290−2.国際政治における理想的意志



柳太郎&YS/2000.09.11

柳太郎 今西理論に関しては、以前に聞いたことがありました。なるほ
    ど、と思っていましたが、実際のところはどうかと考えた場合、
    やはりダーウィン説と今西説の混合が起こってきたのだと思い
    ます。ダーウィニズムが国際政治で言うところの「リアリズム」
    、今西理論が「リベラリズム」であるとすれば、今の国際政治
    に当てはめて考えることは可能でしょう。が、良し悪しは別と
    して、どうしても前者の考え方が前面に出ますが。

YS  今西理論についてはほとんど思いつきでこじつけたところもあ
    って反省しています。以後いろいろ資料を集めていたら結構同
    じ観点で議論されているようですね。
    
    たまたま先日検索していたら、昨年名古屋でのハンティントン
    も参加した「21世紀『日本文明』の行方−グローバル時代に
    生き残れるか」というシンポジウムで哲学者の梅原猛さんが次
    の発言をされていましてビックリしました。

    『日本の優れた生物学者である今西錦司氏は、生存競争で種が
    発展するというダーウィン理論に異を唱え、異なる種が共存す
    る、すみ分け理論を提唱した。日本やヒンズー社会にみられる
    多元的な文明は、一つのことをはっきり主張できない弱みがあ
    りますが、同時に強みでもあり、これからの国際社会で大きな
    意義を持つのではないでしょうか。』

    『近代文明は崩壊の兆候にあります。一番の問題は環境破壊。
    日本文化は自然と人間を分けて考えないから 、「人間と自然の
    共存」が世界へのメッセージではないでしょうか。』
  
    http://www.chunichi.co.jp/sympo99/sympo4.html

柳太郎 実は、昨年の帰国時に合間を縫って、ハンティントンのシンポ
    (東京の方)に参加しました(梅原氏が何をおっしゃっていたかあ
    まり記憶に残っていないのですが・・・)。内容は本(The Clash
     of Civilizations and the Remaking of World Order; 邦題:
        文明の衝突)と全く同じで面白くなかったのですが、私が申し上
        げたように少し別の見方をすると、面白いものになると思いま
        す。つまり、梅原氏の「リベラル」的思考 対 「リアリスト」
        =ハンティントンという、国際関係学が学問として成立して以
        来現在まで続く構図が成り立っていたわけです。

        ところで、理論ネタついでといってはなんですが、国際関係は
       「実践」で、「理論」とは違うと私を批判した方がおられます。
        ところが、これは第2次世界大戦以降の国際関係、さらに言えば、
        アメリカの国際政治を知らない方の言うことです。アメリカの
        国際政治は「リベラルの皮をかぶったリアリスト」です。それ
        は、常に理論に裏付けされ、それに修正を加えながら、アメリ
        カの為に行われてきました。
 
        モーゲンソー(Hans J. Morgenthau)、ケナン(George F.Kennan)
        そしてキッシンジャー (Henry A. Kissinger)という名前をご
    存知の方も多くおられると思います。彼らの共通点は、一言で
    言えば「リアリストである」ということです。(アメリカのため
    の。)これら理論家達が、アメリカの実際の政策立案に関ってき
    ました。(読者の方で、分かりづらい方がおられましたら、政治
    的な意味での「リアリズム=弱肉強食」、「リベラリズム=協
    調」と考えて読み進めてみてください。もちろんこれは極めて
    単純化した言い方ですが。)

        現在、国際経済ではネオ・リベラリズムが主流となっています。
        この実践の場がIMFです。そしてIMFは事実上アメリカの一機関
    です。このネオ・リベラリズム自体は、アメリカの勢力拡大に
    寄与しています。(もちろん日本もその恩恵を受けてはいますが、
    アメリカほどではありません。)つまり、これはリアリズムに則
    った考え方にもなり得るのです。「リベラルの顔をかぶったリ
    アリスト」という理由がご理解いただけるかと思います。

