米澤穂信
(ほのぶ)作品のページ


1978年岐阜県生。2001年「氷菓」にて第5回角川学園小説大賞奨励賞(ヤングミステリー&ホラー部門)を受賞して作家デビュー。11年「折れた竜骨」にて第64回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)、14年「満願」にて第27回山本周五郎賞、21年「黒牢城」にて第12回山田風太郎賞および 第166回直木賞を受賞。


1.ボトルネック

2.儚い羊たちの祝宴

3.リカーシブル

4.満願

5.本と鍵の季節

6.黒牢城

  


 

1.

●「ボトルネック」● ★☆


ボトルネック画像

2006年08月
新潮社刊

(1400円+税)

2009年10月
新潮文庫化


2006/11/03


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高校1年生の主人公・嵯峨野リョウは、2年前崖から転落して死んだ恋人・諏訪ノゾミを弔うため東尋坊を訪ねていた。

ふとノゾミの自分を呼ぶ声が聞こえたと思ったら、気がつくとそこはいつの間にか金沢市内。そして、自宅へ戻るとそこには生まれなかった筈の姉サキがいた。
リョウは、姉のサキがいて自分の存在しない別の可能世界に巻き込まれたことを知る。そしてその世界では、何と死んだ筈のノゾミが生きていた。

サキは呆然としたままのリョウの尻を叩くようにして、共に謎を明らかにするべく、積極的に行動を始めます。
何故リョウはこちら側の世界にやってきたのか、両方の世界では何がどう異なるのか。サキの知るノゾミとリョウの知るノゾミにはどんな違いがあるのか。そこがミステリ。

その結果気づいた真実は、まるで足元が抜け落ちたくらいに苦いもの。
青春小説だというのにこんな苦さがあって良いものか、と思うほどです。でもそこが本作品のミソ。
私は明るく爽やかな青春小説が好みなので気に入ったということはできませんが、この苦さ、ちょっと忘れられない気がします。

なお、表題の「ボトルネック」とは、瓶の首が細くなって水の流れを妨げるように「システス全体の効率を上げる場合の妨げとなるある部分のこと」との由。

 

2.

●「儚い羊たちの祝宴」● ★☆


儚い羊たちの祝宴画像

2008年11月
新潮社刊

(1400円+税)

2011年06月
新潮文庫化



2008/12/13



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どの篇も最後にアッ!と言わされる連作短篇集。
「これぞ、究極のどんでん返し!」「収録作すべてがラスト一行で落ちるミステリは本書だけ!」という出版社の紹介文句に、予め心の用意はしていたというのにそれでもアッ!と言わされてしまうのですから、そのアイデアと仕掛けの見事さ、只者ではないと言う外ありません。

「身内に不幸がありまして」は、地元名家のお嬢様用の召使として育てられた少女=村里夕日が物語る話。予期していただけに驚きはそうでもなかったのですが、殺人の動機がなぁ・・・・。こちらの方が驚きだったかもしれません。
「北の館の罪人」は、幽閉された名家の長男の世話役を受入れた妾腹の妹=内名あまりが物語る話。最後の一言にスコーン!と、まるで足元が抜けたような気分に襲われます。
・「山荘秘聞」、割と在りそうな話なのですが、最後の意味、ちと判らないんですけど。

「玉野五十鈴の誉れ」 収録5篇中、本篇が圧巻。
最後の一文、一瞬何のことかと思うのですが、意味が判るとこれがもうもうとんでもない謎解き。そこに至るまでの用意周到な段取りだけでなく、主人公の令嬢=小栗純香に仕えた同年齢の召使=玉野五十鈴のキャラクターが実に味わい深い。読書の造詣は深いというのに料理や家事になるとまるでダメという五十鈴の欠陥が、そのままストーリィの重要な要素になっているのですから、脱帽。

「儚い羊たちの晩餐」 本書ストーリィ5篇のいずれにも“バベルの会”という大学の読書倶楽部のことが話に出るのですが、どうストーリィと関わっているのかよく判らないまま。それが本篇でようやく結実します。本篇主人公は、そのバベルの会から退会させられた成金娘の大寺鞠絵。
しかし、そこまでやるのかぁ、というのが率直な思い。見事に締めくくった、と言えるかもしれませんが、後味として良いのかどうか。

