藤沢 周作品のページ


1959年新潟県生、法政大学文学部卒。書評誌「図書新聞」の編集者等を経て、93年「ゾーンを左に曲がれ」にて作家デビュー。98年「ブエノスアイレス午前零時」にて 第119回芥川賞を受賞。2004年法政大学経済学部の教授に就任し、文章表現、日本文化論等を講じている。


1.
焦痕

2.
武曲

3.武曲U

  


 

1.

「焦 痕」 ★☆


焦痕画像

2005年02月
集英社刊

(1600円+税)



2005/03/15



amazon.co.jp

現代社会に生きる人々の抱える底知れぬ暗さが、まるで連鎖して広がっていくかのように描き出される連作短篇集。
底冷えがするような暗さと、腹の底にズドンとくるような重さが印象的です。
底力を感じる作品ですが、こうした作品が好きかといえば、私は逃げ出したくなる方。今回は、明るい作品の直後に読んだだけに余計そう感じます。
しかし、その逃げ出したくなる気分こそ、現代社会の暗さがもたらすものなのかもしれません。

故郷での子供時代、神社に閉じ込められて焼死しそうになったのは偶然出会った幼馴染だったのか、それとも自分だったのか。そんな展開を描いた表題作の「焦痕」が不気味ですが、次の「腹が痛い」も笑えない気味悪さがあります。一週間にうち3日帰宅しないという同僚の跡をつけたら、何と会社のトイレの中に寝泊まりしていたらしい。帰宅したくないのか、それともリストラへの恐れから生じた行動なのか。

全11篇の中でも異彩を放っているのは、平凡なOLを描く「ぷちぷち」。周囲への敵意をどんどんエスカレートさせていく様子は、他の篇にはない辛らつさがあります。
最後の「無辺」にてこの短篇集はちょうど一巡しますが、この篇によりかえって得体の知れない感覚が後に残るようです。

焦痕/腹が痛い/素描/錯誤/消失/擬態/零落/惑溺/偏差/ぷちぷち/無辺

      

2.

「武 曲(むこく) ★★☆


武曲画像

2012年05月
文芸春秋刊

(2000円+税)

2015年03月
文春文庫化



2012/06/09



amazon.co.jp

片や実父を植物人間にしてしまった罪の意識とアルコール中毒に苦悩する剣道家=矢田部研吾、片やひょんなことから剣道に嵌まり込んでしまった高校生=羽田融。2人の宿命的な出会いと相克を描く、純文学的な現代剣豪小説!

殺人剣をモットーとしていた父親=将造に幼い頃から叱咤されてきた研吾は、母親の死後に将造父親と果し合い、その結果として将造は植物人間となりもう長いこと病院に入院している。研吾自身はアルコール中毒の所為で職を失い、今は警備員の傍ら北鎌倉学院高校剣道部のコーチを務めている。
一方の羽田融は、陸上部を退部した後ラップや詩句の魅力に取りつかれている帰宅部生徒。ひょんなことから先輩高校生との喧嘩事に巻き込まれ、紆余曲折を経て剣道部に入部した北鎌倉学院高校の2年生。

剣道の持つ言葉の魅力に捉われて入部した羽田が意識するのは、スポーツとしての剣道ではなく、殺し合いを前提とした剣道。
そこに研吾は、融の天才的資質と、父親に刻印された殺人剣の姿を見て、ますます脅迫観念に囚われる。
矢田部父子の師であり、剣道部顧問である剣の達人=
光邑雪峰禅師は、殺人刀(せつにんとう)活人刀(かつにんとう)へ至る過程と説くが、研吾と融の剣の道はどこへ通じるのか。そして2人の対決は・・・、というストーリィ。

生身の人間から離れてひたすら剣の道だけを見極めようとする登場人物の姿勢には、吉川英治「宮本武蔵」のような剣豪の姿が浮かび上がります。その中に自分を当てはめ、昇華させようとし、一方苦しみ続ける2人の姿を描く筆は純文学というに相応しい。

読み進むうちにストーリィの質感はどんどん膨れ上がり、圧倒されるばかりです。
こうした圧倒的な質感を味わい、楽しめる機会はそうあるものではありません。青春小説でもなく、エンターテイメント小説でもなく、やはり現代に蘇った剣豪小説と言いたい。

       

3.

「武 曲(むこく)U ★★


武曲U

2017年06月
文芸春秋刊

(1300円+税)



2017/06/30



amazon.co.jp

現代に蘇った"剣豪小説"の続編。
前作に引き続き、主要登場人物3人=
羽田融、矢田部研吾、光邑雪峰禅師を中心にストーリィは回っていきます。

高校の剣道部を舞台にしつつ、3人の視野にあるのはスポーツとしての剣道ではなく、剣豪として極めるべき剣道。
光邑禅師曰く、融と研吾はまだまだ
殺人刀(せつにんとう)の段階とのこと。
本書において、3人の中でも特にウェイトが高いのは融。何故なら大学受験という大きな節目を迎えるからです。

融、今後の進路を一体どう選択するのか。受験勉強をしなければと思いつつも、融は剣道の稽古を毎日続けざるを得ません。
そんな融と稽古中、光邑禅師が突然倒れるという衝撃的な事態が起きます。動揺して取り乱してしまう融。さて・・・。
一方の研吾は、未だ迷いから完全に脱せられないままなのか。

面白い、楽しいといった作品ではありませんが、迷い、葛藤しながらより深いものを目指していく登場人物たちの姿が実に味わい深い。
融の成長、研吾の再生という道に剣道が深く関わっているところが、現代的"剣豪小説"である所以。
まだまだ本書の続きはあるのでしょうか。楽しみです。

1.アルデバラン/2.コルネフォロス/3.ナヴィガトリア

  


  

to Top Page     to 国内作家 Index