お正月特別企画「温泉の科学特別コラム」

温泉の化学特別コラム

温泉まんじゅうの由来
byやませみ


温泉饅頭(まんじゅう)は温泉地の名物の代表格として親しまれています。あまり温泉には出かけない人でも、年
に一個は口にされていることでしょう。ところが、何故に「温泉−」という名称がついているのかは、結構あやふやで定説がありません。

温泉饅頭は名称こそ土地によってさまざまですが、褐色のふわふわした皮をもつ一口大の蒸し饅頭という点は共通しています。それぞれの温泉地で独自に発祥したものならば、もっと色や形に変化があってよさそうなものですから、いささか不思議です。

どこかに最初に考案した店があって、それが全国にひろまったのでしょうか? それとも同時発生したものなのでしょうか? 各地に伝わる製法や由来の説についてちょっと考察してみます。追求してもさほど意義はないことではありますが、こだわってみるのも遊びとしては面白いことですので、お正月の暇つぶしにしばしお付き合いください。

1) 温泉を皮に混ぜているから・説

 和菓子の事典には、蒸し饅頭の異種として皮に加えるものにより、上用饅頭(山の芋)・酒饅頭(酒種)・温泉饅頭(温泉)があげられており、皮をふっくら膨らませるために温泉が使用されると書かれています。生地を練ると
きに水の代わりに温泉を混ぜると、温泉に含まれる重曹(NaHCO3)が「蒸し」の加熱で分解して炭酸ガス(CO2)を発生するので、これが生地に細かい気泡をつくるとみられます。重曹はふくらし粉の主成分なので、いかにも有り得そうなことです。蒸しパンを作るときのふくらし粉の分量から計算すると。重曹分を8g/kgほど含む温泉ならば、立派にふくらし粉の代わりになるようです。

 さっそく問題は解決したように思っちゃいますが、実はこんなに重曹分の多い温泉は日本では数えるくらいしか存在しないので、いささか疑問です。温泉饅頭店の広告をながめてみても、温泉を混ぜて作っていると書かれているのはお目にかかりません。実際に温泉を使用して作っているというお店がありましたらご一報願います。

2) 温泉で蒸しあげるから・説

 超高温の蒸気泉は火山地域に多数あり、これを利用した蒸し料理は古代から行われていたようです。東日本ではあまり見かけませんが、九州地方では丸鶏や芋を蒸したのが「地獄蒸し」といわれて伝統料理になっている温泉地がいくつかあります。蒸し饅頭といえば「肉まん」をはじめとする中国が本家ですから、歴史的に交流の深い九州地方で、温泉蒸し饅頭が普及したとみることもできます。また、台湾や沖縄からの黒砂糖輸入もあって、褐色の皮の由来も説明できるように思えます。とはいえ、九州のお菓子屋さんに我こそは温泉饅頭の元祖なりと誇っているお店は寡聞にして知りませんし、名物の饅頭も白い皮の上品なものが多いように思います。



3) 温泉の色に似せたから・説

 伊香保温泉で「湯の花饅頭」が最初に販売されたのは明治43年で、江ノ島の「片瀬饅頭」のような名物を作りだそうと考案したものだそうです。片瀬饅頭は酒饅頭で、白い皮と黒糖を混ぜた茶色皮の2種あります。この茶色いほうを伊香保の湯色と連想したのは優れたアイデアです。

 褐色の湯色の温泉は鉄分を多く含むもので、水酸化鉄や炭酸鉄の沈殿(湯ノ花)が大量に出てきます。今は褐色の色付き温泉はあまり人気がありませんが、かつては子宝の湯として含鉄泉はひじょうに珍重されていました。こんな湯色の温泉だったよと、百聞は一見に如かずとお土産に見せるにはまことに都合がよいでしょう。
 ここまでなら単に伊香保名物としておさまるだけのことですが、おなじみの店頭に蒸篭を置く実演販売を始めたのが温泉街の風物詩となり、全国に広まったという後日談までついています。褐色の皮と店頭での蒸篭蒸しという2大共通項を説明するものとして有力な説かと思います。

4) 温泉で売っているから・説

 いかにも消極的な発祥説ですが、いちばん無難といえば無難です。松崎寛雄氏の「饅頭博物誌」(東京書房社,1973)には、明治後期からの砂糖の生産拡大と旅行ブームで、名所旧跡にちなむ様々な名物饅頭が大発生したと書かれています。100以上の雑多かつ珍奇な名称があげられるなか、温泉饅頭もその一つです。

 蒸し饅頭の製法じたいは格段むずかしいことはないですから、上の片瀬饅頭のように温泉とは無関係にもともとあったものでしょう。費用も安価で量産がきき、ちょっとつまむには手軽なお菓子として、旅館のお茶うけには広く普及していたのではないでしょうか。とくに個別の名称がなかったものに、客から「この旨い饅頭は何という名か?」と聞かれて、仲居さんがとっさに「○○温泉饅頭です」と答えたのがはじまり、とはちょっと想像し過ぎでしょうか 。


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