藤野可織
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1980年京都府京都市生、同志社大学大学院美学および芸術専攻博士課程前期修了。2006年「いやしい鳥」にて第103回文学界新人賞、13年「爪と目」にて第149回芥川賞、14年「おはなしして子ちゃん」にて第2回フラウ文芸大賞を受賞。


1.爪と目

2.おはなしして子ちゃん

3.私は幽霊を見ない

4.ピエタとトランジ<完全版>

5.来世の記憶

6.青木きららのちょっとした冒険

 


           

1.

「爪と目 ★★             芥川賞


爪と目画像

2013年07月
新潮社刊
(1200円+税)

2016年01月
新潮文庫化


2013/08/29


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話題の芥川賞受賞の中篇=「爪と目」+短篇2作。

「爪と目」に登場する中心人物は2人。不倫相手の妻が死んだ後その後妻となった目に少々傷をもつ女性と、その継子となるに至った3歳の娘。
ただしここでは、昔話によくあるような苛め、苛められる継母と継子という関係はありません。継母は痛い思いをしないで子が持てるのはちょうど良いと思い、娘の側は幼いが故に否応はありません。

本作品の特徴は、その継母のことを3歳の娘が語る、という形でストーリィが物語られること。つまり、「わたし」は娘であり、継母は「あなた」と呼ばれます。
この二人称による語りが、本作品においては心地良いリズムを生んでいます。第三者のように突き放さず、かといって一人称とは異なり少々距離を置いている、という風で。
しかし、冷静に語る「わたし」と、ろくに口もきかない3歳の娘を同一視することはできません。まるで「わたし」と幼女の、2人格がそこにあるようです。
ところが最後の2頁で、その「わたし」と幼女が一致するのです。その時に感じる恐ろしさといったらもう・・・・。
出版社紹介文に「
純文学恐怖作(ホラー)」とありましたが、その理由を得心できた気がします。

二人称による語りの楽しさと、最後の恐怖感。本書の魅力はその2点にあります。
※二人称が印象的だった作品に
北村薫「ターンがあります。本書とは趣向を異にする作品ですが、二人称を楽しんでみたいと思われるのでしたらお薦めです。

爪と目/しょう子さんが忘れていること/ちびっこ広場

             

2.

「おはなしして子ちゃん ★★         フラウ文芸大賞


おはなしして子ちゃん画像

2013年09月
講談社刊
(1300円+税)

2017年06月
講談社文庫化


2013/10/24


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ファンタジーのようであったり、怪奇譚のようであったり、SF的なサスペンスあるいはファンタジー、・・・・・趣向は玉手箱のように様々であるものの、総じていえばどこかユーモアが漂う、という短篇集。

こうした類の短篇集への評価は、読む人の好み次第だと思いますが、底辺にユーモア感があるという点で私好みです。
こうした趣向テンコモリの短篇集は桜庭一樹さん辺りも書きそうなところですが、桜庭さんであればもっと強烈な印象をもたらす作品になりそうであるのに対し、藤野可織さんの場合はソフトランディング、といった印象です。

冒頭、怪奇的な「おはなしして子ちゃん」で魅せられ、女子高生サスペンス的な「ピエタとトランジ」でぐいっと鷲掴みにされ、人魚話の「アイデンティティ」ですっかり翻弄された、というところ。
「ピエタとトランジ」、「逃げろ!」、「ホームパーティはこれから」、「ハイパーリアリズム点描画派の挑戦」は現実感漲るところに面白さあり。とくに「点描画派」は壮絶です。(笑)
なお、
「ある遅読症患者の手記」は最後、スターン「トリストラム・シャンディ」を思い出させられる一篇。

趣向が多様で、時にもやもやと手に掴み切れなかった思いが残りましたが、それはそれで十分に楽しめた短篇集。

おはなしして子ちゃん/ピエタとトランジ/アイデンティティ/今日の心霊/美人は気合い/エイプリル・フール/逃げろ!/ホームパーティはこれから/ハイパーリアリズム点描画派の挑戦/ある遅読症患者の手記

              

3.
「私は幽霊を見ない ★☆


私は幽霊を見ない

2019年08月
角川書店

(1500円+税)



2019/09/19



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<Mei (冥)><幽>に、2012年からぽつぽつと連載されたという「私は幽霊を見ない」の単行本化。

藤野可織さん、幽霊を見たことがないのだと言います。
(でもそれって、本来フツーのことですよね。)
そのため、人に出会う度、幽霊を見たことがある? 怖い話を知りませんか? 不可思議な体験をしたことがありませんか? と手当たり次第に聞きまわった出来事を、書き綴ったのが本作品集とのこと。

どの篇も、まず
「私は幽霊を見ない」という一言から始められます。
いろいろな話が集められていますがどの話も、正直言って、余り怖くない。それでも懸命に集めている様子と併せて味わっていると、つい可笑しさがこみ上げてきます。
思わず、くすくす笑いたくなってしまう、そんな感じ。

同じ怪談専門誌<幽>連載の
小野不由美「営繕かるかや怪異譚とはまるで対照的です。
でも、それはそれで本作も十分楽しめます。


私は幽霊を見ない/富士見高原病院の幽霊/消えてしまうものたち/国立民族学博物館の白い犬とパリで会った猫/ついに幽霊とニアミスする/はじめて心霊スポットへ行く/幽霊はいないけれど、不思議なことはある/理想の死に方とエレベーターと私が殺した植物たち/アメリカの空港で幽霊を探す/夢が現実になる話/幽霊とは生きているときに上げられなかった声だ/後日談

