431−3.燃料電池をめぐる世界再編成−第二章(3)



YS/2001.02.03
■高まる電力自由化論争
 カリフォルニア電力危機の余波は、日本にも飛び火する。1月19日
にその熱い議論の火蓋がきられた。表面的には「経済産業省・公正取引
委員会VS電力業界」の対立の構図となっているようだが、実際には深
い闇が隠れている。

☆一回戦 「停電は最も質の悪い電気であり、同州の自由化は失敗であ
      ったと言わざるを得ない。(電力自由化が始まった日本で
      も)他山の石として参考にしたい」
      
     −電気事業連合会の太田宏次会長(中部電力社長)
      19日の記者会見

☆二回戦 「わが国も電力の完全自由化を考えているので、調査団を派
      遣し研究したい」

     −平沼赳夫経済産業相
      19日の閣議後のコメント

      政府は2003年3月をめどに現行の電力小売り部分自由
      化を見直すことになっているが、完全自由化を軸に検討す
      る考えを示したのはこれが初めてである。

☆三回戦 「固体高分子型燃料電池を2010年をめどに民間レベルへ
      の本格普及を開始し、2020年までには自動車約500
      万台に搭載、原発10基分に相当する約1000万キロワ
      ットを家庭やオフィスなどで発電する」

     −22日経済産業省、「燃料電池実用化戦略研究会報告」
  
☆四回戦 「完全自由化なんてどういう発想から起こるのかわからない。
      よく勉強してからものを言ってほしい」

     「まだ(昨年3月からの部分自由化の検証などの)勉強もし
      ていないのに発言するのがおかしい。大臣であろうがだれ
      であろうがそういうことだ」
  
     −電気事業連合会の太田宏次会長(中部電力社長)
      23日、名古屋市内での記者会見

☆五回戦 「(米カリフォルニア州の電力危機について)海外での一つ
      の事例であり、これによって電力市場で競争政策を進める
      という基本線が変わるわけではない」

     −公正取引委員会の山田昭雄事務総長
      24日、定例会見

☆六回戦 「民間企業の代表者も加えた新たな日米経済協議の枠組みで
      ある『日米ニューエコノミー円卓会議』構想の実現に向け、
      訪米中の平沼赳夫経済産業相がエバンズ米商務長官に提案、
      米側も前向きな姿勢を示した。」

     −26日、ワシントン

 この熱戦が続く24日には、米電力関係者は、同州での電力自由化の
失敗について、自由化が比較的成功しているペンシルベニア州を引き合
いに、発電事業の競争が起こらなかったことや発電と送電を事業分離し
たことを最大要因と指摘したレポートを提出する。

 ペンシルベニア州は、自由化と同時に新規事業者の参入を促す政策を
導入した。これを受けて参入した発電会社は、顧客獲得を目指し、州が
基準価格に設定した既存の発電会社の発電料金を下回る料金を実現しよ
うと競争が起こる。この結果、ペンシルベニアで消費者が新会社に変更
する割合は、こうした制度を取らなかったカリフォルニアの約9倍に達
している。

 電力自由化のトップを切ったのはイギリスである。90年に中央電発
局の水平分割・民営化を実施し、95年には小口電力供給の完全自由化
に踏み切った。このイギリスから始まった電力自由化は、欧州統合の柱
としてEU加盟国全体で実施されることとなり(EU指令97年2月)
2007年には74%まで自由化率が引き上げられる。

 すでにドイツ、スウェーデンは100%実施されており、フランスは
現在23%である。

 こうした中でも今回のカリフォルニア州にような事例は極めて稀であ
る。アメリカ国内でもすでに23州で電力自由化が進んでいるが、ここ
でも同様の問題は発生していない。

 確かに今回のカリフォルニア州の問題を多角的に調査分析することは
必要であるが、それが自由化そのものに結びつくものではない。

 日本の電力会社が抵抗する理由は別にある。

 98年に電力自由化が実施されたドイツでは、料金値下げ競争により
八大電力体制はM&Aの嵐の巻き込まれる。99年9月のドイツ2位の
VEBAと3位のVIAGの合併、翌10月の1位RWEと6位のVF
Wが合併する。またRWEはスペイン最大のENDESAと資本提携す
るなど、再編は国内に留まらず欧州全域に拡大していく。

 また電力自由化による料金値下げ競争は、欧州原子力発電を極めて困
難な状況へと追い込む結果となっている。ドイツ、スウェーデンは原子
力発電から撤退の方向へと歩み始める。生き残りのために、仏フラマト
ムと独ジーメンスは、99年12月に原子力部門の統合で合意する。

 こうした海外の動向をよく勉強している日本の電力会社にまたしても
夜も眠れぬ程の脅威が覆いかぶさってきた。その実体こそブッシュ新政
権そのものである。

■エンロンの揺さぶり
 エバンズ商務長官がCEO兼会長を務めた天然ガス・石油会社トム・
ブラウン社と関係が深く、ゼーリックUSTR代表がアドバイザリー・
カウンシルを務める『ある会社』とは、アメリカの総合エネルギー会社
エンロンである。

