久保寺健彦作品のページ


1969年東京都生、立教大学法学部法学科卒、早稲田大学大学院日本文学研究科修士課程中退。2007年02月「すべての若き野郎ども」にて第1回ドラマ原作大賞選考委員特別賞、同年06月「みなさん、さようなら」にて第1回パピルス新人賞、同年07月「ブラック・ジャック・キッド」にて第19回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。


1.みなさん、さようなら

2.ブラック・ジャック・キッド

3.中学んとき

4.オープン・セサミ

5.GF(ガールズファイト)

6.ハロワ!

7.青少年のための小説入門

  


    

1.

●「みなさん、さようなら」● ★★       パピルス新人賞


みなさん、さようなら画像

2007年11月
幻冬舎刊
(1500円+税)

2010年08月
幻冬舎文庫化



2008/02/26



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小学校卒業後、中学校に通うことを拒否し、母と2人で暮らす都営団地という限られた世界の中だけで生きていこうと決意した少年=を主人公にした長篇小説。

団地の中にあるコミニュティセンターへ行けば、図書館もあり映画も上映されている。団地の中には店も幾つかあるのだからそこで働けばいい。そしてかつての同級生達も皆いるのだから、団地の中だけで充分暮らしていける。
決して冗談ではなく、本当に団地という世界の中だけで生きていこうとする主人公像が鮮烈です。
確かにそれも一理、それも一つの生き方かもしれないと、つい思わされてしまう。現に悟は、団地という世界の中だけで身体も鍛え、学習もし、そのうえ手に職もつけ、セックスも体験し、恋愛もするのですから。
ただしそれは、人が、そして周囲が変わっていくという現実がなければ、という大前提の下に肯定できること。
卒業時 107人もいた同級生たちはどんどん団地を出て行き、年を追う毎にその数は減っていきます。その中で唯一人、昔のままを維持しようとしている悟の懸命とも言える姿は切ない。まるで成長を拒否した子供、母親の保護の下から外へ出るのを恐れる幼児のように感じられます。
何故彼は団地の外へ出ようとしないのか。その理由は中盤に至ってようやく明らかにされます。

ストーリィ中、殆ど存在感を示さない悟の母親=ヒーさん。息子に強制するようなことは何も言わず、ただ悟の思うままに任せている。
いったいヒーさんはそんな悟のことをどう考えているのか、心配ではないのか。それが一つの謎でしたが、最後の最後になって彼女の凄さ、偉さが腑に落ちます。
要は、どんなに頑張っても出来ないことはある。それでも、自分の出来る範囲内で頑張って生きていくことはできる。やたらに出来ないことを無理にやらせようとするより、出来る中で頑張っている姿を見守ってあげることこそ大切なことではないか。
悟と対照的に、無理なことをしようとして自壊してしまう友、外の世界で自分を粗末にし、あるいは挫折する同級生の姿も語られています。

本書は、特異な道を選んだ少年が一人立ちする迄の成長物語。そして、そんな息子を黙って見守った母親の姿が圧巻です。
面白さ、読み応え充分であると共に、最後に新たな旅立ちを感じて胸熱くなります。

  

2.

●「ブラック・ジャック・キッド」● ★★ 日本ファンタジーノベル大賞優秀賞


ブラック・ジャック・キッド画像

2007年11月
新潮社刊
(1300円+税)

2011年06月
新潮文庫化



2007/12/12



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「ブラック・ジャック」という題名から、すぐ内容を想像することができたでしょうか。
悔しいことに私は気づかなかったのですが、「ブラック・ジャック」とは故手塚治虫原作のあの人気マンガのこと。
そして本作品は、その「ブラック・ジャック」にすっかり傾倒した小学生、和也の物語なのです。

まず、主人公である和也の余りの傾倒ぶりに呆気にとられてしまう。なにしろ、いつも黒マントであの髪型まで真似しているというのですから。そして運動会では、マンガそっくりに極端な前傾姿勢で走るというのですから、笑ってしまう。
よくもまぁ、そんな格好を両親が認めてくれたものだと思いますが、それは理解ある母親のおかげ。しかし、そんな母親と別れざるを得ない事態に至って以後、転校という事情も重なり、和也の生活は一変します。
気の置けない遊び友達と別れ、ブラック・ジャックのような孤独を味わい、不思議な友達との出会いを経て、新たな友人たちと大切な友情を結ぶというストーリィ。

せつない思いにかられる場面もありますが、本作品は少しも暗くありません。そこが本作品の良さです。
悲しく辛い状況に置かれても子供が遊びに夢中になって笑い合うことがあるように、本ストーリィにもそんな子供たちの明るさ、強さ、逞しさが漲っています。
狭い団地暮し、貧しい生活、そんな状況があったからこそ、夢や希望も今より沢山持てたのかもしれない。ちょっと懐かしい気がします。
現代から見ると、そんな和也たちの姿こそ、ファンタジーのように思えてきます。
本作品はあくまで、明るく、挫けない、子供たちの物語です。

  

3.

