308−1.国際政治経済の理論



no.301-2に対して、Fさん、お返事有難うございます。

今回は「理論とはどんなものなのか」といった観点からFさんのご
質問にお答えできればと思います。

>つい最近の湾岸戦争でも、軍事シュミレーターの基礎方程式は、
>この式ですから、ご紹介したのです。国際経済関係には、もう少し
>工夫が必要ですか??

戦争の為に作られた公式なのでその分野ならばFさんのおっしゃるよ
うに応用が可能でしょう。しかし、前回申し上げましたように、現
在の国際関係をそのような戦争状態と捉えるにはやはり無理がある
と思います。もし、Fさんがご紹介くださった方程式を国際政治経済
に当てはめると、極めてリアリスト的(ゼロ・サムの関係)になって
しまいますが、実際は指摘させていただいたようにゼロ・サムとは
ならないケースも多々あるわけです。ですので、このまま当てはめ
るのは難しいわけです。

たとえば、国際政治経済の理論に関してですが、ベースとなるのは
大まかに言って「リアリスト」、「リベラル」、「マルキシスト」
の3つになると思います。(ただ、これは一時代前の区分の仕方です
が。)これらの思想をベースとしてそれぞれの理論が組み立てられま
すが、同じリアリストはリアリストでも内容は千差万別となり、さ
らに派生してネオ・リアリズム(現在はリアリズムよりもちらが主流
)が生まれるなど、時代に応じて変化しています。)さらに、現在の
国際政治経済学では、各国の情勢を考慮に入れることに主眼を置く
ようになっており、その点ではポストモダン的な形になっているよ
うに見えます。

>もし、できたら、国際関係での基礎理論式をご紹介いただけない
>ですか??

では、国際関係の理論に「公式」があるのかということからはいり
ますが、私の答えは「なし」です。確かにゲーム理論(有名なのは、
「囚人のディレンマ」状態)の応用から冷戦下の状態を説明しようと
の試みがなされたり、国際政治経済学においては公式を使った説明
が多々なされています。ただ、これは、アメリカ式の国際関係学で
よく見られるものです。(そして、日本がこれを取り入れている。)
アメリカの国際政治学はリアリズム主流でしたから、力関係を公式
で示して説明しようとする試みが多くなされました。

また、冷戦という枠組みで世界を捉えていた為、世界を2極化し、
その対立構造として世界を考えていたわけです。確かに、ゲーム理
論は西側と東側の軍事関係を説明するのには有用であったかもしれ
ません。が、問題は世界が「西」と「東」だけでなく、「南」と「
北」もあるということを忘れていることです。

現在の国際関係は「囚人のディレンマ」状態ではありませんし、リ
ベラルな関係でもありません。これを単純に式で表せるかといえば
、先ず無理でしょう。公式で表そうと思えば、最低200−300ページ
に及ぶレポートになると思います。そしてそれをそのまま当てはめ
られるかといえば、結局はそうは出来ない。さらに修正を加えない
と説明できないことが世界中に山ほどあるわけです。全く説明にな
らない場合もあるでしょう。

ここで、例として『国際政治経済の理論:覇権協調論の構想』(勁草
書房:1998)という本を参照してみます。(この本では、多くの公式
が用いられているので、分かりづらいかもしれません。)この本は
「アメリカ=覇権国」という前提で行われています。この本では、
『覇権とは、1つの国が国際関係を支配する主要なルールを維持す
るのに十分な権力を持ち、かつそうする意志を持った状態である』
という、コヘイン(R.O. Keohane)の定義を用いています。しかし、
国際金融の歴史を紐解いてゆくと、アメリカ自体がが本当にルール
を維持しようとしてきたのかという疑問が湧くわけです。(『ワール
ドパワー&ワールドマネー:ヘゲモニーの役割と国際通貨秩序』、
三嶺書房:1998)そうなると、前者の公式の価値は半減します。日本
の捕鯨問題も前者ではうまく説明がつかないでしょう。

