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1.スモールワールズ 2.パラソルでパラシュート 3.砂嵐に星屑 4.光のとこにいてね 5.うたかたモザイク 6.ツミデミック |
「スモールワールズ SMALL WORLDS」 ★★☆ 吉川英治文学新人賞 | |
2023年10月
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一穂ミチさん、これまで主としてBL作品で活躍してきたとのことですが、本作品集を読んで驚き、一気に魅了されました。 日常的なストーリィが中心ですが、どの篇も趣向が異なり、各篇ごとに独特。そしてストーリィの奥行きが、実に深い。 どの篇でも冒頭、先行き不穏な雰囲気があり、だからこそ読み進まずにはいられないのですが、そのストーリィ運びが実に巧み。そのうえ最後に、あっと驚かされるのですから、これはもう堪らない読み応えです。 読み逃したら損!と思う作品の一つ。是非お薦めです! ・「ネオンテトラ」:結婚後、中々子供に恵まれずにいる美和が主人公。夫の浮気を堪えるストーリィの中、美和が関心を持ったのは姪の同級生・・・。最後、美和のうっちゃり勝ち? ・「魔王の帰還」:表題の魔王とは、高校生である主人公の姉、真央・27歳のこと。何と身長 180cmと巨躯。突然実家に戻ってきたのは、離婚? それ以来鉄二は姉に振り回され・・・。 これって、姉弟2人の再生&新生ストーリィか。 ・「ピクニック」:生後間もない赤ん坊の突然死という悲劇。さらに虐待と決めつけた警察の捜査が母親と娘夫婦を翻弄。 家族物語、一点ミステリと思いきや・・・。 ・「花うた」:たった一人の兄を殺害された妹と、傷害致死罪の受刑者との往復書簡。そこから何ともう・・・。 ・「愛を適量」:離婚して以来怠惰な生活にどっぷり浸かった高校教師の慎悟。その前に突如15年ぶりに現れた娘の佳澄、その恰好はなんと男そのもの・・・。これって家族物語、それとも小サスペンス? ・「式日」:主人公、高校の後輩から父親の葬儀に出席してほしいと頼まれ、久しぶりに後輩と再会するのですが・・・。思わぬ人生ストーリィ。 6篇の中で、とくに「魔王の帰還」に興奮。魔王こと姉・真央のキャラクターの魅力、そして真央、鉄二、鉄二の同級生=住谷菜々子という顔ぶれが実に良い! そして「ピクニック」、ストーリィ展開の巧妙さに舌を巻きますが、それ以上に語り手の設定がお見事。悲劇を明るく救ってみせている、という印象。 ネオンテトラ/魔王の帰還/ピクニック/花うた/愛を適量/式日 |
「パラソルでパラシュート」 ★★☆ | |
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主人公の柳生美雨(やない・みう)は実家暮らし、大阪にある大企業で契約社員として受付嬢を務めている。しかし、もう29歳。受付嬢として残り時間はあと1年と言われるに至った。 そんな美雨が29歳の誕生日に出会ったのは、まだ売れていないお笑い芸人の矢沢亨。 そこから、亨と<安全ピン>という漫才コンビを組む相方の椿弓彦や、幾人ものお笑い芸人仲間と知り合うことによって、美雨の生活は変っていく・・・。 型にはまったような生活をしてきた美雨が、ふと気づいてみれば崖っぷちの状況。 そうしたとき、お笑い芸人という全く違う世界、そこの住人たちと知り合うことによって、他人が決めつけた自分像など笑い飛ばしてやればいい、という気持ちになっていく。 こうしたことは美雨に限らず、決められた線路の上を真面目に走ってきた人に共通して言えることではないでしょうか。 自分を見直すということは、自分を見る周囲の人間の姿勢を見直すことでもある、と言えます。 言葉の足りない亨と対照的に、いつも怒っている観のある弓彦というコンビ、さらに美雨との3人の関係も楽しい。 また、合コンに積極的な後輩受付嬢の斉藤千冬、居座り受付嬢と陰口を叩かれようが収入を得る為と割り切っている先輩受付嬢の浅田さんとの対比も鮮やかです。さらに、亨の義母である葉月という女性の姿とも。 そう、自分の居場所、進むべき道は自分が決めればいいのです。 「パラソルでパラシュート」という題名、意味不明ですが、最後に至ってその意味が分かると、何やら痛快な気分です。 途中まで、地味で変化の乏しいストーリィのように感じていたのですが、実に味わい深い長編。気持ち良さは格別です。 1.聴こえない歌/2.騒がしい家/3.新しい夏/4.美しい雨 |