●「中学んとき」● ★☆


中学んとき画像

2009年07月
角川書店刊

(1500円+税)

2012年12月
角川文庫化



2009/08/17



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東京都下、でも都心ではない。その町には中学校が4つあり、各々の中学の、中3男子を主人公とした連作短篇集。
ただし、町が共通であるという以外、4篇の間に繋がりはありません。

中学生の日々というと、懐かしくも無邪気な頃と思ってしまうのですが、本ストーリィに描かれるのは昔の中学生ではなく、現代の中学生たち。したがってストーリィ内容はかなりシビア。
そのため、読んでいてキツイなぁと思うこと度々です。
楽しむ、愛おしむというより、苦さを感じるところの多い一冊。

「純愛恋愛機械」の主人公は関根瑛次、同級生の女の子に夢中。仲間内の複雑な三角関係はそう意外ではありませんが、瑛次がやっと気持ちが通じたと思った後の相手の言葉には、瑛次と共に唖然とするばかり。
「逃げ出した夜」の主人公は、中学生をはみ出してしまった観ある早乙女修。親友と共に家出を決行するが・・・・。中学生とは大人と子供の端境期であることを感じさせられる篇。

「願いましては」は、本書中唯一、昔ながらの中学生らしい篇。主人公はそろばん塾に通う町田吾郎
同じ塾に通う女の子が好きでそれでそろばんを続けてきたようなものですが、吾郎にとってそろばんとはそれだけのものなのか。青春スポーツ小説のような爽やかさある、青春そろばんストーリィ。
「ハードボイルドなあいつ」は、米国ハードボイルド小説の主人公を気取っているがために同級生たちから浮かびあがり、執拗なイジメを受ける鷹野潤が主人公。ただし語り手は、青山京介
悪質なイジメをタフに乗り越えることができるなら、ハードボイルド小説の探偵たちも気取り甲斐があったというもの。

純愛恋愛機械/逃げ出した夜/願いましては/ハードボイルドなあいつ

  

4.

●「オープン・セサミ」● ★★


オープン・セサミ画像

2010年04月
文芸春秋刊
(1500円+税)

2012年10月
文春文庫化



2010/04/30



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20代、30代、40代、50代、60代、70代、それぞれの年代になっての人生初体験を描いた短篇集。
これまで読んだ久保寺作品に比較すると、正攻法なストーリィばかりです。

題名の“open sesame”とは、「千夜一夜物語」の「アリババと40人の盗賊」の中に出てくる呪文「開けゴマ(open sesame)」のこと。
子供の頃慣れ親しんだこの呪文、魔法の世界だけのことだと思ってきましたが、そう、人生至る処“初体験”は転がっているものなのですよねぇ。
でも、思わずその初体験から逃げてしまう。逃げ続けてしまうようになったらもう年寄り、という気がしないでもないと、ちょっぴり反省。
まだまだいくらでも初体験はあるだろうし、見つかるだろうし、逃げてしまってはいけないですよね。

「先生一年生」:新米教師が小学5年生にすっかりなめられてしまい、苦労し、粉砕し・・・・という話。
「はじめてのおでかけ」:4歳の愛娘に一人でおでかけしたいと宣告された翻訳家兼主夫の父親が、危険過ぎるとアタフタする話。娘離れできない父親の典型像かも。
「ラストラ40」:騎馬戦で手首骨折した息子の代わりに、リレーとアンカーとして走ることになった母親、誇張していた快速?ぶりは発揮できるのか。そしてまた・・・・。
「彼氏彼氏の事情」:女性関係で失敗した元エリート社員と反抗的な若手社員を部下にした主人公、苦労するものの思わぬ楽しみを知って・・・。
「ある日、森の中」:定年退職して家にいる夫が目障りでハイキングサークルに参加した老女、霧で道に迷った時、何と・・・
「さよならは一度だけ」:究極の人生初体験とは・・・。

今の私より下の年代での人生初体験、判るなぁ。「先生一年生」は同情することしきりですが、何といっても「はじめてのおでかけ」、私も娘を持つ父親ですから、幾らなんでもと苦笑しつつ、この父親の気持ち、判ります。
「はじめてのおでかけ」と「ラストラ40」は愉快。
それと対照的に、私より上の年代の人生初体験。これから私も迎えることになると思うと、ちと緊張。

先生一年生/はじめてのおでかけ/ラストラ40/彼氏彼氏の事情/ある日、森の中/さよならは一度だけ

            

5.

