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1.百年厨房 2.ナカスイ!−海なし県の水産高校− 3.ナカスイ!−海なし県の海洋実習− 4.ナカスイ!−海なし県の水産列車− 5.オリオンは静かに詠う |
「百年厨房」 ★★ おいしい小説大賞大賞 | |
2024年11月
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美味しい食事が縁となって人々の繋がりを作っていく、という作品はいろいろありそうですが、それに大正浪漫とタイムスリップが加わると、それはやはり珍しいと言うべきでしょう。本作はそんなストーリィ。 主人公の石庭大輔は32歳。宇都宮市大谷町にある元石材商だった旧家の現当主とはいうものの、桜沼市役所で情報専門職員、独身で交際嫌い、食べ物に興味がなく、コンビニ弁当常習者。 ある日、女性の悲鳴が聞こえたと思ったら、裏山にある祠の階段から昔風の女性が転げ落ちてきた。 その女性、アヤと名乗り、明治生まれの22歳、亡き祖父に女中として仕えていたと・・・・つまり、タイムスリップ。 さらに音信不通だった妹が死去したからと突然に7歳の姪ルナが現れるといった混乱が続きます。 郷土博物館の学芸員である篠原紫、すかさずアヤさんとルナを世話する人が必要だろうと同居を宣言し、独身暮らしがいきなり4人の疑似家族暮らしへ・・・。 開かずの蔵の鍵をアヤが見つけ出し蔵を開けた処、そこは当時の最新型設備を揃えた厨房蔵=“百年厨房”。 そこでアヤ、次々と当時の料理を作りだし、皆を喜ばせます。そして次第に大輔も皆も変わっていく。しかし、またもや新たなタイムスリップが起きて・・・。 タイムスリップも面白いのですが、何より楽しいのは、アヤさんが説明しながら作り出してくれる数々の庶民的な料理です。そしてもう一つ、個性的な面々がひとつ家族としてまとまっていく姿が実感できるところ。 さて、最後にどう決着するのか、どうぞお楽しみに。 プロローグ/1.冷やしコーヒーをもう一度/2.楽しい「ご飯」/3.レモンとミルクのサムシング/4.柿と七五三/5.ベーキャップルをあなたに/6.昔日のミルクセーキ/7.「時」が結ぶ味/8.「おいしい」は世紀をつなぐ/エピローグ |
「ナカスイ!−海なし県の水産高校−」 ★★ | |
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これぞまさに、高校生たちの青春!という一作。 ストーリィの舞台がユニーク。何と海なし県にある唯一の水産高校=栃木県立那珂川水産高等学校(ナカスイ)。 海なし県なのに何故水産高校があるの?というと、海がなくても川がある、那珂川町は鮎の宝庫、ということらしい。 主人公の鈴木さくらは、“普通”から脱却したい、普通ではない高校&下宿生活で青春を謳歌したいと、魚のことも良く知らないままナカスイに進学。 ところが入学してみると、たった2人の女子生徒からは邪慳にされ、魚の知識豊富な同級生たちについていけず、孤独感にさいなまれます。 とはいえ、水産高校らしく、担任教師や同級生たち、いずれもすこぶる個性的で、楽しくもあり可笑しくもあり。 ただし、そんな彼らもそれぞれ、さくらに負けない問題や悩みを抱えていることが順次明らかになっていきます。 前半は、水産高校の授業ぶり、その物珍しさへの興味。 後半になると、さくらが言い出しての“ご当地!おいしい甲子園”への挑戦という展開。 何だかんだと言いつつ、本作も食べものがストーリィのポイントになっています。 学校の近くにある用水路で獲れた素材を使っての料理とか、いかにも楽しそうです。 ただ、水産高校の内容が充分描かれたとは言えないうちに、“おいしい甲子園”を中心に据えたストーリィ展開になってしまったところは、楽しいことは楽しかったですけれど、ちと残念と思う次第です。 1.四月はザリガニグラタンコロッケバーガーで/2.サワガニフルコースは五月晴れ/3.シジミそうめんは夏への扉/4.総集編ピザまんで梅雨が明ける/5.ナマズせんべいはエールの証/6.海なし県の水産グラタンパイで飛び跳ねろ/7.さよなら。鮎は黄昏で/最終章.ユース〜若鮎のころ〜 |
「ナカスイ!−海なし県の海洋実習−」 ★☆ | |
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“ナカスイ!”シリーズ第2弾。 前半、主人公である鈴木さくらが、恋愛したいという妄想にかられ、猪突猛進ならぬ猪突妄想といった様子。 そのきっかけになったのは、卒業する水産研究部の安藤元部長、桑原元副部長がそろってカレシを見つけていたということに衝撃を受けたらしく、自分もと急にバタバタし始めます。 折しもさくらの目の前に現れた、茨城県立那珂湊海洋学校の生徒である関清斗に一目惚れ。 そして、さくらたちが受ける海洋実習に那珂湊海洋高校の協力を受けるとか、TV番組での両校対抗戦といったイベントが続き、さくらの関への恋情は募るばかり。 ただし、前半のこの部分、率直に言って私としては読んでて面白くなかった。いちいち騒ぎ過ぎ、と阿呆らしく思えて。 