 わずか創業15年で電力、石炭、風力、水道、通信から金融にまで手
を広げ、世界48カ国に拠点を有するエネルギー分野でのスター企業で
ある。「規制緩和の旗手」を自認するエンロンが狙う次の標的こそがこ
の日本である。

 エンロンのケネス・レイ会長自身がブッシュ陣営の最大の献金者であ
った。またブッシュ新政権には、エバンズ商務長官、ゼーリックUST
R代表以外にもブッシュ政権を実質操ることになるベーカー元国務長官、
モスバーガー元商務長官もエンロンの顧問を務めている。

 すでにエンロンは、昨年11月に米青森の六ヶ所村に液化天然ガス
(LNG)を燃料とする出力200万キロワットの発電所を建設するこ
とを発表しており、2007年ごろから東北、首都圏の需要家に電力会
社を下回る料金で供給する予定である。将来は400万キロワットまで
増強する構想も打ち出している。運営するのはエンロンとオリックスが
出資するイーパワーで六ヶ所村以外にも大牟田市や宇部市、北九州市、
高知に火力発電所の建設を計画している。

 特に六ヶ所村は原子力政策の要となる核燃料サイクル基地であること
から密かに憶測を集めている。エンロンは、同時に将来のサハリンと本
県を結ぶパイプラインによる天然ガス輸送構想もにらんでいるようで、
ここに日本の政治家が反応しないはずはない。

 「燃料電池実用化戦略研究会」の委員を務める国際的なエネルギー動
向に詳しい金谷年展・県立保健大学助教授の次の発言は注目に値する。

「むつ小川原を狙ったのは、エンロンの経営戦略と米国の国際戦略が結
びついた結果だと思う。大型火力建設が本来の目的ではないはず。」

「米国は2003年を待たずに電力自由化の新スキームを示すよう日本
に求めるだろうが、バックにエンロンがいることは間違いない。電力取
引市場ができれば、実際の電力供給量の10−20倍のお金が動き、大
きなビジネスチャンスが生まれる。IT(情報技術)や金融技術のノウ
ハウを駆使して、先物取引などでもうけるのがエンロンの目的ではない
か。」

 そしてエンロングループが電力料金割引とともに発電所計画を発表し
た理由として金谷助教授は次のように分析している。

(1)世論を盛り上げ、電力自由化の流れを加速させる。

(2)放射性廃棄物が集中するがために国や電力会社に対して一定の発
   言力を持つ青森県の政治家を陣営に引き込む。

(3)サハリンからのパイプライン建設を早期に実現させ、天然ガスに
   関して何らかの権益を得る。

 見事な分析である。平沼赳夫経済産業相が真っ先にエバンズ商務長官
と会談した理由もここにある。

 またもうひとつ驚くべき推測もある。

■ラストリゾート論と対極の共存関係

「エネルギーのゴールドマン・サックス」とも呼ばれるエンロンである
が、計画中の5プロジェクトの大形投資を肩代わりさせる出資者として
「東京電力」の名前が上がっている。確かに「燃料電池実用化戦略研究
会」には電力会社から唯一東京電力の白土良一取締役副社長が委員とな
っており、雑誌「選択」2000年9月号のインタビューでの南直哉社
長の発言も興味深い。

「日本は島国だから、いざ電力が不足しても他国に融通を仰げません。
燃料電池やマイクロガスタービンなどの分散電源が普及しても、熱効率
などから考えて、巨大電源のバックアップは不可欠でしょう。電力会社
がベースを支えるかわりに、そのコストをしかるべく徴収する手段を整
えて、そのうえで自由にやる−−「共存」「協調」の仕組が必要だと思
います。」

「エンロン流の経営は、ITを駆使しても原始的な資本主義ですよ。誰
がインフラを整え、供給責任を果たすのでしょう。日米経済摩擦やNT
T接続料問題のようにいずれ政府間の問題になるのは覚悟していますが、
日本は『共存モデル』で対抗していかなければなりません。今の電気事
業法でラストリゾートを義務づけている電力会社を解体すれば。供給責
任は不経済な『官』に任せざるをえなくなります。」

 ここで南直哉社長がNTT接続料問題を引き合いに出した。実は巨額
の債務を抱えて経営が行き詰まったむつ小川原開発計画を引き継ぐため
に新会社が設立されており、この諮問会議座長に経団連会長でありNT
Tの社外取締役でもある今井敬氏が選出されている。NTT自体も東京
ガス、大阪ガスと共同で電力小売り事業を開始しており、時期的に考え
てもNTT接続料問題とエンロンの六ヶ所村進出は政治的にも日米間で
複雑に絡み合っているようだ。


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