判っていながら術中にはまってアッ!と思わせられるところ、差し詰め高難度ゲームのような面白さなのですが、人間ドラマとしてみると人物設定に無理がある、と思う面がかなりあります。
本書を抜群に面白いミステリと感じるか、あるいは驚かされはするものの人間性が乏しくドラマ性にちと欠けると感じるか、それはもう好みの問題でしょう。

身内に不幸がありまして/北の館の罪人/山荘秘聞/玉野五十鈴の誉れ/儚い羊たちの晩餐

             

3.

「リカーシブル」 ★★


リカーシブル画像

2013年01月
新潮社刊
(1600円+税)

2015年07月
新潮文庫化


2013/02/20


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中学生になったハルカと小学生の弟=サトルは、訳あって母親の故郷である坂牧市に3人で引っ越してきます。
その坂牧市、中でも3人が住む
常井町は寂れた雰囲気がいっぱいで、閉塞感すら漂います。
ハルカら家族が抱えた事情とは、父親が会社の金を横領し一人で失踪してしまったこと。ハルカが「
ママ」と呼ぶのは父親の再婚相手であり、サトルはその母親の連れ子。つまり家族3人とはいってもハルカだけ血の繋がらない仲という酷な状況。
そうした中、サトルが突然予知能力を持ったのかと思われる事件が次々と起こります。そしてこの常井町には元々、予知能力を授かった女性が町の危機を度々救ったという
“タマナヒメ伝説”があった。もしかしてサトルは・・・・。

上記舞台設定の元に描かれる、女子中学生ハルカの切ない青春ミステリ&サスペンス。
辛い状況の中で自暴自棄にならず、歯を食いしばって淡々と暮らしているハルカの姿は、健気と言うに尽きます。それでも最近そうしたストーリィは珍しくもなく、それだけなら格別のことはありません。
ところが最終段階に入るや否や、ハルカのキャラクターが冴え渡るという風。些細な事々の積み重ねから、引っ越してきて以来の謎をことごとくハルカが解き明かしていく部分はもう圧巻!
そこには、もはや頼れるものは自分しかいないというハルカの冷徹な覚悟が感じられ、まさしく孤高に戦うヒロイン、と言うに相応しい。
このヒロイン=ハルカのその後を、是非見たい気がします。

※なお「リカーシブ」というのは、再帰的な、自分自身に戻って来るような、という意味だそうです。

       

4.

「満 願」 ★☆      山本周五郎賞


満願画像

2014年03月
新潮社刊
(1600円+税)

2017年08月
新潮文庫化


2014/04/16


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警官の殉職、死人宿と噂される旅館で拾われた遺書、離婚を決意した母親と2人の娘、バングラディッシュでのプロジェクトに挑む商社マン、連続する不審死を取材に訪れたフリーライター、賢妻による金融業者の殺害事件。
どの篇も、何故そのようなことが生じたのか、ということ自体に読み応えがあるのですが、本短篇集の読み処はそこに留まりません。それら物語の先に、実は隠された秘密があった、というところにあります。
事件ストーリィの面白さ+秘められた真相の発見、というのが本短篇集の趣向。

私として一番面白かったのは、冒頭の「夜警」。警官殉職の陰にどんな驚くべき事実があったのか。その真相には全く驚かされました。
「柘榴」はエロスの香り高く、
「関守」にはブラック・ユーモアあり。
表題作
「満願」の真相は何と驚くべき、ということなのでしょうけれど、現実感を欠いているように感じます。本当にそんなことまでやるのだろうか、と。

全体を通して確かに趣向の面白さはあるのですが、やや現実感を欠いているような気がしてなりません。そこが少々勿体なく思えるところ。
本短篇集の評価は、読み手の好みによって大きく異なるような気がします。


夜警/死人宿/柘榴/万灯/関守/満願

        

5.

