平山瑞穂作品のページ


1968年東京都文京区生、立教大学社会学部卒。パソコンソフト制作、雑誌編集、通信教育会社勤務等を経て、2004年「ラス・マンチャス通信」にて日本ファンタジーノベル大賞を受賞して作家デビュー。


1.忘れないと誓ったぼくがいた

2.プロトコル

3.有村ちさとによると世界は

4.僕の心の埋まらない空洞

5.悪魔と私の微妙な関係

6.バタフライ

  


    

1.

●「忘れないと誓ったぼくがいた」● ★☆


忘れないと誓ったぼくがいた画像

2006年02月
新潮社刊

(1400円+税)

2008年08月
新潮文庫化

     

2006/06/22

 

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高校最後の夏休み、メガネショップで出会った店員の織部あずさに主人公の葉山タカシは胸をときめかせます。
しかし、そのあずさがまさか自分と同じ高校、しかも帰国子女のため1学年下の級にいるだけで同じ17歳だったとは、タカシの思いも寄らぬこと。
そこから高校生らしいラブ・ストーリィが展開するのかと思いきや、あずさには全く別次元の重大な問題があることをタカシは知らされます。それは、彼女の姿が突然消えてしまうこと、姿だけでなく人々の記憶からも消えつつあること。しかも、その頻度は次第に増しつつあった。

恋がずっと続くものではないとすれば、人は終わった恋を忘れようとするのか、それとも決して忘れまいと思うのか。
ずっと忘れたくないと思うのなら、その恋は幸せなものだったと言えるでしょう。
どうせいつか完全にフェードアウトしてしまう運命なら自分が実在していた事実をきれいに消し去ろうとする思い(あずさ)と、そうさせまいと必死であずさのことを忘れまいとする思い(主人公)。2人の思いはすれ違っているようでありながら、だからこそ深く絡み合っているのです。
消え去ろうとする思いと忘れまいとする思いだけ、殆ど当の2人だけで展開していくストーリィですから、その分抽象的あるいは幻想的といった雰囲気を感じます。
しかし、あずさの心の奥底には実は忘れて欲しくないという切実な願いがあり、それに応えるように主人公はあずさへの思いを深く抱え込む。何とも言いようのない読後感が心に残ります。

恋が終わった後に続く思いを謳い上げたラブ・ストーリィ。残った思いはより一層鮮やかです。

          

2.

●「プロトコル PROTOCOL」● ★☆


プロトコル画像

2008年03月
実業之日本社

(1500円+税)

2010年10月
実業之日本社

文庫化

  

2010/11/24

  

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題名からはどんなストーリィか皆目判りませんが、本書は生真面目過ぎるOL=有村ちさとを主人公とする、ごく普通の若いOL版お仕事小説+α。

有村ちさとは、大手通販会社ヴィヴァンに勤める26歳。
新設された情報システム管理部という部署に配属された所為か、実際の面倒仕事をすべて押し付けられているという観があって、悪戦苦闘中。
この有村ちさと、生真面目過ぎて、現代OLの目からみるとかなり変わっているという部類に入るキャラクターの持ち主。
まず、会社には仕事をしに来ているのであって都合のいい仲間を見つけに来ている訳ではないと、周囲は皆カジュアル過ぎるくらいの服装で勤務しているというのに常にスーツ姿。また、色恋沙汰をしに来ているのではないと、男性社員の目も一切気にせず、という姿勢を一貫。
そして特技はといえば、その思考の論理性と文字列に対する記憶力の良さ。
そんな有村ちさとが、会社員の悲哀を目にしたり、顧客情報の漏洩事件に巻き込まれる他、プライベートでもあれこれ、というストーリィ。
なお、「
プロトコル」とはネットワーク上でコンピュータ同士がデータを授受し合うための約束事のこと。本書では、有村ちさとが他人と通じ合うことができるのかどうか、という問いかけに使われているようです。

