お正月特別企画「温泉の科学特別コラム」

温泉の化学特別コラム

美人の湯を考える
byやませみ


 昨今の温泉PRでよくみかける「美人の湯」。TVの温泉番組でも女優さんが「お肌がつるつるになるわ」とつぶ
やくシーンが決まって登場します。温泉の掲示にある適応症(効能)には、もちろん美肌などという項目はありませんから、何をもって「美人の湯」とされるのでしょうか? 美人といっても意味は広いですから、とりあえず美肌に限ります。


月岡温泉美人の湯

 日本三大美人の湯として知られるのは、川中温泉(群馬)・龍神温泉(和歌山)・湯ノ川温泉(島根)で、それぞれ上手にPRして人気の温泉となっています。ところが、誰がいつ頃にこの3泉を選んだのかはまったくの謎です。天下の三名泉(有馬・草津・下呂)は由来がはっきりしており、室町時代の万里集九という僧が詩集「梅花無尽蔵」のなかに記したのを、江戸期に林羅山が著書で引用して広まったと考証されています(両人とも草津は未訪だった)。それに対して三大美人の湯のほうは、このような明らかな記録が見あたりません。

 それではまったくのデタラメなクチコミかというとそうでもなく、1920年に鉄道院が編纂した日本最初の公式な「温泉案内」には、「色を白くする」という効能一覧に上記の3泉があげられています(松ノ湯も入る)。編者は当代一流の博士の面々ですから、相応の根拠があったものかと思いますが、詳しくは述べられていません。美肌の4要素は、1)洗浄、2)脱色(美白)、3)保湿、4)栄養、というらしいです。それぞれに温泉が与える効果を考えてみましょう。

1) 洗浄

 単にお湯で洗うだけでも、冷水よりは格段に洗浄能力は高まりますが、重曹成分(Na-HCO3)を含むアルカリ性泉は石鹸と同じ効果をもつので、皮脂の汚れ落ちがとてもよくなります。今でこそ洗顔や入浴で石鹸を使うのはあたりまえになっていますが、昔は石鹸がたいへん高値で庶民には得難いものでしたから、温泉の洗浄効果はとくに目立って発揮したものと思います。龍神温泉は弱アルカリ性の重曹泉ですから、この点で優れていたのかと思います。現代ではアルカリ性の重曹泉や同系の単純温泉は多数開発されていますから、この意味では美人の湯だらけともいえます。

2) 脱色(美白)

 美白の決め手はシミをつくる色素(メラニン)をどう抑えるかだそうで、化粧品会社が技術を競っています。いろんな美白成分が発表されていますが、とりあえず温泉に含まれる無機成分ではなさそうです。温泉の成分では、硫黄泉(硫化水素型)に漂白作用があることがいわれています。どういう具合に働くのかはいまいち難しいですが、皮膚を還元性にしたり、硫黄が紫外線を遮断したりという作用が考えられています。日本一濃い硫黄泉は新潟の月岡温泉で、美人になる温泉を積極的にPRしています。

3) 保湿

 乾燥傾向になりがちな現代人には、もっとも大きな温泉の効果かもしれません。温泉に含まれるさまざまな塩類成分が、皮膚のタンパク質と結びついて被膜をつくり、水分が発散するのを防ぎます(だからよく温まる)。これは清水の入浴では得られない温泉ならではの特徴です。また、硫酸塩泉は皮膚の弾性を回復し、保湿力を整える作用をするといわれます。川中温泉と湯ノ川温泉はいずれも硫酸塩成分を多く含みますから、この点が特徴かもしれませんが、もっと濃い硫酸塩泉は他にもあるのでこれが決め手とはいい難いようです。

 アルカリ性泉はつるつるした感触が人気で、いかにも肌が若返ったような気分になりますが、皮脂が欠乏気味の現代人にはむしろ逆効果かもしれません。過剰に皮脂をのぞいてしまうと、皮膚の保湿力を失い乾燥で荒れやすくなります。高アルカリ性泉では古い角質を溶かすというPRもされていますが、確かに一時的に赤ちゃん肌に戻っても、これは皮膚にはたいへんなダメージになるので浸かりすぎにはご用心です。

4) 栄養

 温泉はミネラルが豊富なので、皮膚から取り入れるとともに、飲泉でより効果を出します。「飲む野菜」とPRしている温泉もあります。現代人の栄養状態はひじょうに良いですから、昔の人ほどは温泉でミネラル補給というのはあまり重要とはいえないように思います。とはいえ、若い人は普段あまりきちんと食事をとっていない向きも多いでしょうから、温泉宿のご飯でしっかりバランスよく食べる(とくに朝食)のは、それなりに大切かな〜と思います。

 現代人にとってはむしろ精神的な栄養のほうが必要でしょう。ストレスはお肌の大敵であるばかりでなく、アトピーや冷え症(自律神経失調)の要因ともいわれますから、温泉で静養するのはなによりのことかと思います。きれいな空気と自然環境の中、都会では得られない静寂とゆったりとした時間を過ごすのは、温泉成分がどうこう言うよりずっと大切なことでしょう。


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