秦 建日子
(はた・たけひこ)作品のページ


1968年生、早稲田大学法学部卒。劇作家・演出家・シナリオライター。97年ジェーシービーを退社し作家専業。2004年「推理小説」にて小説家デビュー。


1.
推理小説
−刑事雪平夏見−

2.チョケラッチョ!!

3.SOKKI!

4.アンフェアな月−刑事雪平夏見−

5.殺してもいい命−刑事雪平夏見−

6.明日、アリゼの浜辺で

7.ダーティ・ママ!

8.愛娘にさよならを−刑事雪平夏見−

9.ダーティ・ママ、ハリウッドへ行く!

10.アンフェアな国−刑事雪平夏見−

  


    

1.

●「推理小説」● ★☆


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2004年12月
河出書房新社

(1600円+税)

2005年12月
河出文庫化


2010/08/09


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“刑事・雪平夏見”シリーズ第1作。
「無駄に美人」「30代後半の女性とは思わない極上のプロポーション」、その一方でルールお構いなし、不眠不休でも少しも堪えた様子がないという型破りなキャラクターが、本書の主人公である女性刑事=雪平夏見。

このところ女性刑事像に興味があって、誉田哲也“姫川玲子柴田よしき“RIKO(村上緑子)と読んできたのですが、その延長線上で雪平夏見像にも興味があり手に取ってみた、という次第。
上記以外に、バツイチ、娘は元夫に引き取られていて、かつ実の娘から人殺しだと嫌われている。さらに部屋はものすごく汚く、奔放な面あり、というキャラクター。
勿論、雪平夏見という主人公像の魅力も欠かせないのですが、本作品の場合、刑事と犯人のダブル主人公、という趣向です。

公園で発見された、会社員と女子高生の死体。そして、犯人が提示してきたのは、犯行を推理小説に仕立てあげた、あるいは推理小説の宣伝を兼ねたような犯行予告。
かなり趣向を凝らしたストーリィ展開ですが、新刊として読むならともかく、もはや余り驚きというものは感じない。
ミステリ、サスペンス小説は、やはり旬の内に読まないと、というところでしょうか。

本書1冊だけでは、雪平夏見の魅力を十分味わえたとはちと言いかねる状況。
シリーズ第2作も近いうちに読んでみようと思います。

   

2.

●「チェケラッチョ!!」● ★☆


チョケラッチョ画像


2006年02月
講談社刊

(1300円+税)

2007年12月
講談社文庫化


2006/04/18


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沖縄を舞台にした高校生たちの、明るい青春ストーリィ。

主人公となるのは、南風原(はえばる)唯
家族同士で仲のよい同級生・伊坂透とのセックスを中学生の時にたまたま想像してしまい、それ以後素直に透への気持ちを自覚できないでいる。
一方、その透は、そんな唯の心の揺れを感じることもなく、相変わらずにやけて頼りなさそう。
ストーリィは単純かつ明快、そして割と短め。高校生の女の子らしい唯の恋心、やはり幼馴染の同級生である透、暁、哲雄の3人が急に思い立ってラップのバンドを始める騒動、そんな高校生風景が描かれます。
特徴は、何と言っても沖縄らしい明るさ、開けっぴろげな爽快感にあります。
唯たち高校生だけでは顔ぶれに物足りなさがあるのを、補って余りあるのが唯の姉である美奈20歳。「セックスのことは、きちんとセックスと言え、アレとかエッチとか言うな」という威風堂々振り。透に対して煮えきれない唯の背中を年中押し捲りますが、実は意外と純情だったというのがオチ。
この美奈の唯への背中押しが私には楽しめました。高校生では敵わない経験者の本気度がそこに感じられる故。

本作品はすでに2006年04月映画化が既に決定済みとのこと。
ちょっと軽過ぎるくらいな頁数に物足りなさが残りますが、現代の青春ドラマには格好の作品でしょう。

        

3.

●「SOKKI!」● ★☆


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2006年04月
講談社刊

(1600円+税)

2009年05月
講談社文庫化



2006/07/11



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1980年代の早稲田大学を舞台に描く、女子学生に惹かれて速記研究会に入ってしまった主人公の青春回想記。

主人公の本多丈晴は、入学早々気を惹かれた女の子・田畑希美に釣られるようにして速記研究会に入部してしまいます。後から聞けば、男子学生が少ないため女子部員に男子学生勧誘の賞金が出ていたのだとか。
主人公が希美を好きなのは誰の目にも明らかなのですが、告白する勇気をもてないまま希美に振り回され続けたというのが、主人公の大学生活。
そしてもうひとつ、大学生活で全力投球したのが、卒業後役に立つこともない“速記”だったというのが可笑しい。
何かの利用目的があるというならともかく、クラブ活動でやるものなのですかねェ。でもおかげさまで速記というのがどういうものなのか、初めて知りました。本文中時々登場する、線がいろいろな恰好をしてのたくってみせている、といった観ある速記文字は、本書において良いアクセントになっています。

