415−2.日本の道教について



道教から見えるものはなにか?を議論する必要があると思います。
日本には道教が来ていないと考えられてきた。しかし、私たちは、
道教の影響を大きく受けているように思うのです。(Fより)

 「混沌からの出発」を読んで、その疑問が解けたようなので、
ここで皆さんに解説と、その発展系を考えたいと思います。

道教には、4つの発展段階があり、まず「鬼道の道教」で、これは
「巫」もしくは「巫術」そのもの。祈祷、呪い、祝詞、お告げ、
神がかりなど。邪馬台国の卑弥呼は、道教の巫女であったのです。
魏志倭人伝に「鬼道に事え能く衆を惑わした。」との記述がある。

次が「神道の道教」で、老子、荘子、易経の影響を受け、思想体系
を確立した。しかし、その前の巫はそのまま継続している。

次が「真道の道教」で、仏教や儒教の教義を取り入れて、できた道
教で、教義の体系が整い、教団としてのまとまりもできてくる。

最後に「聖道の道教」で、衆生済度の菩薩道を実践する教典を整え
て、現代になっている。

このような発展をしているが、日本の神道は、神道の道教のことで
はないか??日本の神道には、巫女がいる。祝詞があり、祈祷があ
り、かつ老子や荘子の影響もある。「道」とは、あるがままその
ものを認める精神であろう。これも日本神道と同じ考え方である。
そして、この道教は、どちらかと言うと江南で多く、北は儒教が多
い。この江南から日本には、稲作農耕民族と共に入ってきたのでし
ょう。その後、騎馬民族が儒教を持って侵入してきた。このため、
日本は、農耕文化と騎馬文化が入り混じっている。古事記は、道教
思想で書かれているようだ。紫を最上位におくのは道教で、儒教は
朱が最上位に置き、紫は卑しい色とされている。日本は紫を尊い色
としている。この面からも古代天皇は道教の影響を受けている。

しかし、日本は、古代は道教の農耕文化であったが、その後、儒教
の騎馬文化が征服したため、表層が儒教、深層が道教になったよう
だ。日本は騎馬民族が入った時、丁度仏教が中国でも最盛期であっ
たため、儒教ではなく、仏教になったが。

道教は、気の文化であり、感じるを大事にする。儒教は論理を大事
にする。気功は道教、論語は儒教である。この2つが日本では融合
している。両文化が、交じり合っている。中国は、それぞれが影響
を及ぼしたが、交じり合ってはいない。

日本では、すべてに「道」と付ける。華道、茶道、武道、柔道や
サラリーマン道など。日本人は道が好きなのです。気を使うことが
好きであるから、このように道が付くのであろう。もう1つの道教
の特徴が、雑然としたエネルギーを大切にする。矛盾も認める力が
道教にはあり、混沌とした状態は力がある状態と見なしている。
論理立てた状態は、はっきりしてはいますが、エネルギーは少ない
状態としているのです。

この混沌とした状態が日本に今、必要なのでしょう。YSさんの言
う「鍋」社会で、混沌とした力ある状態にもう1度、日本を置く
必要があると思います。得丸さん、どう思います。
以上


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