「砂嵐に星屑」 ★★ | |
2024年07月
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大阪のTV局が舞台、うまく人生を渡れていないと考えている人たちを描く群像劇。 仕事や私生活、恋愛、思うままにいかないことは、あって当たり前のこと。それでも自分が不器用だったり、要領が悪いと自覚している人は、自分だけがうまくやれていない、自分以外の人は皆うまくやっていると思ってしまうもの。 でもふと気がつけば、今の自分の状態はそう悪いものではない、ホッと一息つける、もう一度やる気を起こすこともできる。本作はそんな人たちの連作群像劇。 なんとなく、読んだばかりの寺地はるな「タイムマシンに乗れないぼくたち」と共通するメッセージを感じます。 ・「資料室の幽霊」:40代の女子アナ=三木邑子。上司との不倫で10年間東京に島流しされ、ようやく大阪戻り。しかし、腫れ物扱いか。 ・「泥舟のモラトリアム」:50代の報道デスク=中島。同期が次々と退職していき、取り残されているという焦燥感。 ・「嵐のランデブー」:20代の派遣タイムキーパー=佐々結花。好きな男性とルームシェアで同居しているが、彼はゲイ。 ・「眠れぬ夜のあなた」:30代の派遣AD=堤晴一、デスクの中島からルポ制作を任されるが、元々人との交渉が苦手。意に染まぬながら頑張ろうとするのですが・・・。 主人公は皆、私自身と等身大ですから、共感が持てます。それもあって、読後感は爽やかです。 <春>資料室の幽霊/<夏>泥舟のモラトリアム/<秋>嵐のランデブー/<冬>眠れぬ夜のあなた |
「光のとこにいてね」 ★★★ | |
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これはもう傑作!と言って過言ではありません。 お互い7歳の時に偶然出会った時から始まる、2人の少女の長きにわたるストーリィ。 この2人の少女のことが愛おしくてたまりません。 親友とかいうのではない、同性の恋人というのでもない、人生を生き抜いていくうえで掛け替えのない、大切な同志とでも言ったら良いのでしょうか。 単に感動というのではありません。まず読んでとても面白い。 次にどうなるのかとワクワクします。そして、読み手の予想を軽々と大きく超えて動く展開がいつも次に待ち受けています。 小瀧結珠(ゆず)は7歳・小二の時、母親に連れて行かれた寂れた団地で、その母親を待つ間に同い年の校倉果遠(かのん)という少女と知り会い、すぐ友だちになります。 その2人の出会いの場面が良い、忘れ難い名シーンと言ってよいくらいです。 家庭環境をはじめ何から何まで対照的な2人が、何故すぐに仲良くなれたのでしょうか。 しかし、2人の時間は長く続きません、すぐ終わってしまう。 果遠と別れた結珠でしたが、15歳時、驚くべきことに内部進学したS女校の高等部で再び果遠に出会います。結珠にまた会いたいがために試験に合格し特待生として入学したのだという。 しかし、またもや・・・。 そして更に14年後、2人はまた思いがけない場所で再会します。 再会した時、2人はいつも他人行儀です。まるで2人の仲を他人には知られたくない、と思っているかのように。 2人だけに通じるものがあり、自分たちの足りないものをお互いに補い合うことができるから関係なのでしょうか。 題名の「光のとこにいてね」は、何度も果遠が結珠に呼びかけた言葉。さりげなく発せられる言葉ですが、互いを象徴するような言葉でもあります。 ストーリィは、結珠、果遠が交互に主人公となって語られていきます。 2人の出来事が双方の側から語られ、互いの内心が判るだけに、この構成も極めて秀逸。 2人の出会いシーンも忘れ難いものでしたが、ラストがまたそれに優るとも劣らずくらいに良い。 文句なしの逸品。最後の最後まで感動を味わってください。 是非、お薦めです! 1.羽のところ/2.雨のところ/3.光のところ ※付録として、スピンオフ掌篇小説付。 |
