鹿島田真希作品のページ


1976年東京都生、白百合女子大学文学部卒。大学在学中の99年「二匹」にて第35回文藝賞を受賞し作家デビュー。2005年「六○○○度の愛」にて第18回三島由紀夫賞、07年「ピカルディーの三度」にて第29回野間文芸新人賞、09年「ゼロの王国」にて第5回絲山賞、12年「冥土めぐり」にて 第147回芥川賞を受賞。


1.
ピカルディーの三度

2.女の庭

3.黄金の猿

4.来たれ、野球部

5.冥土めぐり

6.ハルモニア

7.選ばれし壊れ屋たち

 


    

1.

●「ピカルディーの三度」●        野間文芸新人賞


ピカルディーの三度画像

2007年08月
講談社刊

(1500円+税)

 

2007/10/11

 

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<恋愛の究極>を描いた短篇集とのこと。
たしかになぁ・・・・尋常の恋愛ではありません。
「美しい人」は15歳の妹の兄に対する恋情ですし、「ピカルディーの三度」は音楽の個人教授に対する教え子の恋情・・といっても男性同士。
「俗悪なホテル」は、田舎の小さなホテルで働く少女の恋情にふれ伏すか自殺するしかないと自分を追い詰めた青年の話。
「万華鏡スケッチ」もまた、ハナとジュンという近親相姦関係の2人が主人公となる篇。

その中でも中篇「ピカルディーの三度」に何と言っても驚かされます。2人が出会う冒頭からスカトロなのですから、事前に知っていたとしても唖然としてしまうのは当然でしょう。
ついそのことばかりに捉われてしまうのですが、究極の恋愛ということなら、男女という性別も近親であることも無関係、体裁もかなぐり捨てて何もかもさらけ出す、という関係を描き出すのは当然のことかもしれない。その象徴としてスカトロという表現手段に至っているのではないか。
ただそうは思っても、この恋愛を崇高と感じることはできず。

鹿島田作品を読むのは本書が初めてで面喰ったまま読み終えてしまいましたが、以前から鹿島田作品を読んでいる方であれば、また違った感想になるのかも。

美しい人/ピカルディーの三度/俗悪なホテル/万華鏡スケッチ/女小説家

“ピカルディーの三度”とは、短調の楽曲の最後がその調の主和音ではなく同主調の主和音で終り、和音の第三音(三度音)を本来よりも半音上げる、その結果短調の暗い音響が最後だけひときわ明るく響くことになるということらしいのですが、門外漢の私にはチンプンカンプン。

「スカトロジー Scatology」とは古代ギリシア語で糞便を意味する「スコール」と談話集などを意味する「ロギア」の合成語で、糞尿に対する研究・考察を意味するとのこと。

    

2.

●「女の庭」● ★★


女の庭画像

2009年01月
河出書房新社(1400円+税)

 

2009/02/27

 

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「女の庭」は、子供のいない専業主婦が主人公。
公園で母親たち中心の井戸端会議では、とかく話題に入り込めないのは仕方ないというもの。そんな主人公が住むアパートの隣室に越してきたのは、外国人女性のナオミ。
時間を持て余している割りに社交的ではない主人公、いつしか隣の物音に耳を澄ませ、ナオミの様子を窺うようになります。
その度合いがエスカレートしていく様子を見るに、主人公が想像するナオミの状況は、結局彼女自身の投影に他ならないのではないかと思います。
いけない、危険だと頭の中では判りつつも、ぽっかり空いた穴にどんどんはまり込んでいくような感覚に襲われます。
ごくありふれた日常を、自らの人格が分裂していくような、心理サスペンスの様相を纏わせながら描いていく。この辺り、鹿島田さんは実に上手いです。
ピカルディーの三度と異なり、恐れを感じつつも素直に読み通せたことに素直にホッ。

「女の庭」をすんなり読めたことに安心していたら、次の「嫁入り前」、訳が判らず、頭を抱えたい気分。
川上弘美作品のような不思議な非現実さがあるのですが、川上さんのような温か味はなく、乾いて、突き放されたような感じ。
でもなぁ・・・やっと「ピカルディー」の悪夢を払拭できたと思っていたのに、何でまた○○が出てくるのだろうか。

女の庭/嫁入り前

   

3.