このように、ある公式だけで国際関係を説明しようとするのはあま
り好ましいことではありません。特に日本にとってはなおさらです。
もし、日本が独自で理論武装をするのなら、アメリカ式から距離を
おくべきでしょう。日本人はアメリカ人と同様にマルクス主義的な
思考にアレルギーがあるようですが、もし日本が日本独自の道を行
こうとするなら、マルクス主義的な思考をもっと研究する余地があ
ります。(私はマルクス主義者ではありませんが。ところで、「マ
ルクス主義=マルクス・レーニン主義や北朝鮮のチュチェ思想とい
った共産主義」と連想されがちですが、これらはマルクスの思想を
利用しただけで、国家を維持する為のイデオロギーに成り下がって
います。)今までのMLで指定させていただいたように、現在そして今
後当分の間、国家以外の意思決定機関の重要性が増しつつあり、NGO
等の動きを無視できず、世界の一極化と共に多様化が意識されてき
ている以上、「国際関係」自体を公式で表す努力はあまり意味の無
いことに感じます。さらに言えば、公式で表すということは「前提
」が必要であり、その前提はその国に都合の良いものになっている
ということも指摘されなければならないでしょう。
(これが、ポストモダン的な考え方が問題視するところで、国際関係
学でのCritical Theoryにつながります。)

国際関係学の良いところは、数学、経済学、社会学などの多様な学
問分野から様々な要素を取り入れて理論を創り上げる事ができると
いうことです。が、全てを一つの概念で説明することは不可能であ
り、公式化すると偏った考え方になってしまうと思うわけです。と
ころで、先日の朝日新聞で行天氏が日本の理論武装を唱えていまし
たが、もしこのコラムで何回か議論されているように日本のアジア
を基調とした戦略を練るのなら、しっかりとした理論構築を目指す
べきです。ある程度、日本を主体とした見方になるのはやむを得ま
せんが。

なお、中国脅威論、北朝鮮脅威論などがアメリカから輸入されてい
ますが、結局アメリカ的な思考に基づくイデオロギーであることに
気づかなければ、いつまでもアメリカに左右されつづけることにな
ります。もっと考えなくてはならないことは、なぜ先日の台湾の大
統領選挙後に中国は台湾に侵攻しなかったか(または出来なかった
か)、なぜ94年ごろの朝鮮半島危機の時に第2次朝鮮戦争が勃発し
なかったかという点です。
単に軍事的な問題だけでしょうか?

中国は外交において日本よりも何枚も上手で、極めてまともな精神
状態を維持した国ですから、核兵器を日本に飛ばすようなまねは絶
対にしないでしょう。つまり、その時点で自国の得にならないこと
を知っているということです。アメリカも北朝鮮もぎりぎりまで行
きましたが、結局お互い戦争をやる気はなかったでしょう。やる気
があるんだたら、とっくに勃発していてもおかしくないわけです。
これは、私の考えで、皆さんはそうでないとおっしゃるかもしれま
せん。それはそれでいいとは思いますが、リアリスト的思考は結局
新たな進展を生みづらいという事だけには気をかけておくべきです。

最後に、皆さんに一冊お薦めしたい本があります。E.H. Carr 著
『危機の20年』(岩波文庫)なのですが、これは1939年に初版が
出版された本です。(日本語訳は1996年)この本(特に第1部、2部
と結論)の裏にある主張と冷戦期、冷戦後の国際関係を比較検討す
れば、何らかの新たな考えが見つかるかもしれません。(この本自
体は理論書ではありませんのでご安心を。)

柳太郎
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(Fのコメント)
 柳太郎さん、ありがとうございます。公式が難しいのは、やはり
と思いますね。もう1つ、アジア主体の国際戦略を構築する必要が
あると私も考えていますが、柳太郎さんはどういう構想になりそう
ですか。

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