この有村ちさとのキャラクター、私は好きだなぁ。
あれこれ余計なことを会社、仕事に持ち込まず、いつも毅然として、いつも物事をすっきり整理しようとしているその姿勢が。
公私混同甚だしく複雑な人間関係を垣間見せるOLストーリィに比較すると、痛快、爽快な気分です。
貴方も本書で、有村ちさとに出会ってみませんか。

          

3.
「有村ちさとによると世界は」● ★☆
  The World According to Chisat Arimura


有村ちさとによると世界は画像

2010年08月
実業之日本社

(1619円+税)

  

2010/11/28

  

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プロトコル有村ちさと、第2弾。
今回は、有村ちさとを主人公とするOL物語ではなく、有村ちさとの周囲にいる人々を主人公にした短篇集(ただし、その中の一人にちさとも含まれます)。
そしてその各篇は、
「ハイパープロトコル」のVer1.0から4.0までという設定。

「青い草の国へ」はちさとの父=騏一郎が主人公。ブラントン将軍を道連れにしての米国放浪が終わりに近づきつつある時期の父親の様子が描かれます。
「オズのおまわりさん」は、ちさとが“華のある女性”と思う、かつての女性上司=村瀬瑛子課長が主人公。仕事を離れた時の意外な面が描かれます。
「おんれいの復讐」は、ちさとの悩みどころ、問題を起こしてばかりの妹=ももかが主人公。
3篇ともちさとから見た人物像がまず語られ、それから現実の3人は必ずしもちさとが思うだけの人間ではない、思った通りの人間ではない、ということが語られていくという構成。そこに「プロトコル」とまた違った本書の味があります。

最後の「前世で逢えたら」は、前作後のちさと自身の物語。
沖津誠との恋人関係が一応進展しますが、その後にちさと自身が思っていなかった展開へ。
少しちさとが柔らかくなるのもいいかなぁ、と思います。

有村ちさとへ好意を抱いてこそ楽しい、味のある短篇集。  

青い草の国へ/オズのおまわりさん/おんれいの復讐/前世で逢えたら

                

4.
「僕の心の埋まらない空洞」● ★★


僕の心の埋まらない空洞画像

2012年09月
新潮社刊

(1700円+税)

  

2012/10/09

  

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不倫相手の同僚女性をストーカーの末に殺害した容疑で逮捕された会社員の鳥越昇。一方、彼を取り調べる担当検事の荒城倫高
本書は、荒城に向けた鳥越の殺害に至るまでの語りと、その供述内容の真偽について考えを巡らす荒城の様子とを、交互に書き綴るという構成から成るストーリィ。
自分が一方的に相手を付け回したのではない、当初関係を結んだ時には合意があった、本当のことを知って欲しい、というのがこの被告の弁。
しかし、鳥越が語る“本当の事実”は、果たして客観的な事実なのだろうか。

そのことをじっくり考える間もなく、本書を読んでいる内にこちらまで不安でいたたまれないような心持ちにさせられてしまうところが、本作品の異色さ。
鳥越の胸の内に生まれた不穏な振動が、検事の荒城に伝わり、さらに読み手の胸の中にも伝わってくる、そんな気分です。
合意した関係であった筈なのに突然に裏切られたという怒り。そんな衝動的で粘着質な思いがこちらにも移り、私もまたどんな行動に出てしまうか分からない、決して非現実的でも他人事でもない、そんな怖さをこのリアルなストーリィは秘めています。
検事の荒城には、かつてそんな関係になりかけた女性がいたことから、ましてその揺さぶりは大きかった。そして・・・・。
本書の題名は、エピローグで荒城検事が自らの胸の中に残った思いを譬えた言葉です。

読者まで恐れ慄かせてしまう心理サスペンス。
気になる異性が傍に今いる、という方は読まない方が良いかも。

               