●「黄金の猿」● 


黄金の猿画像

2009年07月
文芸春秋刊

(1700円+税)

2012年10月
文春文庫化

 

2009/08/18

 

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せめてもう1冊くらい鹿島田作品を、と思っていたのですが、「ゼロの王国」は相当な長篇作品なので敬遠。むしろ短篇集の方が読みやすいかと思って手を出したのが本書。
「黄金の猿」三部作を含む、計5篇を収録した作品集。

出版社の紹介文によると、「鋭くユーモラスで変幻自在」、「男女の心の襞を磨き抜かれた言葉で描く」、「森の中にある瀟洒なホテルのバー“黄金の猿”に集う男と女。そこで繰り広げられる愛と性についての妖しい言葉」「上質の酒に酔うような読後感」とあるのですが、正直に言ってまるで判らず。

冒頭の「もう出ていこう」は具体的なストーリィだったので、すんなり読めましたが、「ブルーノート」は私が苦手なかなり観念的なストーリィ。
そして「黄金の猿」三部作は、同じホテルを舞台にした3つのストーリィ。
新婚夫婦が登場しますが、お互いに多くの違う相手とセックスしていたりと、通常の恋愛とは全く逆の方向を目指しているかのよう。愛し合うより、冷たい関係を望み合う、という風に。
ホテルのバーに愛人たちを引き連れて姿を現わす、巻き髪の女、真珠のネックレスをした女、黒いドレスの女。肉感的なところはなく、青ざめた顔に少年風の顔、そして不治の病を持つという。それなのに何故かくも男たちを惹き付けているのか。ブラックジョークのように感じられます。

好みに合う、合わないという以前に、どこがどう面白いのか判らなかった、の一言。

もう出ていこう/ブルーノート/
「黄金の猿」三部作:ハネムーン/緑色のホテル/二人の庭園

      

4.

●「来たれ、野球部」● ★★


来たれ、野球部画像

2011年09月
講談社刊

(1500円+税)

2014年03月
講談社文庫化

  

2011/10/19

  

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表紙はこれぞ学園ラブストーリィといったアニメ画、一方ストーリィの主要素は高校、幼馴染の2人、成績優秀の上に野球部のエース、女子の方は対照的に目立たない子といったもので、典型的な学園もの青春&恋愛ストーリィに他ならないといった観があるのですが、そこは鹿島真希作品、ありきたりの学園ストーリィにはなりません。

本作品では、誰であるかが明記されまま、一人称の語り手が目まぐるしく変わります。主人公というべき宮村奈緒、喜多義孝、若手熱血教師の浅田太介に、ベテランの音楽教師である小百合と。
その都度、一体今の語り手は誰なのか?と一々考えなくてはならないのですが、それもまたちょっとした面白味。
成績・運動・容姿と三拍子そろった人気者の喜多は、ずっと幼馴染の宮村奈緒一本槍なのですが、その奈緒はドライで、喜多の好意はむしろ迷惑といった風。
そんな2人、奈緒が根負けした形で喜多と付き合うようになるのですが、10年前に飛び降り自殺した女生徒のノートを喜多が読むようになって以来、徐々に喜多がオカシクなっていく・・・。
さあ、どうなる?というストーリィ。

アンチ・学園もの青春&ラブストーリィかと思うのですが、よく考えてみると本書こそ高校生の本心、本質を突いているストーリィなのではないかと思えてきます。つまり、迷いがあって、自信がない、というのは当たり前であるということ。
その点、宮村奈緒という高校女子のキャラクターが、実にお見事。
相当にドライであると同時に、自分の気持ちについては自信たっぷり、全く揺るぎなしという風。さながら、高校女子版ダーティ・ハリーと言いたくなる程。全く惚れ惚れとしてしまいます。
ちょっと変わった味わいの学園ものラブストーリィ。私は好きだなぁ。

             

5.

●「冥土めぐり」● ★★☆          芥川賞


冥土めぐり画像

2012年07月
河出書房新社

(1400円+税)

2015年01月
河出文庫化

  

2012/09/19

  

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華やかだった頃の生活を忘れられず、自分たちは何の努力もしないままに偉ぶり、大事にされて当然と自儘に生きている母と弟。そんな2人から逃げ出すため奈津子は、母親が望むのと全く対照的な男性である区職員の太一と結婚します。しかし、その太一は結婚後脳の発作を何度も繰り返し、現在は障害者。
本書は、主人公の奈津子が車椅子の太一と共に、実家が華やかなりし頃に泊まった一流ホテル、今や五千円で泊まれる保養所と化した場所を旅行して回るストーリィ。

