冨士本由紀
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1955年島根県松江市生、関西女子美術短期大学卒。広告制作プロダクション、広告代理店勤務を経てフリーのコピーライター。94年「アルテミスたちの事情」(刊行時「包帯をまいたイブ」に改題)にて第7回小説すばる新人賞を受賞し作家デビュー。


1.しあわせと勘違いしそうに青い空

2.愛するいのち、いらないいのち

 


        

1.

「しあわせと勘違いしそうに青い空」 ★★


しあわせと勘違いしそうに青い空

2009年07月
双葉社刊
(1600円+税)



2009/08/19



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47歳にして無職、仕事への覇気まるで無し、という栗田匡
やっとありついた横浜税関での警備員の仕事も、派遣会社がデタラメで、安い給料なのに遅配、しかも支払われるのは半額のみ、という具合。
それでも生活に困らないのは、23歳の恋人=元ヤンキーの都詩が身の回りのことまで世話してくれているから。
「俺と同じ世代の男たちで、都詩みたいに若くて可愛い女の子と金も払わずにセックスができるやつなんてそうはいない」と幸せを噛み締めている。
なんでこんなダメ男がこんないい目にあっているのかと、文句を言いたくなるほど、この主人公、ダメな男。
まず、生活を立て直そうという意欲に乏しい。そして何と言っても女にだらしない。
小料理屋を営んでいる都詩の母親=絢子・42歳の誘惑にころりと応じてしまう。そればかりか、昔の恋人=逸子が入院しているという連絡を受けて見舞いに行くと、いとも安易に関係を復活させてしまうのです。
要は、女からの誘いを断れないのです、このダメ男は。その挙句に折角の幸せを取りこぼし・・・。

でもこの主人公、ちっとも憎めないのです。
それは何故かというと、女の所為で人生を転落しても、今また行き場を失っても、誰かを恨む、あるいは世間を恨むというところがまるで無い。
淡々と全ての成り行きを受入れるところが、暢気というか明るいというか。憎めないダメ男、それが救いです。

最後は、思いもよらない、爽快なエンディング。
ダメな男であっても、人に幸せをもたらせることはできる、それを証明して見せた所為でしょうか。
物珍しく面白く、何故か気持ち良いストーリィ。お薦めです。

            

2.
「愛するいのち、いらないいのち ★★


愛するいのち、いらないいのち

2020年02月
光文社

(1700円+税)



2020/06/06



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主人公の御国文音(ふみお)は59歳、古い団地で元クリエイター、現在は無年金・無収入の夫=和倫と暮らしている女性。
収入は文音の給与だけという状況なので、慎ましい暮らし。
しかし、そこに島根で一人暮らしする養父(亡母の再婚相手)=
二階堂一が認知症という難題が降ってわいてきます。
おかげで何度も遠い島根まで行き来し、介護や老人施設への入居手続、さらには後見人申請と苦労ばかり。どんどん貯金が減っていくのが怖い。
そんな状況のうえに、大切な夫に肺がん、余命僅かという宣告がなされます・・・。

認知症になり、それでも頑固で身勝手という養父の世話だけでも本当に大変だと思います。
それに現実に重くのしかかって来るのは、お金の問題。施設に入れるにも島根との往復にもお金がかなりかかるのですから。詐欺にも遭い貯蓄がなにもない義父の唯一の収入は年金、それで足りず主人公の家計から持ち出しになっていたら、そりゃ怖い、と思うのも当然のこと。
自分がもしそういう立場に置かれたら、養父を見捨てて、自分の生活を守ることを優先するかもしれない・・・。

現代日本において現実に大きな問題としてあるのが、親の介護が原因となった貧困問題。
本作については、それを自虐風に小説化した、という印象があります。

文音の今は苦しくてやりきれないことばかり、最後の最後までと思わされたところで、文音に思わぬ安らぎが訪れます。
それは精一杯奮闘した文音に対する神様からの賜物でしょうか。

                 


   

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