1.What’s 「男はつらいよ」?

"天に軌道がある如く、人それぞれに運命を持って生まれ合わせております"

"本物"の証──
松竹映画「男はつらいよ」は、日本全国をテキ屋稼業で渡り歩く渡世人の車寅次郎(通称「寅さん」)と、寅次郎の生まれ 故郷「葛飾柴又」を主な舞台とした人情喜劇である。全シーンに細かい配慮がなされており、喜劇と悲劇が絶妙に織り 交ぜられた粋で心情豊かな活力的映画である。喜怒哀楽の全てが縦横深く表現され、見れば見る程に味わい深さ を増すのが特長である。この映画は昭和44年に第1作目が登場し、 以後平成7年までの27年間で48作品を数える超大作となった。 第30作目でギネスブックに載り、それ以後さらに18作品を撮り続ける事となった。ここまで超大作になろうとは 第1作目の時点で誰が想像できたであろうか。もちろん最初からシリーズを目論んだ訳ではなく、当初は1作品の予定だった らしい。第1作は短い上映時間にもかかわらず多くのシナリオが凝縮されており、それが功を奏してか予想以上のヒット作品と なり、以後は観客動員数が着実に増え、結果的に48作品というとてつもなく巨大なシリーズ作品となった。 この作品数は"本物"の証である。

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人間としてどうあるべきか──
この映画の最大の特長は日常生活を主体としたドラマに徹しているという点である。暴力や犯罪、性描写などの刺激的な表現は ほとんどされておらず、唯一寅次郎だけが非日常的な登場人物となる。これにより映画全体のバランスが保たれている。 また、各作品にそれぞれの時代を背景とした山田洋次監督の人生観とも言える訴えが盛り込まれており、様々な演出方法で これらを観る側に伝えている。この点が「男はつらいよ」が幅広い年齢層に指示されている理由の一つでないかと思われる。

演出の特長として、スクリーンにできるだけ多くの人達を同時に写し出すカメラ撮りでシーンの臨場感を出す点が挙げ られる。この手法は「とらや」(後半「くるまや」)での 団欒シーンなどで多く使われている。また、 松竹のスタッフがレギュラー出演したり、「釣りバカ日誌」の西田敏行さんが釣り人を装って 帝釈天参道を 歩いたりといった粋な演出が随所に見られる。 レギュラー出演者の佐藤蛾次郎さんが結婚した時には、奥さんが花嫁姿で特別出演するという人情味のある演出も見られる。 そして特記すべき特長は、テンポの良さとは裏腹に一輪の花をスクリーンの隅に添えるなど、繊細な演出で観る側の感情移入を微妙に誘い、 いつの間にかシーンの中に引き込んでしまうという点である。正しいかどうか分からないが、これらの演出がいわゆる"大船調"と 呼ばれる松竹映画独特の持ち味に通じているのではないだろうか。

この映画のテーマは人間にとって最も大切な思いやりや誠実さ、人間愛、それと故郷を想う心である。 そういった事が脚本から始まって主演の渥美清さん、そして出演者全員がそれぞれの個性的演技で観る側にアピールしている。 現代人が見失いつつある人情、それから男として女としての生き方。そして一番重要な事は人間としてどう あるべきか。この映画の言いたい事はそういう事なのである。(山田洋次監督様、間違ってたらすみません)

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益々膨らむ"恋心"──
「男はつらいよ」の劇場公開は夏と冬で、平成元年に公開された42作までは昭和61年と63年を除き、 毎年最低2本は公開されていた。年に2本といっても6ヵ月ずつ分けての2本ではなく、夏に公開する 作品の方が製作期間が長く、次の冬作品までの製作期間は僅か4ヵ月足らずしかない。さらにこの映画の撮影の合間で 山田洋次監督は別の映画も製作している。この映画はこの様な過酷なスケジュールの中で製作され続けていた訳である。 あらためて山田洋次監督をはじめスタッフ一同と出演者の方々の熱意とタフさを痛感する。しかし長い年月は人間を 確実に変化させる。映画の設定では常に40歳代を維持してきた寅次郎役の渥美清さんも例外ではなく、遂に43作目 以降の6本は年1本ずつの公開となってしまった。

映画「男はつらいよ」の原形はテレビドラマである。映画化される以前、フジテレビの連続ドラマで同タイトル で放送されていた。このテレビドラマは昭和43年の10月から翌年の3月までの約半年間で26回放送され、 そこそこの視聴率があったらしい。このドラマの最終回では寅次郎がハブに噛まれて死んでしまうが、これを見た 視聴者から放送直後のテレビ局に「どうして寅次郎を死なせたんだ!」といった抗議の電話が殺到したそうである。

「男はつらいよ」ではマドンナと称してその時代の名女優が毎回登場する。寅次郎は毎作品必ずと言っていいほど マドンナに惚れてしまう。マドンナの方も寅次郎に対して好意は抱くものの、ほとんどの場合それは恋愛感情 ではなく、相談役として頼っているだけである。その事に気がつかない寅次郎は益々"恋心"が膨らんでしまい、 その内マドンナの恋人が現れるなどして最後は振られてしまうのがパターンである。振られると言うより相手には 最初から恋愛感情などなかったという方が正しい。しかし結果は分かっていても観る側からすればぶざまな格好の 寅次郎を観る事に決して飽きる事はない。シリーズが後半になるにつれ寅次郎は恋の指南役が多くなり、42作目 以降の作品では甥の満男(吉岡秀隆さん)の恋愛色が濃いシナリオに変わり、寅次郎は完全に恋の指南役に徹する ようになった。

毎作品、寅次郎の恋はラスト近くで終わる。そしてがっくりと落ち込んだ寅次郎が再び商売の旅に出て行く結末となる。 例外的なシナリオもあるが、これが全シリーズほぼ共通しているシナリオである。ラストシーンの特長 として、どんな寂しい結末でも必ずラストに日本晴れのシーンが入る点が挙げられる。そして「とらや」一家の団欒シーンと 旅先での寅次郎のはつらつとした売(バイ)のシーンで幕が降りる事になる。このラストシーンにより、山田洋次監督の 「映画は楽しくあるべき」というポリシーが伝わってくる。

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永遠の映画「男はつらいよ」──
映画「男はつらいよ」は1996年の夏、車寅次郎役の渥美清さんが 永遠の旅に出た事により、第48作をもって 27年間の歴史に幕が降ろされた。しかしこの映画は全世界の映画史上、どの映画も追い着く事のできない史上最強の 映画である。そして人類が続く限り、この映画は永遠に語り継がれていくだろう。



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