自分たちのことしか考えない母親と弟に振り回され続けた過去の生活と現在の生活が、対照されるように描かれます。
現在の生活も新たな犠牲と思えるものですが、太一の障害のおかげで母親や弟にたかられることなく静かな生活を送れることに、奈津子は納得しているように思えます。
荒涼感と喪失感、その二つが辛くもバランスをとって本ストーリィの静謐感を生み出している、そんな印象を受けます。
中篇ですがこの静謐感は類稀なもの。一読の価値あり、です。

もう一篇の「99の接吻」は、Sという男の出現によって仲が良かった筈の姉3人の調和が乱れていく様子を末妹の視点から観察した篇。この篇もまた微妙な面白さあり。

冥土めぐり/99の接吻

       

6.

「ハルモニア」 ★★☆


ハルモニア

2013年09月
新潮社刊

(1400円+税)

   

2013/10/29

   

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首席で音大に入学した才能に満ち溢れるナジャと、二浪してやっと音大に入学した後もバイトに明け暮れるトンボこと「ぼく」
音大生2人の恋愛と、同じ音大生仲間でゲイの
ルツ子と家柄の良い留学生キムという2人を交えた友情を、音楽を奏でるように描いた清新な恋愛&友情ストーリィ。

ストーリィは主人公である「ぼく」の視点から、ナジャを「きみ」として、語りかけるように綴られていきます。
ナジャは才能に満ちていても人の気持ちが判らない女の子。そんな「きみ」に「ぼく」は不当に振り回されているばかりのようですが、バイトに明け暮れていても決してぼくは音楽を放棄している訳ではない。そんな生活の中に音楽を見い出している姿は、天才的なナジャとは対照的です。
ナジャに振り回されているようであっても「ぼく」が「きみ」を見る目は冷静で客観的です。何故ならそこに音楽の旋律を見い出しているから。ナジャと「ぼく」の関係が近づき、そして遠ざかっても、音楽の旋律を味わうように「ぼく」は易々とそれを乗り越えているように感じます。

とても快い。主人公が音楽を作り出していくその過程にも興味尽きないのですが、まずは音楽の旋律に委ねるかのような語り口が一番の魅力。音楽の旋律のように繰り広げられるラブストーリィの所為か、どこにも無理がなくとても自然体。だからこそ、ひとつひとつに美しさと快い響きあり、と感じます。
これほど気持ち良さに酔いしれた鹿島田作品は初めてのこと。お薦めです。

「砂糖菓子哀歌」は、自らの感情や恋人等々との関係を様々な菓子に模して語った短篇作品。これもまた面白い趣向の一篇です。

ハルモニア/砂糖菓子哀歌

            

7.
「選ばれし壊れ屋たち」 ★★


選ばれし壊れ屋たち

2016年06月
文芸春秋刊
(1600円+税)

 


2016/07/09

 


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デビュー作を刊行したものの、2冊目執筆に苦闘中の新人作家=三崎小夜こと見崎沙代子が主人公。

自信過剰男の元カレ=
北川哲也や、自信過少女のツバサ先輩に振り回され、勉強だとボーイズラブ新人賞の応募作を数多く読まされながら担当編集者の金子宗司に尻を叩かれてと、新人作家は楽ではないなァ。
さらに奇矯な振舞いの多い漫画家=
氷川だりあが登場してくると、沙代子の混乱はますます増えるばかり。

言葉で明瞭に説明することは難しいのですが、登場人物ひとりひとりが各々それなりに奇矯であり、思わず笑い出すなんてことはありませんが、なんとなくユーモラス、どこか可笑しい。

登場人物の中で傑作なのは、自信過剰男の北川哲也。
何の根拠もなく、何の実績もないのに、自分をアーティスト、クリエイターと名乗って憚らず、平気で他人を巻き込んでいるのが常。カルカチュアされていますが、現代社会においては、いる、いる、こんな奴!という感じ。

また、沙代子が度々バイト先で出会う、氷川だりあという作家像も見逃せません。自分勝手で奇矯な振舞い、言動。しかし、作家なんて稼業はそれぐらいのことは大したことないと平然としている位ではないと、やっていられないのかもしれません。
何処からか、作家の本音が聞こえるような気がした処に興味尽きず


1.不死身の偽教祖/2.ぶれないツバサ/3.クマちゃんの審美眼/4.ダイヤモンドダストの原石/5.選ばれし壊し屋たち/6.正論と混乱

 


   

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