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1.言の葉は、残りて 2.白蕾記 3.花散るまえに |
「言の葉は、残りて」 ★★☆ 小説すばる新人賞 | |
2022年01月
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若くして鎌倉幕府の三代将軍となった源実朝。 その実朝の御台所として京の摂関家から嫁いできた坊門家の姫=信子。 本作は、その2人を主軸とした歴史&恋愛ストーリィ。 元々武家らしくなく、むしろ文芸に興味を持つ実朝、信子から教えられた和歌に惹きつけられ、<言の葉>の力を信じるようになります。 将軍としての自覚に目覚めた実朝が目指すのは、武の力ではなく言の葉の力で世を治める、ということ。 しかし、鎌倉幕府=北条家と捉える北条義時(政子の弟、実朝の叔父)は実朝の自立を許そうとせず、実朝が傷つくのも構わず、画策を弄して武力で北条家の位置を盤石なものにしようとする。 甥に暗殺された三代将軍=実朝という題材が新鮮で、鎌倉幕府と北条家の関係を描く歴史小説としても存分な読み応えあり。 しかし、それ以上に魅せられるのは、実朝と信子の、まさに恋し合う男女といった観ある琴瑟の夫婦関係。 互いに言の葉を以て伝え合うことを大切にした2人の姿は、恋愛小説としても一級品と感じます。 そして、武力ではなく言の葉を以て治めるという、理想的な君主像への歩みと、本作の魅力は尽きません。 新人とは思えぬ程、尽きない魅力と、高い完成度を持った作品。2人の周囲に配置した登場人物たちの人間像もお見事。 したがって、当然ながら読み応えもたっぷり。お薦めです。 |
「白蕾記」 ★★☆ | |
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江戸時代後期の大阪で蘭医として活躍すると共に、<適塾>を開き多くの人材を育てが緒方洪庵(1810〜63)と、洪庵に寄り添って支えた妻の八重、二人が共に歩んだ道を描いた歴史小説。 題名の「白蕾」とは痘苗のこと。当時恐るべき病気だった疱瘡(天然痘)から人々を救うため、種痘活動に尽力し、病から人を守る“予防医学”という考え方を日本で始めた広めた洪庵の功績を綴った本ストーリィを象徴する言葉です。 本作の主人公は、洪庵ではなく、妻の八重。 妻の視点から洪庵を描く、ということではなく、八重の支えがあったからこそ洪庵は天然痘治療、適塾での人材育成が果たせたという内容で、二人の夫婦愛が本作の見所、したがってこの夫婦二人が本作の主人公である、と言って過言ではありません。。 「八重さん」「洪庵さん」と呼び合う二人の仲睦まじさ、息の合った様子に、適塾の弟子たちをはじめ、周囲の人物たちも和まされ、勇気づけられる様子が、何といっても温かく、居心地よく、気持ち良い。 ストーリィ全体を覆うこの雰囲気が、本作の魅力です。 また、二人の最初の出会いは作者の創作だと思いますが、何とも清らかで希望に満ち溢れていて、何度思い返しても魅了される場面です。まさに気持ち良い風を実際に感じるようです。 ※なお、この八重さんは実際に多くの人たちから慕われていたそうで、その葬儀には門下生や明治政府関係者をはじめ、2000人が参列したとのこと。また、福沢諭吉は「私のおっ母さんのような人」と語っていたそうです。 序章.適する道/1.八重/2.左内/3.俊平/4.諭吉/終章.白蕾を結ぶ針 |
「花散るまえに」 ★★☆ | |
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戦国大名の正室として有名な女性は何人も思い浮かびますが、寧々(秀吉)とかお松(利家)とか、いずれも夫と共同経営者といった印象。 その点、恋愛の対象者として思い浮かぶ正室は、細川ガラシャ(忠興)ぐらいでしょう。 本作は、明智光秀の三女で、信長の命により細川家に嫁いだその玉=ガラシャと、忠興の苛烈な夫婦愛を描き出した長篇。 とはいえ、今さら何故ガラシャ?と感じたのが正直なところ。 ガラシャという人物を知ったのは、司馬遼太郎「関ケ原」によってだったでしょうか。 ガラシャが忠興から熱愛されていたこと、大阪城下の屋敷を三成勢に襲われて事実上自害して果てたことは知っていますが、ガラシャがどういう女性だったのか、何故キリスト教に入信したのかといった事情はまるで知らず。 本作では、玉のみならず、細川忠興という人物もつぶさに描き出されています。 愛を知らずに育ったことから思いを言葉に出すことが苦手な忠興の愛は、相当に独りよがり。 それに対して愛情深く育てられた玉の愛情は実にたおやか。 しかし、夫婦の愛といっても、二人は常に波乱の時代情勢に翻弄されます。 光秀の謀反、離縁はされなかったものの奥深い地への幽閉、細川家の存続第一の舅=幽斉の干渉、等々と。 玉がキリスト教の洗礼を受けガラシャとなってから後の、ガラシャと忠興の姿を描き出していく筆力が、実に素晴らしい。 二人の夫婦愛はどういう姿をもって結実していくのか、そこはもう圧巻、と言うに尽きます。 波乱の戦国時代を背景に夫婦愛を描いた力作、傑作と言って間違いなし。 とくに女性読者へ、是非お薦め。 序/1.ひとりの心/2.ふたりの心/終 |