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1.神の手 2.殺人者 3.田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察 4.蟻の棲み家 5.野火の夜 |
「神の手」 ★★ | |
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電子出版で大ヒットしたデビュー作の文庫化にして、“木部美智子”シリーズ第1弾。 3年前に神戸で起きた、男児行方不明事件取材のため、木部美智子は神戸へ。 その美智子の前に現れたのが、新聞社勤務時代の同期で、同業の高岡真紀。 高岡、先日著名文学賞を受賞した作家=本郷素子の「花の人」に盗作疑惑あり、具体的なことを知らないかと打診してきます。 逆に高岡の知る事情を聴き取った美智子は、3年前に失踪したままという作家志望の女性=来生恭子が真の作者と確信、失踪の謎を追い始めます。 一方、東京の出版社で文芸誌編集長である三村幸造の元に、神戸にある病院で心療内科医だという広瀬達也から電話があります。用件は、高岡真紀という作家を知っているか、というもの。 広瀬の紹介によって高岡と会った三村は、その原稿、高岡の仕種と話の内容が、10年前に会った来生恭子とそっくりなことに気づき驚く。 いやあ、とにかく複雑怪奇。 犯人は一体誰なのか? 多分あの人物と見当をつけたら、次の展開でひっくり返されるといった具合で、目が眩むようです。 しかし、木部美智子の堅実な調査、そしてその閃きが、着々と事実に近付いていく。 その辺りが圧巻、本シリーズらしい骨太な面白さです。 ※題名の「神の手」とは、次々と秀でた小説を生み出す作家の才能のこと。 ※※本シリーズ未読作についても、順次読んでいきたいと思っています。 |
「殺人者」 ★★☆ | |
2022年11月
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“木部美智子”シリーズ第2弾。 ※ちなみに、先に読んだ「蟻の棲み家」はシリーズ第5弾。 大阪のホテルで男性が全裸、男根を切り取られて殺害されるという猟奇的な殺人事件が連続して発生。 雑誌「フロンティア」編集長の真鍋からの指示で事件の取材にとりかかったフリーライターの木部美智子は、警察とは別の方向から事件に切り込んでいく。 その過程で、2ヶ月前から行方不明になっている男性、そして上記事件の被害者に、兵庫県の私立高校で同学年生だったという共通点が浮かび上がります。 これらの事件に起因する出来事が、彼らの在学中にあったのか。 一方、連続殺人事件の犯人と目された女性が意外な行動に出て警察を慌てふためかせます。 そして木部美智子は、事件の裏に謎の女性の存在があることに気づくのですが・・・・。 警察の捜査とは別に、木部美智子が独自の取材で事件の真相を追求していくのが本作の面白さ。 そしてその手法はというと、警察では取りようのない方法。 また、警察があくまで証拠の有無、起訴可否ということに捉われているのに対し、そうした束縛なしに自由に真犯人へと迫っていくところが、木部美智子の魅力です。 本ストーリィで驚愕させられるのは、本殺人事件の残酷さ、真犯人の執念、計画と実行の周到さ以上に、起因となった事件の根の深さ、それに絡んだ人物たちの悪意と自儘さです。 それ故、本作の結末には絶句する一方で、得心させられるところもあります。 なお、事件によって幸せになった人は誰かいるのでしょうか。 その辺りの現実の過酷さ、凄みが、望月諒子作品に惹きつけられて止まないところです。今後の読書が楽しみです。 プロローグ−池のほとり/1.事件/2.捜査/3.容疑者/4.新たな犠牲者/5.奪われた腕時計 |
「田崎教授の死を巡る桜子准教授の考察」 ★ | |
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“木部美智子”シリーズ以外の作品も読んでみようかと、図書館の書棚にあった本書を借出して読んでみた、という次第です。 春休みの立志館大学の玄関ロビーで、田崎教授が死んで倒れているのが発見されます。・・・という訳で本作はミステリ。 ただ、ミステリらしくないのです。 教授の死を深刻に受けとめる雰囲気もなく、“木部”シリーズとはだいぶ違うなぁ、という感じのライトミステリ。 そうした雰囲気を象徴している存在が、主人公である桃沢桜子准教授・42歳。 元々学問をする決意もなく、学外に出て何かする気もなかったから助手やって修士くらいでどこかに就職するつもりだったのが、とんとん拍子で准教授。 出世争いをするつもりもなく、マンションも買った、車も買った、携帯もスマホに変えた、足りないのは男だけ。食事も売れ残りの弁当で何ら構わないという、極めて合理的な女。 そんな桜子教授を囲むのはモラトリアムの大学院生たちで、彼らによるドタバタ気味の推理譚、というところ。 そして彼らの背後にはそれぞれ癖ある教授たちが控えている、という次第。 桃沢桜子の変人ぶりを存分に味わえなかった思いが残ったのが、ちょっと残念なところ。 |