                 

4.
「ピエタとトランジ<完全版> PIETA AND TRANSI FULL VERSION ★★


ピエタとトランジ

2020年03月
講談社

(1650円+税)

2022年10月
講談社文庫



2020/04/07



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おはなしして子ちゃんに収録されていた衝撃的な短篇「ピエタとトランジ」の長編化、高校時代から2人が老いるまでの、長いストーリィになっています。

本作の魅力は、その炸裂感。
語り手である
ピエタと天才的な洞察力を持つトランジのコンビによる事件解決という要素よりも、トランジがその周囲で殺人事件を多発させる体質であるという点が衝撃的。
そのため、本作を肯定的に捉えるかどうかは、読み手の好み次第でしょう。

各章の題名、推理小説でもないのに「殺人」という言葉が続いているのは衝撃的ですが、トランジの体質が感染して広範囲に広がってしまう、果たして人類は滅亡に突き進んでしまうのか? 
また、帯の「人類最後の名探偵と助手だ」という文句は本当にそのままなのか?

各章ストーリィの内容はともかくとして、トランジの周囲で次々と殺人が起きるにもかかわらず、何故ピエタは大丈夫なのか。
それを考えれば、ピエタとトランジの2人が如何に強力な存在であるか、コンビであるか、感じざるを得ないというもの。
なお、本作では2人に近い関係にある脇役として登場する
森ちゃんの存在が、ストーリィに奥行きを与えています。

2人が周囲をなぎ倒すように進む、その果てには何があるのか、何が残るのか。
その勢いと興味に引っ張られ、まさに一気読みでした。

※なお、「おはなしして子ちゃん」を未読の方も心配はいりません。最後に短篇「ピエタとトランジ」がちゃんと収録されていますので。


1.メロンソーダ殺人事件/2.女子寮連続殺人事件・前篇/3.女子寮連続殺人事件・後篇/4.男子大学生集団変死事件/5.海辺の寒村全滅事件/6.無差別大量死夢想事件/7.夫惨殺未遂事件/8.死を呼ぶババア探偵事件/9.疑似家族強盗殺人事件/10.傘寿記念殺人事件/11.高齢者間痴情のもつれ殺人事件/12.世界母子会襲来事件
ピエタとトランジ

                

5.
「来世の記憶 ★★


来世の記憶

2020年07月
角川書店

(1700円+税)



2020/08/14



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読む都度びっくりしてしまう、20篇のショートストーリィ。
さて、この短篇集をどう評価すれば良いものか。

出版社の紹介文によると「只事ではない世界観、圧倒的な美しい文章と表現力により読者を異界へいざない、現実の恐怖へ突き落す。これぞ世界文学レベルの日本文学」とのこと。

さりげない日常生活を描いているようで、実はとんでもないストーリィばかり。
一篇ずつ語れば、面白いと思う篇もありますし、よくわからないなぁと思う篇もあり。
ただ、これらの篇を読んでいくうちに、人類はもう行き着くところまで来てしまったのではないか、これからは異形化の道を進むのではないか、と思えてきます。それが・・・怖い。

面白いと思えた篇は、
「前世の記憶」「れいぞうこ」「ピアノ・トランスフォーマー」「ニュー・クリノリン・ジェネレーション」「怪獣を虐待する」といったところ。
なお、各篇とも余りに異形過ぎて、読み進むにつれ、精神的にかなり疲れてきました。
できうることなら、時間をかけて、一篇一篇少しずつ読み進んでいくことをお勧めします。
そうすれば、疲れず、味わって読めるのではないかと思います。


前世の記憶/眠りの館/れいぞうこ/ピアノ・トランスフォーマー/フラン/切手占い殺人事件/キャラ/時間ある?/スパゲティ禍/世界/ニュー・クリノリン・ジェネレーション/鈴木さんの映画/眠るまで/ネグリジェと世界美術大全集/スマートフォンたちはまだ/怪獣を虐待する/植物装/鍵/誕生/いつかたったひとつの最高のかばんで

                

6.
「青木きららのちょっとした冒険 ★☆


青木きららのちょっとした冒険

2022年11月
講談社

(1600円+税)



2022/11/30



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青木きららという女性を主人公にした、風変わりな冒険ストーリィと思ってしまうのですが、この「青木きらら」は特定の個人ではありません。
どこにでもいる女性たち、その象徴として各篇に青木きららが登場します。ですから、どの篇をとっても同一人物とは言えない。むしろ普遍的な女性像と受け留める方が良さそうです。
ただし、舞台となる世界は現実社会ではなく、少々変形(デフォルメ)された社会。
という訳で、テーマを共通した短篇集。

各篇から共通して感じるのは、女性だからという決めつけが広くあり、それに対して多くの女性たちは黙ってやり過ごし、声を上げることは余りない、ということ。
そうした声にならないメッセージを伝える短篇集と感じます。

9篇中、ユニークで面白かったのは、アイドルの偽物と女性警備員を描く
「トーチカ」とその続編「トーチカ2」、そして「幸せな女たち」
他の篇とちょっと趣きが異なりますが、女子高生なら痴漢されて当たり前と嘯く驕る痴漢たちを一喝し怖れさす、ホラー要素満載の
「スカート・デンタータ」。なお、この篇は朝倉かすみリクエスト! スカートのアンソロジーに収録されていたもので、既読。

トーチカ/積み重なる密室/スカート・デンタータ/花束/消滅/幸せな女たち/美しい死/愛情/トーチカ2

   


   

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