お正月企画「温泉の科学特別コラム」

温泉の化学特別コラム


冬の入浴事故を防ごう
byやませみ


寒い冬の冷えた身体でお風呂にドブン、びりびりとした刺激とともにじ〜んと温まっていくのが極楽気分という人は多いですね。ところがそこには大きな落とし穴があることに気付いていないと、ほんとうにそのまま極楽までサヨウナラしかねない危険が潜んでいます。

 

家庭で入浴中の死亡事故は意外に多いといわれていましたが、プライベート空間での出来事なのでその実態はなかなかわかりませんでした。東京消防庁が平成11年度に入浴中の急死例を調査したところ、23区内では冬季半年間に628件の死亡事故がありました。

これを全国の年齢構成を考慮してあてはめると年間で約14,000人が入浴事故で亡くなっていると推測され、交通事故の死亡数を大きく上回る可能性が高いというショッキングな結果となりました。入浴事故につながる要因をみると、高齢・女性・寒い日・深夜〜早朝の時間帯などでリスクが高くなっています。

温泉や公衆浴場では一人で入浴することが少ないので、気分が悪くなっても誰か気付いて知らせますから、家庭風呂のように死亡状態で発見されることはあまりなさそうです。

筆者も過去に2回、朝湯に同浴のお年寄りが倒れて慌てたことがあります。幸いにも救急隊がすぐに駆けつけて大事には至らなかったですが、もしこれが深夜のこっそり独浴が好きな自分だったら果たしてどうだったろうと思うと、冷や汗たらたらです。

 

入浴事故の最大の誘因は、急激な温度変化による「ヒートショック」だと考えられています。身体が冷えたまま熱いお湯に入ると、手足に電気が流れたようにビリビリきますが、これは体深部に集中して脳や臓器を温めていた血液が、体表面の抹消血管にど〜っと移動してくるために起こるちょっと危険なサインです。

このときに一時的な血圧上昇や心拍数の増加がおこるので、脳や心臓の血管が弱くなっていると障害が出やすくなります。入浴時間を経るにしたがって血流は徐々に安定していきますが、高齢者や女性で自律神経が不調な人は過度に血圧が低下しやすく、これは湯温が高いほどおこりやすくなります。

これにお風呂から立ち上がる際の水圧変化が加わると、一気に低血圧状態になって意識障害を起こして転倒する事故につながります。いわゆる「湯のぼせ」になりやすい人は要注意です。人間の生体リズムでは早朝がもっとも不活発な状態になっているために、これらの急激な血流変化に身体機能が追いつかずに障害が出やすくなります。

さらに、就寝中の発汗で血液中の水分量が減っているところに入浴の発汗が加わると、いわゆる「ドロドロ血」になって脳梗塞や心臓梗塞を引き起こしやすくなります。前夜に飲酒するとアルコールの分解のため大量の水分が消費されるので、早朝入浴の危険性はずっと高くなります。

 

そんなこんなで、多少とも身に覚えがあるな〜と感じられる方はけっこう多いのではないでしょうか? で、入浴事故を防ぐために気をつけたらよいことを以下に箇条書きしてみました。

1) 脱衣所・浴室は暖かく

脱衣所が暖房されていれば結構ですが、浴室のドアを開けておくだけでもずいぶん暖かくなります。昔からある
共同湯などでは浴室と脱衣所が一体になっているか、屋根部分に仕切がなく通気自由な構造になっています。浴室じたいが寒いときは予めシャワーを出し放して温めておくとよいでしょう。洗い場へ掛け流す浴場はこの点でも優れています。

2) かけ湯をじゅうぶんに

浴槽へ入る前に、かけ湯を10回以上して身体を徐々に温めます。まずは心臓から遠い足先から順にかけ、頭にも充分かぶります。はじめほどお湯が熱く感じなくなってきたら入浴OKです。なお、かけ湯は湯尻(湯口から遠いほう)から汲むのがマナーです。かけ湯槽を別に設けているところもあります。脱衣所からいきなり露天風呂へドブンなどは命知らずの行為です。

3) まずは腰くらいまで

すぐに肩までどっぷり浸からずに腰かけの半身浴で慣らします。軽く汗ばむくらいになったらもう深く入って大丈夫。心臓の弱いお年寄りや高血圧気味の方、湯のぼせしやすい女性は半身浴のまま続けてもけっこう温まります。寝湯は下半身を締め付けないので血圧変化を起こしにくく、これらの方にはお薦めです。

4) 熱い湯で頑張らない

朝の熱い湯は気分をすっきり高揚させるには効果的ですが、高温浴は心臓への負担がとても大きいので、長くても10分以内にとどめます。真っ赤なユデダコになるほど頑張っていても何ら利点はありません。皮膚感覚が鈍化しているお年寄りや、サウナを常用している人には熱湯を好む傾向があるので注意してください。

5) 急に立ち上がらない

浴槽からざぶっと立ち上がる時が最も危険です。腰掛けでいったん休んで息を整え、ゆっくりそろそろと上がりましょう。お風呂まわりに座って世間話をしつつ徐々に身体を冷ますのもよい方法です。

6) 水分補給をじゅうぶんに

入浴時の発汗は意外に多量ですから、入浴前・中・後にはそれぞれコップ1杯の水をとってください。とくに浴前の1杯はとっても大事ですから意識して摂りましょう。飲める温泉なら尚良いです。

 

さてと、以上を見ると昔から云われてきた入浴作法がそのまんまです。近年に入浴事故が増加傾向にあるのは、こういった伝統の作法が忘れられてきているからでしょうかね?


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