相当に不器用、希美に対し呆れる程マイナス思考の主人公ですから、いい加減にせいと思うことが幾度もあります。でも、そんな4年間だからこそ忘れ難い思い出になっているのだと、やはり地味系の文科系学生だった私としては主人公に同調できるところが多分にあるんですよねー。
そんな主人公と希美のコンビが生き生きとしてくるのは、元甲子園のスター・黒田一行が割り込んできてトリオになってから。
本作品は特段の“恋愛+青春記”ではないと思うのですが、希美というヒロインがちと曲者であることに増して、“速記”という題材がとにかく楽しめます。
希美に惚れ続けた大学生活の回想を主人公が結婚して2年の妻相手に語るという設定、その妻が最後に主人公を笑い飛ばすところが、この青春記を後腐れのない気持ち良いものにしてくれています。

  

4.

●「アンフェアな月−刑事 雪平夏見−」● ★☆


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2006年09月
河出書房新社

(1600円+税)

2008年05月
河出文庫化


2010/08/10


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生後3ヶ月にしかならない乳幼児誘拐事件が発生!?
果たしてそれは、働きながらの育児にストレスを溜めたシングルマザーの偽装事件か、しかし現実に脅迫電話を仕掛けてきた犯人は何者? そして捜査過程の山中で発見されたものは?

警視庁捜査一課で検挙率ナンバーワンであると同時に、現職刑事としては最多の「被疑者射殺数=2」という不名誉な記録ホルダーとなった女刑事・雪平夏見を主人公とするシリーズ、第2作。

極めつけの美人ながら“ダーティ・ハリー”顔負けの無茶な捜査を平然と、無表情でやってのける雪平夏見という女性刑事のキャラクターが本シリーズの魅力のひとつであることは間違いありませんが、犯人を雪平と並び立つもう一方の主人公として展開させるその特異なストーリィ構成が、もうひとつの魅力。
その構成が、より複雑なストーリィ展開をもたらすと同時に、最後に明らかになる真相を際立たせます。
ただし、複雑に過ぎることが迫真性をやや欠くことに繋がっているという印象あり。
それでも、本シリーズ第1作の推理小説に比較すると、雪平夏見という強烈なキャラクターの魅力は十分楽しめます。

さて真相、読者にとってフェアと言えるものかどうか。クリスティ「アクロイド殺人事件」等に比べると、余程フェアと私は思いますが。

    

5.

●「殺してもいい命−刑事 雪平夏見−」● ★★


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2009年10月
河出書房新社

(1600円+税)

2011年07月
河出文庫化


2010/08/27


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いつもながら異様な事件、それにプラスして異常な展開、というのがこの“刑事雪平夏見”シリーズ。本書はその第3作。

殺された死体の口に差し込まれていた紙、それには「殺人ビジネス、始めます」と書かれていた。
それ自体異様なのですが、何と殺されたのは主人公=雪平夏見の夫だった佐藤和夫。そのうえ、雪平自身が第一発見者、というのですから、異常さはここに極まれり、といった観。

何故、佐藤和夫は殺されたのか? 雪平に対し怨みを抱く人間の仕業か? しかし、再び殺人ビジネスを謳う殺人事件が発生。
前2作に比較すると、雪平夏見という刑事の特殊性は欠かせないものの、ずっとサスペンスらしい展開。ですから落ち着いて読める気がします。
雪平の相棒である安藤刑事、前作にも登場した林堂警部補、平岡朋子刑事と、馴染みある顔ぶれであることもその理由。

しかし、しかし、結末、そして事件の真相は・・・余りに壮絶。
単なる読者にしか過ぎないのに、もう絶句する他ない、と言うに尽きます。
こんな事態に至り、雪平は何を思い、何を感じるのか。
それを知るには続編を読む他に手はないのですけれど、さて続編はあるのか。
・・・きっとあるに違いない、と私は信じたい気持です。

     

6.

