745−2.ビッグ・リンカー達の宴(うたげ)−6



YS/2001.12.13
    ビッグ・リンカー達の宴(うたげ)−6
■ロハティンとロッキードとエンロン

 次世代主力戦闘機「JSF」の発注先企業に決まったロッキー
ド・マーチンは、1994年に最大手のロッキードと第4位のマ
ーチン・マリエッタが合併して生まれた会社である。このロッキ
ードは、1970年代には再三の経営危機に陥ったことがある。

 現在のエネルギー大手のエンロン破綻問題や同時多発テロをき
っかけに世界的に始まった航空業界の再編成を見る上で参考とし
ていただきたい。

 1971年にロッキードはL−1011トライスター機の生産
のため、バンク・オブ・アメリカ(現在ネーションズバンクが吸
収合併し、新バンク・オブ・アメリカ−BOA)とバンカーズ・
トラスト(現在ドイツ銀行により吸収合併)を共同主幹事とする
24行からなる銀行団により4億ドルの回転信用枠を設定してい
た。

 このトライスターの最大の発注先であるイースタン航空(89
年破産宣告、91年操業停止)は、その購入資金と見られる3億
ドルの信用協定をチェース・マンハッタン・バンク(現JPモル
ガン・チェース)をエージェントにファースト・ナショナル・シ
ティ・バンク(現シティー・グループ)、ケミカル・バンク(現
JPモルガン・チェース)などからなる融資団と締結していた。

 しかしこのイースタン航空が経営危機に陥り、トライスターの
納入延期を申し入れたことからロッキードは再び財務危機に見舞
われる。

 この時、慌てふためいたのがロッキードとイースタン航空の大
口債権者であるバンク・オブ・アメリカ、バンカーズ・トラスト、
チェース・マンハッタン・バンク、ファースト・ナショナル・シ
ティ・バンクなどのマネー・センター・バンクであった。

 ここで登場してくるのがラザードのフェリックス・ロハティン
である。

 ロハティンが折衝役となってそれぞれ3千万ドルの融資枠を引
き受けた7行からなる「再建委員会(代表はバンク・オブ・アメ
リカ、バンカーズ・トラスト)」を設立し、当時の有力コングロ
マリットであったテクストロンにロッキードを買収させる計画を
打ち出す。しかし、この計画は、テクストロンからの買収条件に
銀行側が難色を示し、75年3月に挫折する。

 再度ロハティンが登場し第二次ロッキード再建計画を練ること
となった。

 その内容は、新たに設定した6億ドルの融資協定を75年末か
ら77年末まで延期し、非政府保証分の一部をロッキードの優先
株、普通株、転換社債に銀行側が振り替えようとするものであっ
た。その矢先、日本をも巻き込んだ大事件が起こる。ロッキード
事件である。

 1975年8月、米上院銀行・住宅・都市問題委員会(プロク
シマイヤー委員会)で、ロッキード不正海外支払い問題(220
0万ドル)が明らかになり、銀行側は大きなショックを受け、足
並みが乱れることになる。シカゴ・ファースト・ナショナル・バ
ンク(現バンク・ワン)のロバート・アブド会長は、親友である
米上院外交委員会多国籍企業小委員会のパーシー上院議員に実情
を確認し、バンカーズ・トラストのリアリ副社長に最後通牒をつ
きつけた。ロッキードのホートン会長−コーチャン社長ラインを
解任しなければ、ロハティンの第二次ロッキード再建計画への参
加を撤回するという内容である。

 そして翌年1976年2月、米上院外交委員会多国籍企業小委
員会でロッキード不正暴露第二弾が出るに及んで、ニューヨーク
4大銀行(バンカーズ・トラスト、ファースト・ナショナル・シ
ティ・バンク、チェース・マンハッタン・バンク、モルガン・ギ
ャランティー・トラスト)が一斉にロバート・アブド会長の主張
に合流しはじめ、ホートン会長−コーチャン社長ラインは辞任す
ることになる。ホートン会長は後任としてアンダーソン財務担当
副社長を指名したが、失敗に終わり、ニューヨーク財界で評価の
高かったロッキードの社外取締役ロバート・ハーク氏が暫定会長
兼経営最高責任者に就任する。

