上野 歩
(あゆむ)作品のページ


1962年東京都墨田区生、専修大学文学部国文科卒。94年「恋人といっしょになるでしょう」にて第7回小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。


1.
墨田区吾嬬町発ブラックホール行き

2.
キリの理容室

3.お菓子の船 

4.葬る 

     


       

1.

「墨田区吾嬬町発ブラックホール行き ★★


墨田区吾嬬町発ブラックホール行き

2016年12月
小学館

(1500円+税)



2017/02/28



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ドジでネクラなところからずっと“モグ(もぐら)”と仇名されてきた小倉ひかり、自ら望んで女職人の道へ。
ひかりの父親は9年前に失踪し、今も行方は分からないまま。父親のことを知りたいと、ひかりは父親が勤めていた(株)ツブラヤ絞に入社し、天才肌の職人だった父親と同じ
「ヘラ絞り」職人の道を目指します。
しかし、突然失踪して会社に迷惑をかけたという父親の過去がある所為か、社長の妻や元同級生の娘
カスミがひかりに向ける目は冷たく・・・。

工業系女職人という珍しい趣向のお仕事小説+18歳から始まる地味な娘の人間的成長ストーリィ。 面白かったです!

「ヘラ絞り」という職人技、それを究めつつ成長していくひかりの姿、父親の
安太郎や母親の咲子をはじめとする周囲の人物像等々、どれも手応えがあって面白さ尽きません。そしてさらに、ひかりの父親が失踪した謎解きや、ひかりが一方の当事者となる職人同士の対決といった場面もあり、興味惹かれるばかり。
また、そこは若い女性が主人公ですから恋愛絡み部分もあり、といった具合で、物語要素が満載。

ひかり自身の努力が大きいのはもちろんですが、ひかりを囲む人物たちの協力、応援する姿が温かい。
そうした人と人の結びつきがあって、ひかりの幸せな成長があるという落とし処は何とも気持ち良い。
最後のハッピー部分は、ひかりの成長に対するオマケ、と言って良いでしょうね。

※「ヘラ絞り」とは、回転させた金属の板状素材をヘラと呼ばれる金属の棒を押し当てて少しずつ変型させ、必要とされる形に成功加工する技術、とのこと。

1.星空/2.倒す/3.絞り屋/4.裏ベラ/5.ナマす/6.対決! 削り魔vs.絞り魔/7.恋/8.ブラックホール/9.銀河中心/終章.桜

            

2.

「キリの理容室 ★★


キリの理容室

2018年05月
講談社

(1500円+税)

2021年08月
講談社文庫



2018/07/17



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主人公である神野キリが、理容師の国家試験に合格、かつ理容師専門学校を卒業するところから始まり、自分の店を持ち最終目標に向かって走り続けるところまでを描いた長編。

美容院に較べ、長く退潮傾向にある、という印象が否めない理容店(若者の理容店離れ、千円カット店の増加等で)。
それ故、若い女性理容師のストーリィと知った最初は、えっという気持ちがなくもありませんでした。
ところが、若いキリが挑戦するかのように理容師の道を、最初は空回り気味のところもありますが、邁進しようとする展開はやはり面白い。
床屋、理容師に関する蘊蓄話も興味深々ですし。

前半、キリには頑ななところが見えます。
それは、やはり理容師だった母親の
巻子が、小4の時に父親とキリを見捨てて家を出ていき、出資して店を持たせてくれた雨宮と一緒になったという事情。そのため、自分で繁盛店を持ち、2人を見返してやろうという執念に凝り固まっているため。
また、シェービング技術には素晴らしいものがあるものの、カッティング技術に課題有り、というのが最初の頃のキリの評価。
しかし、後半になるとそんなキリに大きな変化が見えてきます。
そこからが本ストーリィの醍醐味。

理容店の退潮といっても、やり方次第では発展の可能性はある。でもそれを阻んでいるのは、業界の古い体質。
でもねぇ、それなりの能力があってこその話ですよね。

キリの父親である
、幼馴染の淳平、専門学校同期のアタル、母親の巻子。そして、卒業後のキリが勤めることになった理容店<バーバーチー>のオーナーである千恵子(かつて巻子も勤めていた店)。さらに、その常連客たち等々、次々に登場する人物たち一人一人が皆生き生きとしていて、実に楽しい。

満足度たっぷりの、お仕事&青春&成長ストーリィ。お薦め。


1.国家試験/2.顔剃り/3.コンテスト/4.ブロース/5.カッティング/6.髪結いさん/7.永訣/8.レディースシェービング/9.対決/最終章.キリの理容室

        

3.