●「明日、アリゼの浜辺で Tomorrow at "Alize" Beach in New Caledonia」● ★★


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2009年12月
新潮社刊

(1300円+税)



2010/03/20



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リストラ勧告を受けた中年サラリーマン、行き詰っている女性脚本家、進路を脱線してしまった彼氏との結婚を悩む女性、恋人に公然と二股をかけられているOL、末期癌の脚本家と再会したプロデューサー。
いずれもごく平凡な、等身大の主人公たち。うまくいかないからこそ悩み、逡巡している彼らには親近感があります。

そんな彼らの日々をちょっと変えたのは、「天国に一番近い島」であるニューカレドニア
表題の「アリゼ」とは、そのニューカレドニアで一年中、西から東へと適度な強さで吹く貿易風のことなのだそうです。

ニューカレドニアをめぐるストーリィと言っても、すぐにニューカレドニアが舞台として登場する訳ではありません。
冒頭の「エレベーター」は、突然止まってしまったエレベーターの中に若い女性と共に閉じ込められてしまった中年サラリーマンが主人公。気を紛らわせるため何とか共通話題をと苦心惨憺するのですが、空振りばかりというのが可笑しい。
また、次の「犯人はニューカレドニア」では、友人からニューカレドニアへの旅に誘われて頭に残っていたことから、台本に理由もなくその名前を出してしまい、指摘されて頭を抱えるところもコミカル。
そんなあれこれがあって、最後の2篇でようやく舞台はニューカレドニアへ。
ゴミゴミした日本の中で、あれこれ頭を悩ましている日々に対して、心地良い風に吹かれのんびりと過ごしたら、さぞいいだろうなぁ。読んでいるだけでも羨ましくなります。
(いつか、行ってみたい。のんびりと滞在してみたい)

各々独立したストーリィ、異なる主人公ですが、最後にそれが相互に関わり、一連の繋がりをもつストーリィになっている姿が立ち上ってくる辺り、好いですねぇ。
そしてエンディング。言葉は要らず、写真が全てを語っているという風、本書題名に負けず、心地良いばかり。
読んだことを幸せに感じられる一冊です。

エレベーター/犯人はニューカレドニア/ニュー彼トニー/「きょう」は「ひきょう」の「きょう」/「ハッピーエンド」

   

7.

●「ダーティ・ママ!」● 


ダーティ・ママ画像


2010年07月
河出書房新社

(1500円+税)

2011年11月
河出文庫化



2010/08/01



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元ソフトボールのオリンピック代表候補選手だった長嶋葵、突然交通課から刑事課への異動を命じられる。
早速オシャレな私服で刑事課に出勤したところ、相棒として組まされたのは、ホームレス?と一瞬疑った、丸岡高子43歳。
その丸岡、シングルマザーで、傍らには幼児を乗せた頑丈なタイヤを持つベビーカーが控える。しかし、子連れ女性刑事とはいうものの、検挙率は刑事課トップ。子持ちになってから養育費を稼ぐため検挙率はアップしたのだという。
まもなく葵、自分がベビー・シッター役として刑事課にひっぱられたのだと気づきます。

子連れで捜査に出動する丸岡高子と、その高子に引きずり回されてオシャレな服やブランド品を台無しにされ、泣きながらも高子についていく主人公=長嶋葵とのコンビによる、ドタバタユーモア付き女性刑事ストーリィ。
戦車級の頑丈さを備えたベビーカーは、1歳の息子=橋蔵を危険から守る装備を十分備え、かつ犯人との格闘に際しての武器も装着しているといった具合で、昔人気のあった漫画・TVドラマの「子連れ狼」そっくりの道具立てです。
さらに、「ダーティ・ママ」という題名は、クリント・イーストウッドのかつての人気シリーズ「ダーティ・ハリー」を模したものでしょう。

丸岡高子のアクの強さと捜査における違法お構いなしの強引さ、自尊心を粉々にされつつ、未だ交番勤務の巡査である恋人との関係悪化に心痛めながらも懸命に高子についていく主人公、というのがストーリィの骨格。
つい2人の捜査珍道中に目を奪われてしまうものの、背景としてはしっかりとした刑事小説。
ただ、もう一つ物足りない面を感じるのは否めません。

※やはり型破りの女性刑事の主人公にした<雪平夏見>シリーズを先に読もうと思っていたのですが、図書館からの借り出し上の都合から果たせず。その内読み比べてみようと思います。

はじめてのダーティ・ママ/ダーティ・ママは三度吐く/父親参観日のダーティ・ママ

      

8.

●「愛娘にさよならを−刑事 雪平夏見−」● ★★☆


愛娘にさよならを画像

2011年09月
河出書房新社

(1500円+税)

2013年02月
河出文庫化



2011/09/25



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“刑事雪平夏見”シリーズ、第4作目。
前作の最後で銃弾3発をその身にくらった雪平、なんとか命はとりとめたものの、左腕の神経をやられ麻痺したまま。捜査一課の復帰はありえず、警務部監察室に異動する。
雪平を温かく迎えてくれた島津監査室長ですが、その島津夫妻が雪平の別れた直後に虐殺されるという事件が発生。
そして、同じような残虐な手口による連続殺人事件。いずれも現場には
「ひとごろし、がんばりました」というメッセージが残されていた。