「蟻の棲み家」 ★★★ | |
2021年11月
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本作品の衝撃度は凄い! 完全に圧倒されました。 望月諒子作品を読むのは本作が初めてですが、この一冊でもはや忘れることのできない作家になりました。 売春しか生きる術を知らない母親から育児放棄されている兄妹。兄の吉沢末男は7歳下の妹を懸命に守って生き抜こうとする。しかし、周囲のクズたちは末男の努力を何度も打ち砕いていく。それがプロローグ。 そして本ストーリィ、売春で生活している子持ち女性が2人、連続して射殺遺体となって発見されます。 さらに、弁当工場に対して稚拙な恐喝を繰り返してきた男女が登場します。一人は売春しか能のない女性=野川愛里。もう一人は開業医の息子で慶大生という恵まれた環境にいる長谷川翼。その長谷川翼は違法カジノで2千万円という街金からの借金を抱えていた。その2人の絡みで、再び吉沢末男が登場します。 本書の主人公はフリーライターの木部美智子。 木部美智子をシリーズとするミステリは本書が5作目とのことですが、単独の作品として読んでも全く支障ありません。 まず読者が陥るのは、抜け出しようのない過酷な生い立ち、運命です。 売春しか生きる術を知らない母親は、子供、育児にまるで無関心で、むしろ自分の娘まで男に差し出してしまう。 末男は着実かつ懸命に生き、妹に真っ当な人生を送らせたいと苦闘しますが、足掻いても足掻いても闇から抜け出せない。 彼らの姿はまるで、小さな蟻の巣の中で蠢いているようです。 そんな希望のない世界を本書で読み続けていると、本気で怖くなってきます。 一人は、真っ当に生きようとしても妨げられてばかりの男。 一人は、母親がまともな娘に育てようとしたにもかかわらず、どうしようもない人間にしかならなかったバカな女。 一人は、真っ当な家庭に生まれ、慶大生という恵まれた環境にあるものの、自らの道を捻じ曲げてしまった男。 主人公の木部美智子は独力で、警察も気づかなかった事実、真相をこじ開けていきます。しかし、警察の領分を犯すことはなく、警察捜査と混濁するところはありません。 木部が追及するのは、誰が犯人なのかではく、事件に関わった人間たちがどのような人間だったのか、何故、どんな行動をしたのか、ということ。特に注視されるのは吉沢末男に他なりません。 最後は、衝撃の逆転劇。でも・・・。 木部美智子の選択を、誰も非難することはできないでしょう。 そこには、罪を追求するよりはるかに深い、過酷な運命、そしてそれに負けず、自分を見失わずに生きてきた男の(ある意味)見事さがあるからです。・・・まさに圧巻! 本書を読むと暗い沼にはまり込んだ気がしますが、お薦め。 Prologue/第一章/第二章/第三章 |
「野火の夜」 ★★ | |
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“木部美智子”シリーズ第6弾。 血が染みこんだ20年以上前の五千円旧紙幣が、銀行両替機、自動販売機から大量に発見されます。 殺人事件に絡むものかもしれないそんな紙幣が、何故今頃になって姿を現したのか。 紙幣の出所はすぐ判明しますが、それはどんな事件に絡むものだったのかが不明のまま。 一方、一人のジャーナリストの溺死事件、例の五千円札に関わる人物が遺体で発見されるという事件に前後して、様々な記者ならびに「フロンティア」編集部が、木部美智子に事件を通報してきます。 マスコミ関係者がこぞって木部美智子に事件の捜索をやらせようとしているかのようで、ちょっと面白く感じます。 そして舞台設定が整えられ、木部美智子が行動を開始します。 警察の手も及ばない過去の事件を、木部美智子の取材力が暴き出していく。 事件は、25年前、四国の港町で起きたもの。そして事件の関わりは、敗戦後の満州における悲惨な状況へと及んでいきます。 ストーリィとしては、本シリーズらしく、読み応えたっぷり。 その一方、幾つかの事件について後半明らかになる真相は、インパクト不足で平凡な印象。 しかしその後、最後の最後で明らかになる真相が、衝撃的。 そこにこそ、木部美智子というフリーライター、本シリーズの凄みがある、と言って過言ではありません。この凄みが圧巻! 本作では、苦境に追い込まれたが故に、苦渋の選択をせざるを得なかった人たちの過酷な人生が胸に迫ります。 事件の真相を明らかにして終わるだけの作品ではないのです、本シリーズは。 |