        経済学者は、自分の理論や信念(例えば、ネオ・リベラリズム)
    に基づいて行動を起こし、それが実際にどこまで通用するのか
    を試したいと思っているといいます。国際関係学者でもそうで
    す。アメリカの場合は特にそれが顕著です。理論は実際から導
    き出されるといいますが、現在の国際関係では、特にアメリカ
    が唯一の超大国となった現在では、その逆が起こっていること
    に注意してください。

        YSさんがコラムno.281-1で良い例を出されています。アスペン
    研究所のストラテジー・グループのメンバーの中に「ジョセフ
    ・S・ナイ」の名前があることを指摘されています。もし、理
    論に疎い方では何のことか分からないでしょう。理論を勉強し
    たことがある方ならば、この名前が意味するところがはっきり
    とわかるはずです。彼は現在ハーバード大学の J.F. Kennedy
     Schoolの学長です。彼の理論は、時にNeo-Liberal 
        Institutionalistという部類に属すといわれますが、これは簡
        単に言えば、極めてリアリスト的なリベラルと考えていただい
        て結構です。私の見方では、彼は明らかにリアリストです。こ
        の人はアメリカの政策立案に多大な影響をもっています。他の
        国の例としてイギリスの例を出せば、現在のイギリスの首相で
        あるブレアのご意見番はアンソニー・ギデンス(Anthony 
        Giddens)です。彼は現在The London School of Economics and
        Political Science/ LSE)の学長でGlobalisationの信奉者です。
        彼の理論を理解することで、イギリスの政策が見えてきます。
        (例: "City" as a financialcentre in the world)

        このように、理論を知り、どの政策立案にどの人がかかわって
        いるかに注意することで、アメリカやイギリスの戦略が見えて
        くるのです。そしてこれが、日本に欠けている点です。(学者
        の中でも、例えば猪口邦子氏のように、日本の立場からの理論
        化を進めようとなさっておられる方もおられるようですが・・)

YS  ジョセフ・S・ナイに気付いていただきありがとうございます。
    彼については書き出すとあまりに膨大になりそうなので、次の
    機会にゆっくりと議論しましょう。ナイやコヘインやクーパー
    などの国際政治経済学者がコラムno.281-1での相互依存戦略を
    理論的枠組にまで高めて行きます。それは日米同盟再定義問題
    につながっていきます。その研究成果がナイ・レポートです。
        
    私は常々思っているのは現在の自然環境を含めたさまざまな危
    機に対して単一の研究分野からの解決はありえないということ
    です。特に日本の研究者は妙なセクショナリズムがあって他の
    領域との接触を嫌います。このあたりで本当は日本も頑張って
    欲しいのですが・・・。

柳太郎 私自身の考えとして希望があるとすれば「一人一人の意思」に
    よるのだと思います。「国家」の意思とは必ずしも「人間とし
    ての理性」を反映しません。そこが国際政治の根本的な課題だ
    と考えています。技術革新や国際的な人民交流等で状況が変化
    する可能性があると思いますが、現在の世界は本当にグローバ
    ル化などしていません。きっと、これは断言できると思います。
    NGOなどに見られる、国家以外の意思決定機関が今後の国際
    関係には大きな影響を及ぼすでしょうし、「理性的意思」が本
    当に世界的な規模で個人レヴェルで語れるようになる時、本当
    のグローバル社会になるのでしょう。日本は、それを見据えた
    外交をしてほしいものです。国際戦略MLやBBSでも、この
    視点が欠けているような気がします。今後これを理論化するこ
    とが出来れば面白いのですが。

YS  以前インターネットが「一人一人の意思」をつなぎ合わせる形
    でパワーになりえると書いたことがありますが、あくまでも希
    望的観測にしか過ぎません。現実にはこれだけNGOが発言力
    を強めていると「国家」も無視できなくなります。覇権を維持
    するためには協調関係を構築する必要に迫られます。「理性的
    意思」と連動しうる制度背景がある国家があるとすれば結局ア
    メリカになるような気がします。まもなくアメリカの政策に反
    映されてきますよ。