もはや刑事ではないものの勝手に一人で捜査を始めた雪平に、山路課長から指示を受けたかつての同僚=安藤刑事が張り付く。
一方、
林堂警部補平岡刑事は、殺人予告の投書があったTV番組の捜査を担当。連続殺人事件と必死の捜査が、並行して展開されていきます。
そして、犯人たちに
「ひとごろし、がんばってください」という手紙を書いた少女の正体は何者なのか。

ストーリィの進展に伴って後半、犯人の正体が明かされますが、そんなことで本作品の面白さがトーンダウンすることはあり得ません。頁を繰るにつれ、スリル、緊迫感が否応なく高まっていきます。
サスペンスとしての面白さも一級品ながら、母親としての立場に心揺れる雪平の姿が、本作品での読み処です。
刑事としての性と、いたらない母親であることを自覚しながらも抱き続ける娘・
美央への愛情、2つの思いに板挟みになりながら事件を追う刑事雪平夏見、まさに読み応えたっぷりです。

本作品で“雪平夏見”シリーズは完結なのでしょうか。寂しい思いもしますが、納得できる気持ちもあります。

             

9.

●「ダーティ・ママ、ハリウッドへ行く!」● 


ダーティ・ママ、ハリウッドへ行く!画像

2011年12月
河出書房新社

(1500円+税)

2014年02月
河出文庫化


2012/01/23


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子連れ刑事=丸岡高子とベビーシッター刑事=長嶋葵が猛進するドタバタ刑事もの、ダーティ・ママ”シリーズ、第2弾。
冒頭、葵が銃弾をくらって病院に担ぎ込まれ緊急手術、生命に別状は無いよな・・・・?、というところから始まります。

本書題名は「ハリウッドへ行く!」、まさかねぇと思ったのですが、やっぱりまさかでした。でも、何と長嶋葵が丸岡高子に命じられ潜入捜査のため本当に“ハリウッド”へ行くことに!
そこからの展開が、本書で一番の読み処かもしれません。その果てに来るのが、葵と高子の大乱闘であってみれば。
一応は刑事もの、若い女性が殺害されてその事件捜査というストーリィなのですが、個性的な女性刑事2人を配した本作品、ドタバタ劇という気配がミステリに優るようです。

この第2弾では、長嶋葵が未だ事件捜査にはシロウトながら、高子の向こうを張って猪突猛進、大奮闘の活躍をみせるところが注目されるべき点。おまけに最後の思わぬ付録も、葵がいるからこそのこと。

※この“ダーティ・ママ”、TVドラマ化されましたが、ハリウッド潜入捜査後の奮闘ぶり、葵のその姿をTVで見ることができたら、さぞ楽しいことだろうなぁと思う次第です。

プロローグ/乃木坂ダークナイト/プラダを着た死体/危険な上司/シングルマザーはリーサル・ウェポン/明日に向かって産め!

  

10.
「アンフェアな国 ★★


アンファアな国

2015年08月
河出書房新社
(1650円+税)

2017年10月
河出文庫化



2015/08/28



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刑事雪平夏見シリーズ、第5作目。
今回は、雪平が警務部監察室から
新宿署組織犯罪対策課へ異動するところから始まります。
左腕は未だに麻痺したまま、また元警視庁捜査一課で検挙率ナンバーワン刑事だった雪平が何故所轄署の組対課?と疑問に思うところですが、そこはそれ、ストーリィは次第にいつもの雪平ペースになっていきます。

新宿署管内で起きた、外務省職員が轢き逃げされて死亡した事件。薬物常習者がその犯人として逮捕され事件はすぐ解決しますが、雪平は事件の目撃者から、運転していたのは別の人間だったという通報を受けます。
事件記録に雪平が当たるとすぐ疑問に思うことばかり。疑問を抱いた事をそのままにしておけない性格の雪平、個人的かつ勝手に、単独で調べ始めます。
その単独行動は、かつて“チーム雪平”
だった林堂警部補、安藤刑事まで巻き込み、ついには雪平が韓国まで足を延ばすことになります。

今回はパスしようかと思いつつ読んだ本書ですが、やはり雪平夏見は面白い! そこに雪平夏見がいるだけで、これから一体何が起きるのかとワクワクしてくる気分。誉田哲也さんの姫川玲子と並び、この2人の女性刑事のキャラクターは抜群のものがあると改めて感じます。
また、突っ走る雪平を追いかけるが如きチーム雪平の面々、
林堂航警部補安藤一之刑事平岡朋子刑事のキャラも雪平を支えます。
中盤までの面白さに比べて、真相と結末は意外にあっさりとしたものでしたが、雪平夏見に再会できただけで十分満足です。
今後の続編が楽しみ。

  


  

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