鯨井あめ作品のページ


1998年生、兵庫県豊岡市出身、兵庫県在住。2015年より小説サイトに短編・長編の投稿を開始。17年「文学フリマ短編小説賞」優秀賞を受賞。19年「晴れ、時々くらげを呼ぶ」にて第14回小説現代長編新人賞を受賞し作家デビュー。


1.晴れ、時々くらげを呼ぶ 

2.
アイアムマイヒーロー! 

3.きらめきを落としても 

4.沙を噛め、肺魚 

5.白紙を歩く 

 


                   

1.
「晴れ、時々くらげを呼ぶ ★★☆      小説現代長編新人賞


晴れ、時々くらげを呼ぶ

2020年06月
講談社

(1300円+税)

2022年06月
講談社文庫



2020/07/09



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主人公の越前亨は高校2年生、帰宅部、でも図書委員。
小3の時に死んだ、売れない作家だった父親による最後の言葉がトラウマとなっているらしく、人と関わらないようにしているらしい。
その亨が唯一親しく言葉を交わしているのは、図書当番のペアとなっている1年生の図書委員=
小崎優子(ゆこ)
本作題名はかなりユニークですが、それ以上にユニークなのは、その小崎が毎日のように校舎の屋上で、空に向かって「来い、来い、クラゲ降って来い」と呼び続けていること。そして何故か亨もそれに付き合っている。

一体、小崎優子は何のためにそんなことをし続けているのか。
幾ら呼び続けていたって、クラゲが降って来ることなんかあろう筈もないと思う処なのですが、何と実際に・・・・。

そのユニークさと小説愛に引かれるまま、何となく中盤まで読み進んでしまうのですが、このユニークな物語が終盤に至ると、突如として面白くなってきます。
越前亨と小崎優子の2人だけだったストーリィに、亨の親友を自称する
遠藤、亨の同級生で優等生だったのに問題を起こしてしまった関岡という女子生徒、そしてオブザーバーといった風で3年生の矢延恋先輩が参加してきます。

こんなバカなことをするなんて、と大人なら言うところですが、仲間と一緒だからこそバカなことができるというもの。
それこそ青春風景であり、青春の思い出になりうる、というものでしょう。

ユニークさだけが目立っていたストーリィが、一転、生き生きとした青春らしい輝きと痛快さに溢れたストーリィに生まれ変わってしまう、この鮮やかさはお見事、という他ありません。
最後の締めも爽快。

作者の鯨井あめさんに、感謝の念を込めて拍手を贈ります。

               

2.
「アイアムマイヒーロー! I am my hero! ★★


アイアムマイヒーロー!

2021年08月
講談社

(1350円+税)

2023年06月
講談社文庫



2021/09/06



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主人公の敷石和也(たかなり)、小学生の頃は仲良し三人組のリーダーで、自称“ヒーロー”。
ところが大学生になった今、幼馴染2人が順調に自分の道を進んでいるのに対し、自分の能力不足を思い知らされ、目標も希望もない自堕落な生活を送る日々。

同窓会に出て失意の帰り、駅で目撃したことに躊躇した和也は、その瞬間、小6当時にタイムスリップしてしまいます。
しかし、気づくと目の前には過去の自分=
タカナリがおり、さらに幼馴染のサトちゃん(飯塚正人)、デンロー(田島拓郎)もいて、自身は3人から「カズヤ」と呼ばれる同級生になっている。曰く
赤の他人タイムスリップ>という事態。

自分はヒーローだと自信たっぷりなタカナリを何とか諫め、後に後悔することのないよう過去の自分を軌道修正しようとするカズヤでしたが、<不審者情報>に<動物虐待事件>という、自分の過去には無かった筈の事件が次々と起こります。
この過去でカズヤに協力してくれるのは、
渡来凛という当時クラス委員長だったしっかりものの同級生女子。
さて敷石和也、事件を解決すると共に自分の過去を変え、無事に現在に戻れるのでしょうか・・・。

皆さんは、過去に戻ってやり直したいと思いますか?
私は、そんなシンドイこと、ご免だなぁ。どのみち自分という人間がそう変わるものではないと思いますし。

最後、どんな結果、どんな謎解きが待っているのか。
この辺りの手際が実に鮮やか、スッキリして実に気持ち良い。
これから先の主人公の道のりが楽しみになりますが、その最後の一言に、これまた爆笑!

