスラムの中の「ペルシャ」/それぞれにとっての祖国
第二部(1990年):五年ぶりのテヘラン/トルクメン・サハラの末裔たち/画家が選ぶテーマ/砂漠の中の歴史の町で/故国を出る人留まる人/イスラム以前からのシグナル/望みの扉を開けて

  


     

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