「お菓子の船 ★★   


お菓子の船

2023年02月
講談社

(1750円+税)



2023/03/19



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主人公は樋口和子(わこ)、和菓子職人の道を目指す。

和子6歳の時、和菓子屋を営んでいた
祖父=徳造が食べさせてくれたのが、祖父の作ったどら焼き。そのどら焼きを食べたとき、春、そして海の風景が見えた、という。
その祖父のどら焼きを再現するため、製菓学校を卒業した和子は浅草
<奥山堂>に就職し、和菓子職人になるための道を歩み始めます。

ストーリィはともかくとして不思議なのは「お菓子の船」という題名。一体何のことか?
実は祖父、志願して海軍に入った後、
給糧艦「間宮」に配属されたのだという。

私も全く知らなかったのですが、「間宮」とは日本海軍に実在した戦闘部隊に食料を供給する補給艦で、食料貯蔵および製造設備を持ち、お菓子も製造していたのだという。それが本書題名の所以。中でも
「間宮羊羹」が人気だったという。

ストーリィは、まず奥山堂に入社した和子が、和菓子職人として成長していく姿が描かれます。
そして、祖父のどら焼きの秘密を解こうとする和子が行き当たったのが、給糧艦「間宮」。
そこで、徳造が菓子職人として働いた間宮のことが描かれます。
それらを経て、祖父のどら焼きを追求してきた和子が、ついにその再現を叶えるまで。

「間宮」の存在が極めて興味深い。そのうえで、和子の和菓子職人としての成長、祖父の味の謎追求ストーリィが楽しめる作品です。

※上野さんが本作を執筆したきっかけは、NHK「歴史秘話ヒストリア」で、給糧艦「間宮」を知ったことからとのこと。


プロローグ/1.風景/2.横須賀港/3.羊羹/4.給糧艦/5.対決/6.桜/7.末期/8.餡子/9.寿/あとがき

        

4.

「葬 る ★★   


葬る

2023年09月
光文社文庫

(680円+税)



2023/10/06



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お仕事小説であると同時に、これからの葬儀の在り方について考えさせられる連作風長篇ストーリィ。

主人公の
浜尾麻衣は、冒頭の2003年で25歳。
鎌倉にある石材店<
石浜>の一人娘で、家業を手伝っています。
石材店ですから、墓石を売るのが仕事ですが、時代の変化により、お墓、葬儀の在り方もいろいろと考え方が変わっていきます。
これからは、ただ墓石を売っているだけではダメ、“葬る”についての相談に応じられる会社にしたいと決意。
身内の葬儀をきっかけに、海洋散骨事業に乗り出します。
麻衣が45歳になるまでの20年間に及ぶストーリィ。
 
お墓とは、いったい何のためにあるのか。どういう形で埋葬するのが望ましいのか。
海洋散骨、墓じまい等々その時が来なければ中々考えない事柄であるだけに、本書を読むと改めて、“葬る”ことについて考えさせられます。

私の場合、既に父親を葬っていますが、順番どおりであれば、次は母、そしてその次は自分。
長男ですので、既に家のお墓は引き継いでいますが、お墓にあまり拘るつもりはありませんし、子どもの負担にならないことを望んでいます。
お墓がない方がむしろすっきりするし、結果的に金銭的負担も少なく済むでしょうし。
散骨以外にも樹木葬とか、葬り方の選択肢はどんどん広がっていますしね。


プロローグ/1.墓地バブル/2.夕焼け空/3.桜/4.大空ツアー/5.ぬいぐるみの病院/6.松ぼっくり/エピローグ

         


  

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