 同時にホートン、コーチャン両氏は、カリフォルニアの諸銀行
との取締役兼任も解かれることになり、西部財界におけるいっさ
いの地位も失う。これは、両氏と強いつながりを持っていた共和
党のニクソン元大統領にとっても大きな痛手となった。

 結果としてロッキードにおける西部財界の影響力は弱体化し、
代わってニューヨークを中心とする東部金融界の強い影響下に置
かれることになる。

 ウォーターゲート事件でニクソン大統領を辞任に追い込んだワ
シントンポスト紙とロッキードと東部金融界を結びつけていたの
が、ラザード・フレールであり、その中心にいたのがアンドレ・
マイヤーとフェリックス・ロハティンであった。

 しかし、これだけではラザードを分析したことにはならない。
ロッキードとロールスロイスとの深いつながりは、ロンドンのラ
ザード・ブラザーズを知る必要がある。

 なおエンロンの本社はテキサス州ヒューストンにある。ブッシ
ュ大統領の地元である。そしてエンロンとそのケネス・レイ会長
自身は、ブッシュ大統領の最大の献金者であった。

 エンロン破綻で1050万ドルの損失を出したアマルガメーテ
ッド銀行は、エンロンの幹部ら29人に対して、インサイダー取
引の疑いで提訴したのに続き、12月11日にはエンロンの最大
の債権者であるJPモルガン・チェースも対象資産21億ドルを
超える債権の回収を目指し、ニューヨーク州の連邦破産裁判所で
訴訟を起こす。

 そしてワシントンポスト、ウォール・ストリート・ジャーナル
などが一斉にエンロンとブッシュ政権の関係を追及する動きを始
める。

 登場する名前が奇妙にも一致しているようだ。カリフォルニア
とテキサスを置き換えれば、今回のエンロン破綻問題が「ブッシ
ュ−テキサス包囲網」と見ることもできる。

■現在のフェリックス・ロハティン−

 「ディナーの場には目的があるのよ。」

 こう言い残したのは、1997年2月に死亡したパメラ・ハリ
マン駐仏米国大使である。「宴」に最もふさわしい女性であった。
彼女の名前はとても長いのである。パメラ・ベリル・ディグビー
・チャーチル・ヘイワード・ハリマンという。英国貴族出身のパ
メラ・ベリル・ディグビーは、生涯3人の男性と結婚しその名に
刻まれた。チャーチル英首相の息子ランドルフ・スペンサー・チ
ャーチル、ブロードウェイのプロデューサーであったリーランド
・ヘイワード、鉄道王であり、ブッシュ家と深いつながりのある
名門投資銀行ブラウン・ブラザーズ・ハリマンで知られるハリマ
ン家のW・アヴレル・ハリマンである。また、彼女は恋多き女性
としてバロン・エリ・ロスチャイルドやフィアットのジアンニ・
アニェリとも浮名を流したこともある。

 「大変美しい女性で、見事な大使で、おそらくベンジャミン・
フランクリンやトーマス・ジェファソン以来の最高の大使の一人
だ」とシラク仏大統領は、最大級の弔意を表明し、国家元首級に
贈られるレジオン・ドヌール章の最高位グラン・クロワが授与さ
れた。

 1997年7月、クリントン前大統領は、このパメラ・ハリマ
ンの後任としフェリックス・ロハティンを駐仏米国大使に任命す
る。フランスといえば、ラザード・グループ出身の地であり、総
本山であるラザール・フレールが今日でも一大帝国を築いている。

 今年73歳になるフェリックス・ロハティンは、第2章で紹介
したパウエル卿がいるルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー(LVM
Hーフランス本社)とこれまでに再三登場した自動車大手フィア
ット(イタリア)の取締役である。また外交問題評議会(CFR)
のメンバーであり、戦略国際問題研究所(CSIS)の理事にも
選ばれている。

 仏伊米にまたがるラザード・グループの中心に位置するビッグ
リンカーであるが、現在、ロハティンが取締役を務めるアメリカ
企業は、21世紀の主戦場の渦中にある。

                         (つづく)


コラム目次に戻る
トップページに戻る