YS/2001.12.18 ビッグ・リンカー達の宴(うたげ)−7 ■アメリカ・ブロードバンド戦争 今回の同時多発テロを契機に日本でも軍備拡充か縮小かの議論 が巻き起こっている。議論の重要性は認めるものの、この種の議 論を好む方に共通するのは時代認識の欠如である。急速に時代が 変化する中で、安全保障上における情報通信分野での覇権確立が 最もホットなテーマとなっている。もとはと言えば、湾岸危機に おける日本批判のトラウマも情報発信能力に致命的な問題があっ たためである。この主戦場の最新動向を見ていきたい。ここでも 日本勢の姿は全く見えないことを最初にお知らせしておく。 これまで見てきたとおりラザード・グループは、一貫して民主 党クリントン政権を支持し、資金的な援助も行ってきた。昨年ラ ザードを去った元上級経営幹部スティーブン・ラトナーも民主党 ゴア候補の財政アドバイザーを務め、ゴア政権が誕生していれば 財務長官就任も噂された人物である。 ラトナーは、1989年にモルガン・スタンレーからラザード ・フレールに転身し、メディア&コミュニケーショングループを 設立、以後ベルテルスマン(ドイツ)、ニューヨークタイムス、 パラマウント、AOL、タイム・ワーナーなど大手メディア企業 を相手に実績を残してきた。そしてそのひとつが、コムキャスト である。 今年1月10日、コムキャストはパリから戻ったばかりのフェ リックス・ロハティンの社外取締役就任を発表する。これは、明 らかにM&A戦略強化のためである。 1999年3月、コムキャストは、486.3億ドルで業界4 位のメディアワンを買収すると発表する。ところが、これに待っ たをかけたのがアメリカ最大の総合通信事業者AT&Tであった。 「総合サービス・プロバイダー」をめざすAT&Tは、企業規模 にモノを言わせて540億ドルを提示し、買収合戦が繰り広げら れるが、最終的にコムキャストは敗北することになる。 CATVはAT&Tが独占するのではとの観測が流れたが、今 年に入って形勢が逆転する。AT&Tはマイケル・アームストロ ング会長が就任した1997年以後、CATVの拡大路線をひた 走り、惜しげもなく買収に費やした金額は1000億ドルを超え る。しかし、巨費を投じて手にした回線の多くは老朽化が進み新 たな投資が必要だった。加入世帯数1500万、シェア22%の 巨大勢力は規模の利益を出す前に債務が膨張し、株価低迷と過剰 負債に苦しみ、CATV事業の事業分離を決断せざるをえない状 況に追い込まれる。 ここで再度登場するところが、フェリックス・ロハティンらし い。 今年7月、コムキャストは、AT&TのCATV事業を総額5 80億ドル(負債引き継ぎを含む)で買い取るという買収提案を 行う。AT&Tがこれまでに投じた金額のほぼ半額の買収提案額 に対してAT&T側は「安すぎる」といったんは拒否する。 ここから巨大オークション状態に突入する。AT&Tのアーム ストロング会長の威信をかけた価格つり上げ交渉の開始である。 この買収に第4位のコックス・コミュニケーションズとCATV 事業でも2位につけるAOL・タイムワーナーも名乗りをあげ、 さらにはAOL・タイムワーナーの独占許さずとマイクロソフト も参戦する異常な事態となる。 AOL・タイムワーナーの買収が実現すればCATVで40% を握ることになる。AOLはすでにインターネット接続でほぼ独 り勝ちをおさめ、豊富なコンテンツを持っている。さらに一般家 庭につながる情報インフラまで握ってしまえば、一大メディア帝 国誕生となる。 マイクロソフトも家庭分野に対して並々ならぬ情熱を注いでお り、ゲーム機に参入したのも家庭との太いパイプの確保をめざし たものだ。しかし、自社でCATVを運営するノウハウに乏しい ため、コムキャストかコックスのいずれかが買収を決めた場合、 マイクロソフトも30〜50億ドルを出資し、共同買収の形にす る戦略に出る。すでにマイクロソフトは、コムキャストに10億 ドル、AT&Tに50億ドルの出資して大株主となっており、コ ムキャスト優勢のまま現在もその攻防が行われている。 12月7日付けの日経産業新聞は、この買収劇を「マイクロソ フト」対「AOL・タイムワーナー」の代理戦争と書いていたが、 ビベンディ・ユニバーサルの存在を忘れているようだ。 ■ブロードバンド戦争とFCCとパウエル親子 このAT&TのCATV事業売却をめぐり、米メディアも報じ ない側面を紹介しよう。 1934年の連邦通信法によって設立され、ラジオ、テレビ、 通信、衛星、ケーブルテレビを用いた州及び国際間の相互的なコ ミュニケーションを管轄しているのが、FCC(連邦通信委員会) であり、直接議会に対して責任を持つ政府から独立した連邦機関 となっている。 今回の買収劇には、このFCCが大きく関係している。これま で1社が所有する放送局の放送到達範囲は全視聴世帯の35%以 内としてきたが、今年3月に下された「CATV事業者の所有規 制は言論の自由に反する」という違憲判決により、この上限を引 き上げようとする動きも出ている。 ブッシュ政権誕生後、通信分野でも相次いで規制緩和策が打ち 出されており、こうした動向が今回の買収劇を加速させる結果と なっている。 ブッシュ政権が任命したFCCの委員長はマイケル・パウエル である。AOLの取締役であったパウエル国務長官の息子である。 AOLもブッシュ大統領に対して巨額の献金を行ってきた。この ためこの買収劇もAOL・タイムワーナーが巻き返してくる可能 性を指摘するメディアもある。ところがこのマイケル・パウエル は、父親同様不思議な存在である。 マイケル・パウエルは、確かに共和党支持者であるが、FCC の議長に任命されたのはクリントン政権時であり、民主党とも深 いおつき合いがあるようだ。出身はオメルベニー&マイヤーズ法 律事務所のワシントンオフィスである。 ブッシュ・ゴア天下分け目の決戦となったフロリダ州開票作業。 ブッシュ陣営を率いたカーライル・グループの上級顧問ジェーム ス・べーカー(財務長官、国務長官を歴任)もベーカー・ボッツ 法律事務所のシニア・パートナーである。 対するゴア陣営を率いたのが、ウォーレン・クリストファーで あった。ウォーレン・クリストファーは、クリントン政権の国務 長官(1993〜97)であり、マイケル・パウエルが在籍した オメルヴニー&マイヤーズ法律事務所のシニア・パートナーであ る。共に国務長官を経験した弁護士の一騎打ちとなっていたので ある。 オメルベニー&マイヤーズ法律事務所の拠点はロサンゼルスに あり、もうひとりのシニア・パートナー、ウィリアム・コールマ ン元運輸長官(フォード政権−1975〜77)もゴア候補を支 持した。 ウォーレン・クリストファーは、かってはロッキードの取締役 を務め、一方ウィリアム・コールマンは、チェース・マンハッタ ン・バンクの取締役を務めていた。そしてふたりともパン・アメ リカン航空(パンナム−1991年操業停止)の取締役であった。 従ってロハティンとは長いつき合いのようだ。 そしてもうひとりこの買収劇の鍵を握る人物がいる。 ★メモ−−「日本版FCC」について 政府のIT戦略本部(本部長・小泉純一郎首相)は12月6日 の会合で、米FCC(連邦通信委員会)のような独立競争監視機 関の設置の検討も含めた改革案の議論を行う。どうやら情報通信 分野の規制・監督機能強化を行いたいようだが、これは全く時代 に逆行するものである。