しかし、後半、東京の日本橋にある山神百貨店からナカスイに、同店が催す<水産加工品フェア>への出店の誘いがあった辺りから、俄然面白くなってきます。 2年になって芳村小百合や大和かさねと選択コース=クラスが別れたものの、<食品加工コース>に転入してきた野原麻里乃とコンビを組んださくらは、山神百貨店フェアへの出店、売り上げ第一位を目指して奮闘します。 転校生である麻里乃との新たな友情、親の経済的な事情からの悩みも面白いのですが、何より愉快なのはさくらによる出店商品へのネーミング。 水産研究部の仲間たち(卒業生も含む)や先生たち、同級生たち等々の協力も得ながらさくらが本気で挑戦するところ、これぞ高校青春篇といった風で、爽快、かつ胸熱くなります。 さて、さくらの初恋はどうなることやら。それは読んでのお楽しみです。 1.那珂川を遡る三匹の若鮎は、ピスタチオの苔を食む/2.那珂川コーヒーゼリー/3.那珂川の竜宮城ふりかけ/4.コイの海洋実習/5.モクズガニざんまい/6.白鳥と黒鳥の湖/7.おいしい三角関係〜那珂川グリーンカレー〜/最終章.オタマジャクシの初恋 |
「ナカスイ!−海なし県の水産列車−」 ★★ | |
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“ナカスイ!”シリーズ第3弾にして最終巻。 いよいよ、さくら、小百合、かさねら、宇都宮先生言うところの“若鮎”たちも2年生から3年生に。 入学時に“夢”だったものも、3年生となれば具体的な<進路>として示す必要が生じてきます。 その点でも毎度お世話がせなのが、主人公である鈴木さくら。 一般入試合格などとても無理、推薦入試での合格を狙い、突然としてバタバタし出します。 まず狙うのが、実績作りとしての、生徒会長への立候補。 さてその成功する道は・・・。 その最後に登場するのが、題名にある“水産列車”。 水産列車とは何?と思われるのが当然ですが、それはもう、本巻のクライマックスですから、読んでもらう他ありません。 ただし、これぞナカスイの真髄! これぞ3年間の集大成! といって過言ではありません。 楽しさいっぱい+感動も、というシリーズきっての見処です。 最後は卒業式。本作に限った話ではないものの、特殊な学校であるだけに各登場人物たちの出航を知り、感動もひとしおです。 青春小説、シリーズ3巻を読了して、大満足です。 1.タコ焼きは夢を見る/2.鮎の塩焼きとカレーライス/3.チョウザメをピッ!と/4.星空のバーベキュー/5.鮎のシーチキンが扉を開く/6.フレッシュ!キャビア/7.走れ!ナカスイ水産列車/最終章.出航せよ(セイルアウェイ)! |
「オリオンは静かに詠う Orion Sings Silently」 ★★☆ | |
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先日読んだ佐川光晴「見えなくても王手」は、視覚障がい者である小学生たちが<将棋>に挑戦するストーリーでした。 それに対して本作は、聴覚障がい者である女子高校生を主軸にした、<競技かるた>への挑戦を描くストーリー。 比較するのは本来適切ではないと思いますが、障がいの困難さからすると視覚障がいの方が大きいのではないか。 しかし、視覚障がいの有無は傍から見て分かりやすいですが、聴覚障がいの有無は一見して分かりにくいという処に、それ特有の困難、苦労があるように感じます。 「見えなくても王手」の舞台は基本的に盲学校内でしたが、本作では最初から健常人との共通社会、でもそこには“聴こえない世界”と“聴こえる世界”の別が厳然としてある、というのが本ストーリーの出だし。 宇都宮市内にある県立若草ろう学校高等部一年生の木花咲季は、生まれついての重度難聴者で、両親も同様。 健常者の嘲るような視線に屈辱を覚えるのが嫌さに、“聴こえる世界”には近づかないようにしていた。 しかしある日、おひとりさま専用というカフェ「アライン」に足を踏み入れたことから百人一首を体験し、<競技かるた>の面白さに魅了され、市民大会出場を目指すことになります。 競技かるたという道具を手に入れた咲季が、強くなろうと決意して、果敢に“聴こえる世界”に挑戦していく姿が清々しく、魅了されます。 なお、障がいはその本人だけの問題ではありません。本作では、自らは健常者ながら聴覚障がい者を身内に持ったことで苦労してきた人たちのことも、章毎に主人公として描かれます。 第二章の主人公は、咲季と同じ高一の日永カナ。両親が聴覚障がい者であることから、幼い頃から両親の通訳者を務め、重荷を背負ってきた少女。 第三章の主人公は、ママンこと中田陽子。二卵性双生児の妹が重度難聴。そのため母親の目は常に妹に向き、自分は母親の視野外に追いやられてきた過去を持つ。咲季に競技かるたを指導。 第四章の主人公は、若草ろう学校で咲季の担任である白田映美。競技かるたの試合で咲季の手話通訳を務めますが、過去のトラウマから、市民大会ではできないと咲季に・・・。 咲季、カナ、白田映美、そしてママンも含め、壁を壊し、あるいは壁をひとつ乗り越えて前へ進んでいくストーリー。 彼らの前に明るい未来が開けていく処が清新です。 お薦め! プロローグ〜序歌〜/1.きらきらと/2.ひらひらと/3.さんさんと/4.しんしんと/エピローグ〜そして、序歌〜 |