               

3.
「きらめきを落としても ★★☆


きらめきを落としても

2022年07月
講談社

(1450円+税)

2024年08月
講談社文庫



2022/08/19



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収録6篇の主人公はいずれも大学生。
青春の一コマ、スケッチ的なストーリィばかりですが、若々しい鼓動を感じられるところが素敵です。

好きだなぁ、これら各篇の空気が、私は。
主人公たちさながら、一目惚れ(いや3作目ですけど)した感じです。

「ブラックコーヒーを好きになるまで」:知っていないと下に見られる。だから最初から知るつもりはないと斥ける。なんと天邪鬼な。そんなことで恋人を失ってしまうなんて。
「上映が始まる」:ペルセウズ座流星群を見にいった夜に出会った女性。怠け者だった主人公と違い、彼女は思いも寄らぬ強さを持つ女性だった・・・。
「主人公ではない」:SFファンタジーっぽい篇。同じ日の繰り返しが徐々に変化していくところが面白い。
果たして主人公は誰だったのでしょうね?
「ボーイ・ミーツ・ガール・アゲイン」:一目見て好きになった女性。彼女に再び会える道は・・・。愉快で、楽しい篇。
クロダさんも、友人の中井も、主人公あってこその良き仲間。
「燃」:ヴァイオリンに秀でた才能があるのにもかかわらず、右手骨折を機にラーメン屋のバイトを続ける主人公。本人が言うとおり、彼に火がつくことはないのか、本当に不燃物?
「言わなかったこと」:高校文芸部で憧れだった先輩女子。再会した4年後の今、ようやく知ったことは・・・。
このすれ違いは、お互いにとって痛い。何とかしろよぉ。

本書題名を改めて考えてみると、大事な何かを粗漏で取り落してしまっても、それを取り戻すチャンスはあるんだ、と呼びかけているようで嬉しくなります。


ブラックコーヒーを好きになるまで/上映が始まる/主人公ではない/ボーイ・ミーツ・ガール・アゲイン/燃/言わなかったこと

            

4.
「沙(すな)を噛め、肺魚 ★☆


沙を噛め、肺魚

2024年05月
講談社

(1800円+税)



2024/06/27



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沙に覆われてしまった、未来社会が舞台。
この先の未来に希望が見いだせない社会で、人々の多くは安定を求めている。

出版社紹介文には「青春小説の旗手が将来に悩むZ世代に捧ぐ、傑作のディストピア長編」と記載されていましたが、読了後はまさに言い得て妙、と得心できます。

前半の主人公は、
ロピ
母親が沙嵐に巻き込まれて死去、今は第9オアシスで父娘の二人暮らし。
音楽好きで、首都にある<音楽隊>への入隊を目指しているが、過剰保護気味となっている父親ははっきり反対しないまでも、自分の元に留まっていて欲しいと望んでいる。
沙によって引き起こされる様々な困難の中、ロピは自分の道をどう進むのか。

後半のストーリーは、前半から72年後、主人公は
ルウシュ
特に夢など持たず、シングルマザーの母親と同じ気象予報士になるべく試験合格を目指している。
そうした中、演劇好きの友人に頼まれ、上演のための詩作に協力するのですが・・・。

降沙量が増し、人が居住できる場所が狭まりつつある本作の未来社会は、閉塞感に満ちています。
それはちょうど、現代の日本社会に通じるところがあります。
しかし、そうした中でも夢を持つかどうかは、結局は個人次第ということもできます。
若人たちには、夢を持つという気持ちを捨てないで欲しい、夢を次世代へ繋いで欲しい、と願います。
ちょっと具体感の薄いストーリーですが、鯨井あめ作品、私は好きです。


肺魚は眠る。乾いた沙の下で。/世界は味気ない。酷く乾いている。/
肺魚は目醒める。いつかどこかで。

               

5.
「白紙を歩く ★★☆


白紙を歩く

2024年10月
幻冬舎

(1600円+税)



2024/11/15



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同じ高校の同じ二年生ではあっても文科系クラスとスポーツ系クラスと出会う大きく隔たる。
そんな2人、小説家志望の
明戸類と陸上部で長距離のエースである定本風香が、学校の図書室でふと出会う。

膝を故障して休養中の風香、今まで本を読んだことがないが、走る理由を知りたいと
「走れメロス」を手に取る。
一方、風香を小説のモデルにしたいと申し出た類、そのことから2人は期間限定の友だち関係を結ぶことになります。
本来出会う筈がなかった筈の2人が交わった時、そこから何が生じるのか、生まれるのか。
青春小説の逸品、と言って良いストーリーが、そこから始まります。

上記2人に加え、司書教諭の
蓼科先生、類が現在世話になっている大伯母(みえこさん)のブックカフェ<アトガキ>でバイトする織合さん、元同学年生の恭一郎等々、登場人物は多様。
彼らとも混じり合いながら、対照的な2人のやり取りが楽しい。
特に定本風香。
単行本と文庫の違いさえ知れず、短篇「走れメロス」さえ、冒頭ページから引っかかってしまい読み進めず、と。
小説好きからすると信じ難いキャラクターですが、かえって新鮮で面白く感じられます。 ※「星の王子さま」の感想も愉快。

さて、2人の出会いに意味はあったのか、小説を読むことは現実世界において無駄でしかないのか。
いやいや、期間限定の友だち関係が解消されたからといって、2人が交わったことは、それぞれが今後歩んでいく中で決して無駄ではなかった、と信じたい。
お互いに違うからこそ、異なる見方を知ることができたのですから。

率直に言って面倒くさい青春小説。でも、その一見無駄と思える時間がとてつもなく愛おしい。
「白紙を歩く」という題名が眩しく感じられます。お薦め。

          


   

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