●「GF(ガールズファイト)」● ★☆


GF画像

2011年07月
双葉社刊
(1300円+税)

2019年05月
双葉文庫



2011/09/02



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読み始める前、てっきりスポーツ系の作品かと思ったのですが、大間違い。女子が、自分として生きるための戦い、それも自分との闘い、という趣向の短篇集です。
しかも、主人公やストーリィの背景、何とバラエティに富んでいることか。

「キャッチライト」は、昔の人気アイドル、今はすっかり落ち目の元アイドルが、芸能界に留まるために目論んだ究極の作戦における闘い、というストーリィ。無様とも見えますが、いいじゃないかと思わず声援を送りたくなります。
「銀盤がとけるほど」の主人公は、フィギュアスケート・ペアの選手。本篇は勿論、スポーツ系青春ストーリィです。
「半地下の少女」、これには面喰いました。何と言っても、舞台が終戦前後、それも満州なのですから。
「ペガサスの翼」は、バイク好きの女子が主人公。犯罪を繰り返す2人組の悪党バイカーに彼女が挑んでいった顛末は・・・。

「足して7年生」は、重松清作品に描かれるようなストーリィ。クラスで除け者にされているモンササこと佐々木可奈子は小学六年生。その可奈子を何故か慕う1年生の板倉拓馬も、やはりクラスでイジメられっ子。
自分のためにはできないけれど、自分を信じて慕ってくれる子のためなら頑張れる、という展開はそう珍しいものではありません。
本篇についてはそんなことより、拓馬の可奈子への信頼が眩しいし、卒業する可奈子へ贈る拓馬のひと言が、良いんだなぁ。
本書5篇中では、一番光っている篇です。

キャッチライト/銀盤がとけるほど/半地下の少女/ペガサスの翼/足して7年生

            

6.

●「ハロワ!」● ★★


ハロワ!画像

2011年10月
集英社刊
(1500円+税)

2014年03月
集英社文庫化


2011/10/26


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沢田信、28歳。大学卒業後就職浪人、建設会社、人材派遣会社という勤務歴を経て、嘱託職員として東京都杉並区唯一のハローワーク宮台に就職。仕事は求職者との面接、就職先紹介業務。

本書一言で紹介するなら、ハローワーク(公共職業安定所)を舞台にしたお仕事&青春ストーリィ。
ハローワーク職員の仕事をリアルに知る興味と、求職者が抱える人間ドラマ、それにプラスして沢田信という青年の仕事を通じた成長ストーリィの面白さという三拍子そろった作品。
ハローワークが舞台というと暗いストーリィになりかねないところを、主人公の若さ、未熟、それへの自覚というベースがあるうえに、中々誠実なキャラクター。そのため、若々しく好感のもてるストーリィに仕上がっています。

最初は、同期入所の正職員=
樋口に比べて頼りないという印象の信でしたが、1年後の成長はお見事。誠実で真摯な仕事ぶりの賜物といった感じですが、そこがかえって新鮮に思えます。現代企業社会で、やたら成績重視、昇進こそ人間の価値、と謳われる風潮がある所為でしょうか。
久保田作品の中でも、ひときわ軽快で爽快なストーリィ。
いつも沢田を相談者に指名する、常連求職者3人の存在も、本ストーリィにおける良いスパイスになっています。

仕事の仕事/ミスター論理/さよならファラウェイ/C調サバイバー/おててつないで/ルール101/ラストダンスは突然/音楽を君に

        

7.

「青少年のための小説入門 ★★☆


青少年のための小説入門

2018年08月
集英社

(1650円+税)

2021年08月
集英社文庫



2018/09/14



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いじめっ子に万引きを強要された中2の入江一真、それが縁となって駄菓子屋「たぐち」の孫である田口登と知り合います。
その登、近隣で名の知られたヤンキーである一方、文字をきちんと認識できないために読むことも書くことも困難というディスレクシア障害者。
朗読が上手いと登に見込まれた一真、それから毎日たぐちに通って登のために小説の朗読をすることになります。

そしてついに登、自分がアイデアを出すからお前が小説を書けと言い出し、ヤンキー男の登と中2の一真という不思議なコンビは2人一体になって、小説家デビューを目指すことになります。さてその結果は・・・・。

小説好きにとって面白くて堪らないのは、名作を朗読する一真に対していちいち口をはさむ登のコメントが、絶妙に面白いこと。さらに登が思いついたと披露する小説のあらすじ、なんと名作の内容を換骨奪胎したものだというから唖然。

2人が考え出す作品の読み役となるのが、偶然出会った不登校の同級生=
高木かすみ。一真にとって大切な友人となりますが、登と対角に位置する人物像というところが面白い。

何はともあれ、破天荒な登に振り回され、怒涛のように進むストーリィである一方、小説を書くための本格的手引書といって遜色ない内容になっており、まさに読み処いっぱい。 

登と一真のコンビももちろん応援したいのですが、孫の登を慈しんで止まない
たぐちのお婆ちゃんがとりわけ愛しく、また、難しい状況を乗り越えて一人で世間に立ち向かおうとするかすみに、心からエールを贈ります。

小説好きなら、本作品を読まずにいるのはそれこそ勿体ない、絶対に損!と言いたい。
読了後の高揚感を以て、是非お薦め!


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