「うたかたモザイク」 ★★☆ | |
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まるで宝石箱を開けるよう、と評したい短篇集。 一篇一篇に煌めきがある、その煌めきこそは一穂ミチさんならではのものでしょう。 さらに、sweet、spicy、bitter、salty、tastyと、まるでチョコレートのように味わい別に5分類。 この味わい分けが、食い気、いや読書欲を気持ちよく掻き立ててくれます。 そしてどの篇をとっても、ストーリィ趣向はそれぞれに別。 「永遠のアイ」:SNS流行りの現代ですが、これはまた何という発想でしょう。 「レモンの目」:可愛らしいメール交換記かと思えば、最後はゾクゾクッと恐ろしい。 「ツーバイツー」:何という禁断関係かと思うものの、どこか納得させられてしまう処があり、媚薬的かも。 「Still love me?」と「BL」:一穂さんらしいストーリィかもしれませんが、後者はSF未來小説。 「玉ねぎちゃん」:掌篇。新型コロナが題材ですが、思わず笑ってしまう。 「神さまはそない優しない」:驚くべき結末が待ち受けていて、まさに感無量。逸品といって間違いなし。 「透子」:書下ろし。今村夏子「こちらあみ子」を連想します。こちらも佳作。 −sweet− 人魚/Melting Point/Droppin' Drops −spicy− 永遠のアイ/レモンの目/ごしょうばん −bitter− ツーバイツー/Still love me?/BL −salty− 玉ねぎちゃん/sofa&.../神さまはそない優しない −tasty− 透子 |
「ツミデミック TSUMIDEMIC」 ★★ 直木賞 | |
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コロナ禍(パンデミック)等で人生が上手くいかなくなった人たちを描く短篇集、とのこと。 コロナ感染が拡大中だった酷い時期はもう過去のこととなったにせよ、それによって道を変更せざるを得なくなった人は多いのだろうと思います。それだけにリアルさがあります。 最初の2篇は暗い。ずっとこのままかと思ったのですが、3番目の「燐光」は奇妙な明るさを感じる一篇。 そこから次の2篇は光明を感じる篇となり、最後の「さざなみドライブ」は総決算、という構成の短篇集。 この構成がすこぶる秀逸。頑張っていれば救いはある、現れると信じさせてくれますから。 希望は与えられるものではなく、見出すものなのでしょう。 ・「違う羽の鳥」:大学を中退し、居酒屋の客引きをしている優斗。コロナ禍で状況は厳しい。そんな優斗の前に現れた女は、死んだ中学の同級生の名前を名乗る・・・。 ・「ロマンス☆」:コロナ禍で客が減り機嫌がいつも悪い夫の暴言に晒されながら、4歳の娘の子育て中の百合。ついイケメンのフードデリバリーを追い求めてしまい・・・。 ・「燐光」:意識を取り戻した松本唯がふと気づくと、唯は幽霊になっていた。15年前の高校生だった時、集中豪雨で命を落としていた。しかし、その時何があったのか。それを知った唯の思いは・・・。 ・「特別縁故者」:コロナ禍で失職した調理師の恭一。幼い息子が肩叩きの褒美に聖徳太子のお札をもらったと帰ってきたことから、その老人宅に足繁く通い始める・・・、その結果は。 ・「祝福の歌」:高三の娘が妊娠。本人は本気で産むつもりでいるが、親としてはどうしたら良いのか・・・。 ・「さざなみドライブ」:ネットで知り合った5人が、郊外の駅で集合する。迎えにきた車の乗り込んで5人の目的地は? 私としてはユーモアもある、「特別縁故者」が一番好きです。 違う羽の鳥/ロマンス☆/燐光/特別縁故者/祝福の歌/さざなみドライブ |