376−2.「ベトコン」とは何



ほそかわです。 NO.368−3についてお送りします。

>質問1.
>ベトナム戦争で言う、「ベトコン」とは何ですか。辞書類を引いて
>もわからないのですが。
>==============================
>(Fのコメント)
>質問1について、ベトナムコミューテルンの略であったと思うが。

●小学館の「ランダムハウス英和大辞典」(昭和48年版)より。
Vietcong
1(theを冠して) ベトコン:南ベトナム民族解放戦線の俗称;ベ
トナム民主共和国(North Vietnam)が支援する共産軍およびゲリラ
部隊;ベトナム共和国(South Vietnam)内で反政府軍事行動をとっ
た。
2南ベトナム民族解放戦線(ベトコン)の一員(支持者)
(またViet Cong)[short for Vietnamese "Viet Nam Cong San" Vietnamese Communist]

 一説では、由来は「越共」(Viet Cong)つまり、ベトナムの共産主
義者(Vietnamese communist)とされます。
 ランダムハウスの説明のように、「南ベトナム民族解放戦線(英
語名NLF=National Liberation Front)」のことを、当時の米軍
・マスコミは「ベトコン」と呼んだのですが、私は必ずしも適当で
はないと思います。なぜならば、NFLを共産主義組織とは決め付
けられないからです。
 1960年12月の結成時において、NLFは、ゴ・ディン・ジ
ェム政権に反対する民族主義者を中心とし、広範な階層を結集して
結成された反米・反ジェムの民族統一戦線でした。1965年、ア
メリカが北爆を開始してから、北のベトナム共産党政権(当時は労
働党、ホーチミン主席)との提携を深め、ソ連など共産主義諸国の
援助を受けるようになりました。しかし、NLF自体が共産軍・共
産ゲリラというより、「連共」の民族解放戦線というところだった
のではないかと思います。結果としては、南ベトナム解放後、NL
Fはベトナム共産党が主導権を握る政権に入り、ベトナム全土が共
産主義国家となりましたけれども。

 今日ではそのベトナムは大きく変貌しました。現時点でベトナム
戦争をどう評価するかは、難しい問題だと思います。
 昭和40年代のわが国では、「革新」や市民運動(ベ平連など)
は「反戦平和」を唱え、その一部は急進化して暴力革命運動を行い
ました。一方、「保守」はアメリカを支持・協力し、反共を堅持し
ました。そしてベトナム戦争を、「自由主義と共産主義の戦い」と
か「米ソの代理戦争」と呼びました。この「保守」の見方は一面で
は正しいと、私は思います。しかし、そこにはアジアの視点が欠け
ていると思います。
 というのは、ベトナム・カンボジア等によるインドシナ戦争には
、フランスやアメリカの白人種の帝国主義に対して、アジア有色人
種の民族独立・解放闘争という性格が、根本にあったからです。こ
の性格は、わが国の明治維新や大アジア主義、またシナ・インド等
の民族独立運動に共通するものです。

 そこで、NLFを単純に「ベトコン」と呼ぶのは、この根本性格
を覆い隠すことになると思います。欧米・白人の論理を疑い、アジ
アの視点からも複眼的に見ることが必要だと思います。

ほそかわ・かずひこの<オピニオン・プラザ>
http://www.simcommunity.com/sc/jog/khosokawa
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秋好です。
図越氏(268-3)の質問について---
 
1. べトコン
 
 ベトナム・コムニストをヤンキーが得意の略称で呼んだ
アメリカ口語と理解しておりましたが。
 
2. 天皇制
 
 明治期でも、国策は国士(statesman)が実施していた、
と考えます。明治大帝は立憲君主制に忠実であった、と思われる
からです。
 無論、おじい様である大帝を尊敬しておられた先帝(昭和)も、
国政に口をださないように努力されたのは、よく知られております。
 
 つまり、ことさら「象徴天皇」と呼ばなくとも、すでにそうであ
った、と言いたいのです。歴代天皇に欧州にみられるような絶対君
主がいたでしょうか?
 
 いつも清らかで、生臭い政争の現場からはなれておられたのが、
天皇と言う名の日本王家が存続した由縁でないでしょうか。
 中世の革命家:織田信長でさえ、天皇には手をつけなかったので
す。
 
 さらに、大日本帝国を滅ぼした異国の将軍:マッカーサーでさえ
も、天皇制を廃止するより利用した方が占領行政を進めやすい、と
考えて、戦争犯罪人名簿から天皇の名を削らせたのです。
 
 当然、天皇を元首と明記しても、何の問題もないと思われます。
 
3. 首相公選
 
 知事を選べて、首相を選べない理由が見つからない以上は、そう
あるべきでしょう。
 民主制とは、国民の多数決が名君の独裁より誤りが少ない、とし
て始められた制度ですから。
 三権分立が最も進んだ民主政体であるなら、立法府が行政府をつ
くる今の日本は二権分立で、民主2等国でしょう。(無論、英国も)
 だから、小渕氏の急逝で密室から森氏などが、われら国民の知ら
ぬ間に首相になってしまったりするのでしょう。 ここは、米仏に
習っていいのでは---
 
        諸兄のご批判を仰ぎたいとおもいます    
秋好
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土橋葉子
質問1.
ベトナム戦争で言う、「ベトコン」とは何ですか。辞書類を引いて
もわからないのですが。

「ディア・ハンター」という映画は、ベトナム戦争の話ですが、
確かそれに登場していたと思います。あと、「ランボー2」にも
出ていたと。
「ディア・ハンター」は残酷なシーンがあるので、心臓の弱いかた
は観ないほうがいいと思います。
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それと、

お問合せ、記事に対するコメントは、fuku41@mail.goo.ne.jp か
国際戦略コラムHPのフォームでお願いします。 

のところ、いつも文字がリンクにかかっているので、
お暇なときにでも直したほうが便利かもしれないです。

失礼しました。

土橋葉子
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(Tより)
土橋さん、ありがとうございます。気が付いたことがあれば、
どんどんご指摘ください。直しますので


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