5.
「悪魔と私の微妙な関係」 ★★


悪魔と私の微妙な関係画像

2013年06月
文芸春秋刊
(1550円+税)

    

2013/07/12

   

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大人しくて目立たず、中学生に間違えられることもあるという小柄なOL、真崎皓乃27歳。でもその内面は、外見に似合わず毒舌家。さらに驚くことは、彼女の副業があの悪魔祓い、エクソシストであるということ。
そんな皓乃を主人公にした。ユーモラスな現代OL+オカルトストーリィ。

荒唐無稽、でもユーモラス。
そもそも皓乃、エクソシストを副業にしたのは何かの使命感に燃えた訳でも何でもなく、家庭の事情からお金を稼ぐ必要に迫られ、稼ぎの良いアルバイトとして学生時代から胡散臭い神父=
米沢ヨセフのマネージメントの元に続けてきた、というだけのこと。
しかし、皓乃の勤める公益団体「
生物多様性助成機構」に外資系ファンド会社からヘッドハンティングされたという上林薫が入社し、部長待遇特務主任という肩書で皓乃の上司になったところから少しずつ皓乃の生活パターンが狂い始めます。
朝出勤してみれば、何故か職場に沢山の山羊が。と思えば後輩女性が何故か突然悪魔に憑りつかれ、皓乃のエクソシト能力まで陰りが見え始め・・・という具合。それらの事態は、新たな上司の上林と何か関係があるのやらないのやら。

昔、映画で話題になった“エクソシスト”。今更こんな形で物語世界に復活するとは思いませんでした。
悪魔に憑りつかれた途端その人間の様子が豹変するというのはまぁ当然のことなのでしょうが、それに対する主人公の皓乃自身も二面性のある現代女性であるという点が妙。皓乃がいつも腹の中で「・・・・ですけど」と反論しているその口ぶりが愉快。
本書を読んでいると、悪魔も本心も、実はそう変わるものではないのかもしれないと思えてきます。

山羊たちの沈黙/職場のエクソシスト/教授の異常な愛情/夕暮れの告白/第三の魔物(前編)/第三の魔物(後編)/エピローグ

             

6.
「バタフライ Butterfly ★☆


バタフライ

2015年12月
幻冬舎刊
(1500円+税)

 


2016/02/05

 


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小さな出来事が連鎖して様々な状況を変えることがある。本書はそんなストーリィのひとつ。

小さなことが連鎖していく中でどんどん大事になっていき、やがて大勢による大騒ぎとなる、というストーリィは結構あって、
恩田陸「ドミノなどはその代表例。
本ストーリィはそうした大事になるというまでのことはありませんが、それぞれ悩みを抱えていた登場人物たちがちょっとした出来事の連鎖から結果的に救いを手に入れるという展開が、本作品の趣向です。

身体を執拗に狙ってくる義父の存在に苦しんでいる中学生の
尾岸七海と、不登校でヒキコモリの中学生=山添択は、幾人もの登場人物の中でも成功例と言えるほど救われた例でしょう。
零細工務店の弱気社長である
設楽伸之はほんのちょっと、ネットカフェ暮らの永淵亨は寝食の苦労がなくなったからと言って喜んでやっていいのかどうか。(苦笑)

なお、本書を読んでいて気づくのは、細部にいろいろな面白さが施されていること。
警察署内で七海が取った行動にはさぞ刑事も仰天したことだろうと思いますし、
島薗老人に触発された自転車の主婦の行動も笑えます。その主婦の行動の結果であるかどうかは別として、尾岸雅哉の余りにも周囲が見えていない愚かさぶりには、笑ってしまいます。
また、山添択と元同級生のやりとりも愉快ですし、最後の
黒沢歩果たちの盛り上がりには思わず同調したくなるというもの。

暗い雰囲気から始まるストーリィですが、本書は気楽に読むのが一番。最後は登場人物と一緒に爆笑して、気持良く本書を読み終われます。

  


  

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