「本と鍵の季節 The Book and The Key ★☆


本と鍵の季節

2018年12月
集英社刊

(1400円+税)

2021年06月
集英社文庫



2019/02/16



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評判が高い様子であること、図書室が舞台、図書委員の高校生2人が探偵役という設定に興味をそそられ、手に取りました。

堀川次郎松倉詩門は、ともに図書委員。あまり人の来ない高校の図書室で、当番を務めている。
そこに持ち込まれる依頼ごと等を巡り、2人がその裏に隠された真相を謎解きする、という連作青春ミステリ。

2人の個性的なキャラクター、そして2人がやりとりする中で、それぞれに推理し、補完し合って謎を解いていく、というスタイルが本作の面白さだと思います。

「913」:元図書委員の先輩が、祖父が遺した金庫の解錠を2人に依頼してきます。2人はさっそくその家へ。
「ロックオンロッカー」:堀川が美容室で割引券を貰ったと、松倉を誘ってその店へ。すると店長が何故か丁寧に挨拶。
「金曜に彼は何をしたのか」:1年生の図書委員、その兄である2年生が職員室の窓を割った犯人として疑われ・・・。
「ない本」:図書室に縁のない3年生が、最近自殺した友人が最後、何の本を読んでいたか検索してほしいと図書室に。
「昔話を聞かせておくれ」:父親が遺した謎が6年も見つからないままと、松倉が堀川に打ち明ける。
「友よ知るなかれ」:前の篇に続くストーリィ。松倉は、堀川に知られたくなかったと・・・。
6篇の中では、「813」ならぬ「913」が最も面白かった。

評判作ながら、私の満足度としては今一つ。
どうも米澤作品との相性が良くないのでしょうか。
物足りなさの原因は、謎解きに必然性が感じられなかったことでしょうか。
そももそもどの謎も、解いても良いし、解かなくても良いというものではなかったのか。
それでも2人のやりとりの、ビターなところは魅力でしたが。


913/ロックオンロッカー/金曜に彼は何をしたのか/ない本/昔話を聞かせておくれよ/友よ知るなかれ

        

6.

「黒牢城(こくろうじょう) Arioka Citadel case ★☆    山田風太郎賞・直木賞


黒牢城

2021年06月
角川書店

(1600円+税)



2021/12/24



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直木賞候補作ということで読んでみました。

本作の魅力は舞台設定の妙にある、と言って間違いないと思います。
本能寺の変より4年前、摂津一国を支配する武将=
荒木村重は織田信長に反旗を翻し、有岡城(旧伊丹城)に籠城します。
その有岡城へ、羽柴秀吉の命で使者としてやって来たのが
黒田官兵衛。しかし村重は、その官兵衛を殺さずに土牢へ幽閉してしまう。

その後、有岡城内では不審な出来事が度々起こります。その真相を解明できないままでは籠城戦が内部から自壊しかねないと、村重は自ら真相を解明しようとしますが果たせず、自分より知恵者と思われる官兵衛の元へ足を運び、官兵衛から事件解決のヒントを得るというパターン。

史実の籠城戦が舞台、その城内で起きた事件に対し、探偵役の一人は荒木村重であり、もう一人の安楽椅子型探偵(土牢内)が黒田官兵衛という布陣。
しかし、ただ真相が解明できれば良い、という状況にはありません。事件が繰り返される度、城内の士気は揺らいでいくようにも感じられ、大丈夫なのか有岡城?と思わされますし、村重に事件解決のヒントを与える官兵衛の狙い(策謀)は何か?、そんな単純な相手ではない筈と思いますし。

上記のとおり舞台設定はもう十分に見事なのですが、荒木村重の史実に拘束されることに否応はありません。
真相解明がそれ程重要なことだったのかという疑問と、事件に共通した黒幕が何となくつかめてしまうこと、そして村重謀叛の結末が分かってしまっているからか、残念ながらもう一つ興が乗らず。
そうそう、籠城戦と言いつつ、実際に戦をしている気配が薄いところも、今ひとつ。


序章.因/1.雪夜灯籠/2.花影手柄/3.遠雷念仏/4.落日孤影/終章.果

     


  

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