    イギリス・フランスあたりも面白い存在になりそうですが日本
    同様「伝統主義」が最後に邪魔するでしょう。柔軟さに欠ける
    からです。石原都知事に代表される反米ナショナリズム的な思
    想も世界的なものです。仮にフランスあたりと協調すればそれ
    なりのパワーになるでしょう。しかしこの思想自体には本質的
    な限界があります。それが柔軟性です。

柳太郎 確かにそうかもしれません。しかし、私としましては、やはり
        アメリカのリアリスト的思考は消え去ることはないと考えてい
        ます。これがアメリカの強みであり、弱点です。環境問題など
        の、「理性」で抑制すべきことを国家主導で行えない。アメリ
        カが一番恐れていることは、政治・経済的に世界の大国であり
        続けないと、国民を縛り付けるイデオロギーの威力が半減して
        しまうということ。ところが環境問題解決と経済開発は、ある
        意味相反する関係です。両方同時に達成することは今の技術で
        は出来ないし、今後とも当分の間そうでしょう。アメリカが環
        境問題解決を自国だけでなく、第三世界にも執拗に迫るのは、
        自国の地位が相対的に低下することを恐れているからです。ア
        メリカは自国を「維持」する為にリアリストでなければならな
        い宿命を背負っているかのようにも見える。ただ、今後NGOなど
        による国際世論形成がそれを許さなくなるかもしれない。これ
        がアメリカのアキレス腱にもなる。私が以前環境問題でBBS・ML
        で指摘させていただいたところです。

YS    リアリストであるがために「理性」を無視できない領域にまで
    足を踏み込んでいるのです。そこでまた新たな理論を構築する
    はずです。まさに実践から理論への逆流が始まるはずです。例
    えば現在もバリバリの現役であるキッシンジャーを例に取りま
    しょう。
         
    彼はチェ−ス・マンハッタン銀行の国際諮問委員会議長や穀物
    メジャーであるコンチネンタル・グレイン、非鉄メジャーであ
    るフリーポート・マクモラン・カッパー・ゴールド、化粧品大
    手のレブロン、アメリカン・エクスプレス、保険大手のAIG
    などの社外取締役を務めてきました。

    アメリカの安全保障の根幹を成す石油、食糧、金融、非鉄の民
    間分野においても実践の対象にしてきたわけです。現在これら
    の企業収益を見通すなかで「理性」は無視できないのです。な
    ぜなら上の何社かは現在NGOから相当非難されているからで
    す。

    アメリカはこの半世紀を振り返ると伝統のない強みを見事に発
    揮してきたと思います。先週あたりからドイツ銀行がJPモル
    ガンを買収するのではとのニュースが入ってきています。コラ
    ム化のために過去の資料をあさっている最中ですがどうやら米
    独の連携は21世紀の主軸になるかもしれません。実現すれば
    お互いの欠点(アキレス腱)を補うことができる最強最適な組
    み合わせになるのではないでしょうか。

    ダイムラー・クライスラ−の誕生の裏には、将来のエネルギー
    として燃料電池を視野に入れたものでしょう。環境技術を貪欲
    に取り込み始めたアメリカの政策にそのことが反映されている
    のではないでしょうか。おそらく「ガソリン改質にこだわりな
    がら」環境面でもリーダーシップを構築するはずです。

柳太郎 そうですね。これが、アメリカの経済成長が著しい時だけの動
    きでなければいいとは思います。しかし、その裏にある戦略は、
    やはり「キッシンジャー式」であるのではないかと、どうもか
    んぐってしまうわけです。果たして、そのツケが日本に回って
    くることはないのか、第2のBIS規制につながらないか、日本の
    戦略研究家はこの点をしっかりと見極める必要があると思いま
    す。


◇◇皆様はどのようにお考えでしょうか?御意見お聞かせ下さい。◇◇
                       YS&柳太郎

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