稲葉真弓作品のページ


1950年愛知県生。73年「蒼い影の傷みを」にて女流新人賞、80年「ホテル・ザンビア」にて作品賞、92年「エンドレス・ワルツ」にて女流文学賞、95年「声の娼婦」にて平林たい子文学賞、2008年「海松」にて川端康成文学賞、同作他で10年芸術選奨文部科学大臣賞、11年「半島へ」にて第47回谷崎潤一郎賞を受賞。2014年08月死去、享年64歳。


1.
海松

2.
半島へ

 


     

1.

●「海 松(みる)」● ★★        川端康成文学賞


海松画像

2009年04月
新潮社刊
(1600円+税)

 

2009/05/27

 

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三重県の志摩半島の一角、小さな湾に近い場所に70坪の土地を買い、家を建てる。
ただし、生活の本拠は東京でマンション暮らし。時間が空くと東京からこの家にやってくる。
川端康成文学賞を受賞した「海松」は、主人公が衝動的にこの土地を買った経緯とその後。
「光の沼」はその7年後となる続編。家の近くに沼を発見してからのあれこれが描かれます。

東京でマンションの一人暮らし。余程のことが起きなければその後の人生の有り様がほぼ見てしまう。
ところが東京の生活とは全く対照的な、家もまばらな処に家を持ったことにより、これから後の人生が大きく開けた、そんな気配が生まれます。
伸びやかな解放感、それを味わえるのは主人公だけでなく、読者も、です。
何があるか判らない、どんな行動を取ってしまうか判らない、そんな刺激は人間の心持ちを健やかにするのかも。
老後の刺激というと、古臭いですけれど「老いらくの恋」という言葉が頭に浮かびます。本書の女性主人公、40代後半らしいので老後というまでにはまだ時間がありますけれど、この家に住んで何よりも心を捉えられたのは、斜面の上から眺める夕陽だという辺り、いささか恋に似た心情なのではないかと思えます。

これまでの人生とこれからの人生、その間に今このひと時という自由な時間がある。そんな気分がとても気持ち良い。
細かなストーリィ部分は記憶の外に消えても、この伸びやかな気分は余韻として長く残る気がします。
深呼吸がしたくなる小説、ふとそんな言葉が浮かびます。

※なお、“海松”とは浅海の底に生える、みる科の緑藻類。

海松/光の沼/桟橋/指の上の深海

     

2.

●「半島へ」● ★★☆        谷崎潤一郎賞




2011年05月
講談社刊
(1600円+税)

  

2012/03/05

  

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川端康成文学賞を受賞した海松の、そのまま後に来るストーリィと言って間違いないでしょう。
志摩半島の一角、売れ残りの土地を買って2階建の細長い家を建てる。マンション暮らしの東京から時々ここへ通って来るというパターンは、別荘のようなもの。
今回、主人公は“あてのない休暇”を過ごすため、期間を定めずに東京からここに居を移します。

春から始まり12ヵ月弱を半島にある家で過ごす。その日々を描いた長篇小説。
静かで穏やかな日々、何かいいなぁ。心が休まる、という気がします。木々の緑、鳥のさえずり。
周囲の住人は、リタイアした後の暮しをここで過ごすためにやって来たという人ばかり。同類だから付き合いもし易いのでしょうか。
しかしやはり、良い処だけ、という土地はないようです。それなりの付き合いの必要も生じれば、夏ともなれば周囲は休暇を過ごしにやってきた子や孫らで賑わい、ホタルも眼にすることができる一方で、主人公自身は虫アレルギーだというのにヤブ蚊に悩まされ、また不法廃棄の惨状も目にします。
それでも秋になれば秋の実りがあり、自然の恵みを楽しむこともできます。
この地で養蜂業を始めた先輩格の住人=
佳世子さんとの付き合いに頁の多くが割かれていますが、リアルで楽しめる部分です。

最後、主人公は“あてのない休暇”に終止符を打ち、ひとまず東京に戻ることになりますが、その文章の下り、
ヘッセ「青春は美わしの最後と似ているように感じます。
東京のマンションとこの半島の家という比較が常にある故に、味わいも彩りもあり、という一作となっています。

     


   

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